第8話 ソロ攻略は終わり
「……」
落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け、
「……かふっ、かふっ、かひゅー、かひゅー、はひゅー、はひゅー」
まだわからないなにもわからない38階層に行ったとは限らない。
「38階層へのスキップを実行しました」
「もうおわりだああああああ! うあああああああああ!! もう死ぬんだあああああ!! ああああああああ!」
俺は頭を抱えて絶叫した。
38と口にしてしまったことか、それともアイテムを入れた時点で勝手に転送する仕組みだったのか、中止するまでに時間制限があったのか。
まったくわからないけども、俺は自「あああああああああ」作のしょぼい武器一つで38階層なんてところに来てしまった。
ちなみにレベルは18。
「はっ、はっ、うぐっ、ひぐっ」
涙出てきた。
多分一時間くらい取り乱していたけど何も起きないので、俺はとにかく立ち上がるしかなかった。
「どうする、どうしよう……」
スキルにたしか今いるダンジョンから抜け出すものはあった。でもそれだって工人の中級と同じでレベルがかなりあがってからでないと手に入らないものだ。
「……そうだ、アイテムっ」
足元にはなんかいろいろ散らばっている。察するに、スキップでの階層の飛び越えを行うとそれまでの階層のクリア報酬がもらえるみたいだ。俺自身のレベルは一切変化していないから、モンスターを倒した扱いとかにはならないらしい。
「盾は、くそっ、つかえない。薬も、一撃で殺されたりしたら意味ないし……あ、籠手、いいぞ!」
落ちているもののほとんどは止血剤だとか疲労回復効果を謳う薬とかで、装備品は二つだけ。それも頼りになりそうなのは籠手の方だけだった。盾の方はたいした性能じゃない。
俺はつけ方もよくわからない籠手をガチャガチャガチャガチャいわせながらやっとつけた。
「おし! これスティックと同じくらいの性能じゃん!」
ぴくりと動きが止まる。クリア報酬で手に入れたナイフはその階のモンスターを一撃で倒せるような代物では到底なかった。おそらく、攻撃が通じないという事態は避けられる程度の攻撃力だったはず。
この籠手が27階のクリア報酬だとしても、それと同程度の性能のスティックでは、28階以降のモンスターを一撃で殺せなくなっているだろう。
攻撃を避け、防ぎ、合間にこちらも攻撃する。そういう戦いと呼ぶべき応酬が当然求められる領域になってしまったということだ。
戦闘経験なんてない俺に、戦いが求められる領域だ。
「……終わりだああああああああああ」
また泣いたけど泣いていてもなにも起きないので、俺は鼻をすすりながら通路を歩き始めた。
じめじめとした石の通路を一人で歩く。
38階はしょっぱなから違った。今まではどこも一本道だったのにいきなり分かれ道で俺を出迎えてくれた。それも選択肢は三つ。
こういうとき人間は左右どっちかの道を行きやすいから逆側を選べみたいなことをクルタ族の生き残りが言っていた。
「答えは……沈黙じゃなくてなんだっけ……あれ」
憶えてない。
とても迷ったけど、とりあえず真ん中の道を行き、モンスターの小部屋にたどり着いたら相手がどんなのか確かめて強そうなら引き返すことにした。
そうだ、そういえばモンスターどもは俺が部屋に行くまではじっと座っていた。
「……もしかしたら、この武器の射程ならいけるんじゃないか?」
今までのモンスターたちは自分の部屋で律義に待っている連中ばかりだった。俺がその部屋に入るか、一度攻撃してからあいつらはやっと動き始める。
スティックで向こうが反応しない距離から殴って、相手が動き始めたら逃げ、時間が経ったらもう一度見にいってみる。
「よし、ヒットアンドアウェイだ」
籠手にどれだけ防御力があったとしても、よくよく考えたら俺は籠手で攻撃を受ける技術なんて持っていない。仲間もいないし薬もちょっとしか持ってないんだからどの道傷を負うことは極力避けなければならない。
「ヒットアンドアウェイとかする技術はあるか?」
自問して、
「……」
俺は黙って進んだ。
しばらく進んでいると右側の壁になにかイラストみたいなのが描かれているのを見つけた。
生物兵器の存在を警告するあのバイオハザードのマークの中心に、犬なんだから羊なんだかわからない、つまりよくわからないものが描かれている絵だった。
「なんだこれ」
犬用の生物兵器ってことか? それとも羊?
「意味わかんねえな」
眺めていても答えはでそうにない。これはこの通路の先に生物兵器があることを警告しているのだろうか。
「じゃあこの道はなしだな」
有毒ガスで気づかないうちに死亡なんてことになったら泣こうにも泣けない。俺は道を引き返すことにした。
斜め後ろになんかいた。サイくらいの大きさの犬だ。
俺は無言でダッシュして、二秒で背中に飛びつかれた。
犬の生臭い唾と呼気が後頭部にかかる。
「うおおおおっ、はなせっ、はなせっ」
俺の悲鳴は右肩に狼の牙が食い込むことをなんら妨げはしなかった。
悲鳴が金切り声になる。骨ごと右肩が食いちぎられたのが、ぶちぶちという音とその中に混ざった硬い音でわかった。アドレナリンが出る暇もなく、顔中を鼻水と涙まみれにするような痛みが走る。
振り回した足が狼に当たるけど、それは俺に力士でも相手にしているのかと錯覚させるほどの重量を感じさせただけだった。右腕はもう動いてくれない。
俺が文字通り死に物狂いで動かしていた左腕が、壁にぶつかった。あのマークだ。
次の瞬間には、俺はまたどことも知れない石の通路で一人で暴れまわっていた。壁に頭をぶつけてやっと、狼がいなくなっていることに気づく。
パニックだ。事態を整理することもせず這い這いで廊下を少し進み、尋常じゃない疲れに泣きながら止まる。
擦り傷なんかじゃお目にかかれないどす黒い血がびちゃびちゃと垂れ流しになっている。左腕で抑えようとしたら神経が焼けるような信号を寄こしてきた。
「ぎゃあっ」
うつぶせに寝そべりしくしくと泣いていると、通路の向こうからなにかが飛んでくるのが見えた。そこで突然眠くなり、俺は眼を閉じた。
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