第3話 スキル獲得
スライムの死体は粘着剤だとか吸水剤を取り扱っている会社が買い取っていたはずだ。ヘクトスライムならかなり値段は見込めたはず。
しばらくスライムの死体をつんつんしたあと、俺はもったいない精神に駆られてスライムを抱き上げ通路を進んだ。といっても、広間を抜けて少し歩くと行き止まりの小部屋に到達したんだけれど。
「あ、終わりか」
道中の敵はスライムが一体だけ。とはいえレベルマックスの個体だったから、草刈り鎌を持ってきていなかったら俺はきっとあっけなく死んでいただろう。
「苦笑いもでねーよ……」
部屋の中心には麻の袋が置いてある。スライムを置いて中を見てみたらペットボトル飲料が一本入っていた。ラベルには回復薬と書かれている。
これはいわゆるダンジョンクリア報酬のはずだ。神様が人間のやる気スイッチを稼働させるために用意したご褒美。
「しょぼいな」
まあもらえるものはもらっておこう。俺は回復薬を袋から出すと代わりにスライムをそこに詰め込んで持ち上げた。麻袋が置いてあった場所のすぐそばの壁には昇り階段と降り階段があった。
まだこのダンジョンには階層があるのだ。とはいえ今日はもうこれで結構。俺は上への階段を選んだ。
ダンジョンを出るとすっかり夜になってしまっていたので、俺は家に上がって風呂に入って飯を食った。
「あああああ、ちんど……」
40歳を目前にした体はあちこちがきつい。畳に寝転がった俺はしばらく天井を眺めていた。
【進化】スキルがモンスターの死体にも発動するだなんて思いもよらなかった。
てっきり効果対象は人間に限られると思っていたし、俺の周りにもスキルがモンスターに発動可能かどうか確かめようなんてアイデアを出す人はいなかった。
五歳のときに通知されるスキルの分析は国家資格の持ち主が行っているから、俺も自分のスキルの実用性:丁を鵜呑みにして検証することはあまりしなかったのだ。みっともない悪あがきに思えたし。
【進化】スキルはレア度:A++に相応しく、持って生まれたのは人類全体で俺が三人目らしい。そのくせ人類史上最大値のレベルは329だったというのだから、この外れスキルの有用性がろくに研究されなかったのも当然だ。
329という数値はたしかおととし位に更新されたものだし、昔はレベル上限到達なんてもっともっと遠い夢物語だったのだから。
「でも死体がランクアップしたってなあ。素材はうまいけど……あ、スライム片づけなきゃ……」
麻袋から取り出すと、スライムはべとべと粘液を垂れ流していた。
「……どうするんだろこれ」
ダンジョン冒険者の生活を最も豊かにするのはモンスターの狩猟やダンジョン制覇によるレベルアップやスキル獲得ではなく、モンスターの素材の売買による金銭収入だ。
ダンジョンが世界各地に出現してからというもの、それまで人類が確認したことない未知の元素がダンジョン内で多数発見されており、人類の科学力と生活水準をぐいぐいと押し上げてきた。
希少金属はのきなみ代替品が見つかっているし、飽食への懸念を表明する文化人はいても、国連発表の飢餓人口はもう50年以上も脅威のゼロ人を達成している。
そういった前時代からすれば奇跡的な事象のことごとくは、ダンジョンから素材を持ち帰る冒険者、探検家たちによって支えられているのだ。
スライムなんかのザコモンスターの素材は市場に飽和した感があるけど、日用品の材料としての用途を開発された素材はいまだに大企業からの買取も行われている。
そもそも、ダンジョンから持ち帰ることのできる素材というのはどれだけあっても困ることはない。どうしようもなくマズい肉でも火力発電だとかバイオマス発電だとかへの利用法が確立されている。
ダンジョンは、地球という一つの惑星の限られた資源を奪い合い汚し合うしかなかった人類の前に突然現れた、文字通り宝の山なのだから。
まあエネルギーの地球外への放出が急務になったりもしたんだけど。
「ああ、やっぱ解体業者に頼むのが確実なのか」
パソコンをいじってモンスター、解体と調べていた俺は、調べてみました! 系サイトの下にこじんまりと座っていた個人ブログを見てため息を吐いた。
モンスターの解体は業者によって行われている。俺も持って行って金を払えばやってもらえるだろうけど、その前にどこのダンジョンでその素材を取得したかとかの確認が求められる。
お客様、このマイホームというダンジョンは公的データベースに記載されていないのですが。
はい。自宅の未認可ダンジョンです。
はい。刑法八十条に違反する行為です
豚箱行きだ。
「俺がやるしかあるまい……!」
まあ出どころが後ろめたい品だから売れないだろうけど、なにかの役には立つかもしれない。いざとなったらごみ処理場と同じようにダンジョンに入れておけばいい。
資格を除けば、現実的にモンスターの解体を行うにはスキルと機材の二つがいる。
もっと言えば近隣に迷惑をかけない敷地も。
ここはもともとじいさんの工房だったから敷地問題はクリア。工房に移動してみたら機材もいくつかあった。
「あとはスキルか……」
これは人間が勉強や練習で身に着ける技術と、過程をすっ飛ばして技術を手に入れられるスキルのどちらかさえあればいい。
俺にはどっちもないけど。
「しょうがない。獲得、しちゃうか……ったくしょうがねーなー。スキル手に入れちゃうよ~ん」
初めてのスキル獲得でテンションが上がっているだけでなく工房にいるのは俺だけなのだ。気持ち悪い独り言も多くなる。
「うおおおお! スキルツリー!!」
そう叫ぶと、俺の目の前に丸がいくつも並んでできた大きな輪っかが浮かぶ。
丸の一つ、工人のタグがつけられたものをタッチすると、視界の奥へと枝分かれした線がいくつも出てきた。
「うひょー、盛り上がってまいりました!」
スキルはポイントだけでなくステータスも獲得に関わる。みんなのステータスが同じでスキル獲得に必要なスキルポイントも同じなら最適解が攻略サイト的に報告されているだろうけど、なにもかもが人によるのでスキルツリーをどう進めるかは人による。
俺は昔から一つも点が埋まらないスキルツリーを見える範囲で眺めては色々考えていたので、この光景にはワクワクが止まらない。まだそうそう手に入りそうにないスキルの説明文だけ読めるのってワクワクしない?
「疲労回復補助とか睡眠導入とかほしかったけどな~。いつかは手に入れたいわ~」
おっさん臭いつぶやきのあと、ひとまずは、解体に必要なスキルを確認する。
「あった」
ある種の職業だとかに必要なスキルは、スターターパックみたいな感じでまとめられている。まとまったポイントがいるけど、一つずつ集めるより格安というわけだ。
「小規模個人解体業者パック、4ポイントか……」
今回レベル1から6までのレベルアップで入手したスキルポイントは5。このパックを獲得したら残りは1だ。
「うーん、迷うねえ……♥」
解体しても加工できないなら意味ないしな、と思いながら加工方面のスキルツリーを確認したら、小規模個人近接武装加工業者パックは、なんと1ポイントで獲得できた。
「え? なんで?」
よく見ると、俺のステータスと職務補助の経験によって条件が緩和されている。
「ふうん。じいさんにときどき手伝わされたのがこんなところで役立つわけね」
俺はちょっと悩んだ後、その二つを獲得した。
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