第27話 影使い:雪のように白く血のように赤い
その時、ユイトが真っ先に考えたのは、あの影を子供たちの元へ行かせてはならないということだった。
何とか、こちらに注意を引き付けなければならない。
――ソウは言っていた。あの影が奇石の気配に似ているって。もし、奇石だとしたら、どこかで奇石使いがこちらを見ているはずだ。
そこまで考えて、ユイトは懐から数枚の書類を取り出した。
「もしかして、この参加者リストを取り返しに来たの?確かに、これが明るみに出れば、君たちは困るかもしれないね」
まだ見ぬ奇石使いに聞こえるよう大きな声で、なおかつ、わざと
この挑発に乗ってくれるかどうか、ユイトとしては賭けだったが、その反応はあからさまだった。
影が猛然とユイトを襲ってきたのだ。
ユイトは退避しつつ、チチュの糸で影を止めようと試みる――だが。
【げっ!糸をすり抜けやがった!】
影はまるで液体のようにどろりと溶けて、糸の隙間から逃れて行った。そして、また新たに蛇のような姿を形作る。
「ダメか!逃げよう!!」
【おいおい!ただ、逃げるだけか?何か考えがあるんだろうな!?】
チチュの糸で捕えることができないと分かると、ユイトは一目散に逃げだした。途中、ソウの怒号が飛ぶが、それに答えている暇はない。
影は相変わらず、ユイトを追って来る。これでとりあえず、子供たちから引き離せたわけだが、このままではまた影にユイトが呑まれてしまうのがオチだ。何とかしなければならない。
長い廊下を抜け、ユイトは競売会場に戻ってきた。
床で転がっている競売人らの頭上を飛び越え、ユイトが目指したのは舞台の上だった。
【なんで逃げ場のない所に来るんだ!?バカかって……えっ!?】
ソウが驚きの声を上げる。なぜなら、舞台に上がったと思うや否や、影が
どこかに潜んでいる様子もない。そして、ソウはあっと気付く。
【この照明のせいか!】
彼が指摘したのは、舞台天井でランランと光る照明の魔道具だった。
「影の目撃報告は夕刻から夜にかけてばかりだった。もしかしたら、強い昼の光が苦手なのかと思ったんだ」
【
珍しくソウがユイトを褒めたところで、パチパチと拍手の音が会場に響きわたった。
ユイトはにわかに緊張する。
辺りを見渡せば、客席から舞台の方へ歩いてくる青年がいた。
――白い。
それが青年を見た、ユイトの感想だった。
彼は雪のような白髪と、透き通るような白い肌をしていた。さらに、ゆったりとした白いマント身を包んで、全身真っ白だ。
その中で、血のように赤い瞳だけが鮮やかな色彩を誇っている。
青年に不気味な得体の知れなさを覚え、ユイトの頬を汗が伝う。
一方、青年の方は警戒する風もなく、どんどんユイトに近づいて来た。
「よく影の弱点に気付いたね」
まるで知り合いにでも対するような気軽さで、青年はユイトに話しかける。
「あなたがあの影の使い手?」
「そうだよ」
「ボクや子供たちをさらったのは――」
「もちろん、俺だよ」
あっさりと自分の犯行を認める青年は、場違いな笑顔でユイトに微笑みかけた。
一方、ユイトは即座に青年を敵と判断。粘着性の高い糸を青年に向って放ち、彼を捕らえようとする。
しかし、相手はユイトの攻撃を予想していたようで、チチュの糸をあっさりと
ユイトは慌てて青年から距離を取った。同時に、クロスボウから矢が発射される――が、それはユイトとは明後日の方向へ飛んで行った。
自分が標的ではなかったことに気付き、ユイトは目を見開く。
【ヤツの狙いは上だっ!】
ソウの声と共に、バリンと何かが砕ける音がした。そして、ユイトの真上からの光がフッと消え、舞台が暗くなる。青年が狙っていたのは、頭上の照明だったのだ。
彼の思惑を知って、ユイトは「しまった」と動揺するが、時すでに遅し。
再び現れた影によってユイトは捕らえられた。ぐるりと蛇のように巻き付かれ、身動きが取れない。
顔だけが何とか露出している状態で、身体は完全に影に覆われている。チチュの力も使えそうになかった。
焦るユイトをよそに、つかつかと青年は彼女に近づくと、その懐から書類を取り出した。
「これが参加者リスト?まったく、こんなものを持ち出そうとするなんて悪い子だね」
涼しい顔で書類をめくった青年だったが、急にその顔がこわばった。
「なにコレ。文字も文章もめちゃくちゃじゃないか」
そう呟いた途端、書類がほどけ糸に変わった。
実は参加者リストと言うのは真っ赤な嘘で、それは『創造の糸』で作られた偽物だったのだ。本物のリストは、子供たちと一緒に、ユイトがあの物置部屋に隠していた。
「……騙したね」
「――っ!」
青年はユイトをキッと睨むと、影がギシギシとユイトの身体を締め付けてきた。
「本当に悪い子にはお仕置きが必要だよね。俺の影は、人間の背骨なんて簡単に折ってしまえるんだよ」
青年の言葉は嘘ではないだろう。ユイトは苦悶の表情を浮かべた。蛇が獲物を絞め殺すような容赦ない力が彼女を襲う。
【おい!何か策はないのか!?おいっ!!早く何とか逃げろっ】
必死な様子でソウが叫んだ――その時、青年めがけて何かが飛来した。
「!?」
間一髪のところで青年はその何かを避ける。ソレは楔形をした氷塊だった。
「外してんじゃん。下手くそ」
「うるさい。無駄口を叩く暇があったら働け」
互いに言い合う声が聞こえてきて、ユイトが顔を上げた。会場の出入口に立つ二つ人影がその視界に入る。
「コウキさん……それにセッカさん!」
そこにいたのは――三番隊と八番隊の副隊長だった。
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