第22話 犬猿の仲:三番隊副隊長と八番隊副隊長

 ユイトが守護者三番隊の第二班に配属されてから、約一か月が経った。


 この間、ユイトは班の仲間たちと与えられた任務を黙々とこなしている。

 守護者のランクを上げるためには、より多くのエニグマを狩って、魔晶石を教会に上納しなければならない。

 一刻も早くランクを上げたいユイトは率先して立ちまわり、エニグマ討伐に貢献していた。そのかいあってか、時には一日に数体のエニグマを狩ることもあり、討伐数はひと月で五十を越えている。その中には大型のエニグマも少なくない。

 これはまずまずの成績のはずだ、とユイトは考えていた。


 そんなのとき、ユイトを含む第二班の面々は、副隊長であるコウキに声を掛けられた。


「お前たち、調子がいいみたいじゃないか」

「ありゃ、副隊長。ずいぶん、機嫌がいいな。何か良いことでも?」


 かなり上機嫌な様子のコウキを、班長のヨキが指摘する。

 分かったか、とコウキは笑いながら言った。


「今、成績表が掲示板に貼られたのを見てきたんだ」

「ああ。そう言えば、今日だったか」


 彼らが言う成績表とは、各隊が一カ月間で獲得した魔晶石を評価したものだ。魔晶石の大きさ、質、量を加味した上で、一番隊から十番隊まで優劣が付けられる。

 コウキの様子から、おそらく三番隊の成績は良かったのだろう、とユイトは予想した。


「それで、うちの隊はどうだったんスか?」


 興味津々にライトが尋ねると、ニカッとコウキは笑った。


「なんと三位だ!」

「ええっ!すごいじゃないっスか!」

「そうだ。いつもはトップ5に入れるかどうかなのに。それもこれも、お前らのおかげだぞ」

「そっか!今月、俺たちすごかったから」


 満面の笑みを浮かべるライトに、ユマが困り顔をする。


「自画自賛も結構ですが。僕たちがすごいというよりは、ユイト君がすごい――の間違いでしょう」


 そう言って、ユマがユイトを見る。

 ヨキもそれに頷いた。


「そうだな。エニグマをたちどころに見つけ出し、見つけたら見つけたで糸で捕獲して――ずいぶん楽な狩りをさせてもらった」

「それはお互い様です。ボクは攻撃手段に乏しいですから。皆さんに攻撃してもらって助かっています」


 ユイトの言葉は本心からである。

 チチュは元々サポートが得意なタイプの奇石のため、攻撃役を支援するほうが真価を発揮しやすいのだ。


「そうか。お前、頑張っているんだな」


 わしゃわしゃとコウキはユイトの頭を撫でてきた。それから、こう付け加える。


「前は態度が悪くて、本当にすまなかった」

「え?」

「どうも妹のことになると、俺はダメでな。じいちゃんにも注意されているんだが」


 コウキの言葉に、ソウが反応する。

 やっぱり、シスコンじゃねぇか――と。


「それで一人暮らしの方は上手くやっているのか?」

「はい。それは大丈夫です」

「そっか。それを聞いて安心した。まぁ、たまにはうちにも来てくれ。リコも喜ぶから」


 ユイトとコウキが二人で話をしていると、「何の話っスか?」とライトは不思議そうな顔をした。


「いや、こっちの話だ。まぁ、何にせよ。良いチームじゃねぇか。お前らの成果もあって、三番隊は三位の成績だ。ダンカン隊長も喜んでいたぞ」

「そう言うコウキ副隊長もすごく嬉しそうッスね」

「そりゃあ、嬉しいさ。なにせ、あのいけ好かない八番隊に勝ったんだから」


 コウキがそう言ったところで、後ろから声が掛かる。


「へぇ?誰がいけ好かないだって?」


 凛とした声に一同がそちらを振り返ると、すらりとした青年が立っていた。

 年齢はコウキと同じくらいか。青みがかったグレーの髪の男性で、とても整った容姿をしている。

 その顔にユイトは見覚えがあった。


――八番隊の副隊長だ!


 前の世界線で特にユイトと親交があったわけではないが、その目立つ容姿と実力で有名だった人物である。周りの男達とは一線を画す美しさで、巷では『氷の貴公子』と呼ばれているとか何とか。

 確か名はセッカと言ったはず……とユイトは思い出す。


 そして、この八番隊副隊長のセッカはでも有名だった。

 それは……


「陰でコソコソ他の隊の悪口とは。三番隊はずいぶん副隊長を持ったようだ」

「……なんだと?」


 上機嫌だったコウキの顔がたちまち歪む。

 セッカとコウキの間にバチバチと火花が飛んだ。

 そう、この二人はとても仲が悪いことで有名だったのだ。


 コウキとセッカは同年代。同時期に守護者に入隊し、頭角を現したタイミングも同じ。互いに好敵手ライバル心を持つのは当然の成り行きだと、周りの者たちは考えていた。

 また、野性味溢れるコウキと優雅な雰囲気をただよわせるセッカとは、根本的に馬が合わないのだろう……と。


 しかし、実のところ、この二人の因縁は守護者入隊前から始まっていた。


 入隊試験の折、コウキの家族であるリコとゲンが彼の応援にやって来ていたのだ。その場には、同じように受験しに来たセッカもいた。

 セッカの存在に気付いたリコが、その姿に目を奪われ、こう口にする。


「あのお兄ちゃん、かっこいい」

「はぁ?どこがだ?あんな女みたいなやつ」


 コウキは妹だけに言ったつもりだったが、彼の地声は大きく、そのせいでセッカの耳にも聞こえてしまった。

 そこからコウキとセッカの言い合いが始まり、ケンカに発展。あわや試験官に「失格」を言い渡されそうになった――という過去がある。


 以来、二人は犬猿の仲で、それが現在も続いている。

 顔を合わせば、毎回激しい言葉の応酬おうしゅうが繰り広げられていた。


「ハッ!負け犬の遠吠えとはよく言ったものだぜ」

「一度、八番隊うちより上だっただけで調子に乗るなよ。前回も、前々回も負けたくせに」

「うるせぇっ!今回は三番隊うちが勝ったんだ!」

「フン。今回だって、たまたま当たりの新人を引き当てただけだろう?自分の手柄でもないのに偉そうに」


 副隊長同士の激しい言い合いに、第二班の面々は口をはさむことができない。皆でその様子をジッと見守っていると、セッカがユイトの存在に気付いた。


「もしかして、例の新人って君かい?」

「えっと……?例のかどうかは分かりませんが、新人のユイトです」

「ああ!そう言えば、そんな名前だったな」


 ふむ、と値踏みをするようにセッカはユイトの上から下まで眺める。そして、優雅に微笑んだ。

 先ほどまでのコウキとの態度の差に、ユイトは戸惑う。


「こんな脳まで筋肉でできているようなシスコン男を上司に持つなんて、君も大変だね」

「えっ、いや。そんなことは……」


 首を横に振るユイト。

 外野で「てめぇっ!何言ってんだ!?」とコウキの怒号が飛ぶ。


「三番隊が嫌になったら、転属願いを出せばいい。ぜひ、希望先は八番隊うちにしたまえ。君なら喜んで受け入れるよ」

「こらっ!勝手に三番隊うちの隊員を勧誘するな!」

「じゃあ、。ユイト君」


 それだけ言うと、颯爽さっそうとセッカはその場を立ち去ってしまう。

 残されたユイトは、その含みのあるような言葉に、小首をかしげるばかりだった。



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