第20話 最悪の再会:どうやら聖女に嫌われたらしい

 ユイトが大聖堂の東側にある庭園の側を通りかかったところ、少女がうずくまっている背中が見えた。

 当然のようにユイトは心配する。もしかしたら、気分が悪くなって立ち上がれないのかもしれない。

 そう思った彼女は、その少女に後ろから声をかけた。


「あの。大丈夫ですか?」


 こちらを振り返った少女を見て、ユイトはハッと息を呑んだ。

 銀の長い髪に、人形のように整った顔立ち。

 見間違えるはずもない――そこには聖女イオがいた。


「あっ――」


 こんなところでイオと遭遇すると思っていなかったユイトは、驚きのあまり言葉を失う。呆然とし、嬉しさで心がいっぱいになるユイトだったが、すぐに我に返った。

 イオの顔色が悪い。元々彼女は色白だが、今は白いを通り越して真っ青になっている。相当、体調が悪いのだろう。


「ねぇ!本当に大丈夫?早く医務室に……」


 慌てたユイトはイオに手を伸ばし、


――パシン


 思いっきり、その手を叩かれた。

 目の前で起こったことが理解できず、ポカンとユイトはイオを見る。

 明らかに敵意のこもった目。イオの鋭い視線がユイトを突き刺した。


「私に触れるな」


 そう口にするなり、青い顔のままイオは立ち上げると、宮殿の方へ行ってしまった。

 後にはユイトだけが残される。


 まじまじとイオに叩かれた己の手を見つめるユイト。

 そんな彼女をソウが意地悪く笑った。


【なんだ?お前、すげー嫌われてなかったか?】

「……」

【せっかく、アイツのために過去に戻ってきたのになぁ。こりゃ、むくわれん話だ】


 すると、ぽろりとユイトの目から涙が一つこぼれた。

 それに気付いたソウは、ゲッと声を上げる。右手では、チチュがピカピカと点滅し、それはまるでソウを非難しているかのようだった。


【いや、おい…。泣くほどのことじゃねぇだろう?なぁ?】


 狼狽ろうばいしつつソウが声を掛けるも、ユイトは涙を中々止めることができなかった。



 翌日、ユイトが入隊して初めての休日だった。

 非番の時、守護者たちは思い思いに羽を伸ばし、貴重な休みを楽しむ。

 さて、ではユイトはと言うと――


「よし。エニグマ狩りに行こう!」


 元気よく、そう宣言した。


【切り替え早ぇな、おい】


 ソウは呆れたような声を出す。


【昨日はメソメソ泣いていたくせによ。もう立ち直ったのか】

「いつまでも泣いている暇はないからね」

【まぁ、アレだ。あの聖女とやらは腹を下していて、肛門が限界だったのかもしれん。だからお前の手を振り払ったという説もあり得る】

「さすがに、ソレはないと思うけれど…」

【あぁ?聖女だって人間だぞ。クソもすれば×××だってするだろうさ】

「ソウ。さすがに下品だよ」


 ユイトが注意すると、ヒヒヒとソウは笑う。


【まぁ、単に虫の居所が悪かっただけの可能性もあるしな】

「……意外だな」

【なにがだ?】

「ソウがボクを慰めてくれるなんて」

【ハァ?俺様が慰めるわけねぇだろう!?って、おい!チチュもチカチカ光るなっ!鬱陶うっとうしい!あおってンのか?】


 ソウの反応を見て、ユイトはくすりと笑いを漏らす。すぐさまソウの――

笑ってンじゃねー!――という声が聞こえてきた。

 やがて、ユイトはぽつりと呟く。


「ボクが立ち直ったのはさ。気づいたからなんだ」

【……あん?何に気付いたって?】

「たとえイオに嫌われたって、ボクのすることは変わらないってこと。ボクは彼女を助けたい。その気持ちは変わらない」

【ソレ、お前が報われないんじゃねぇか?】

「そんなことないよ。イオに好かれるけれども彼女が死んでしまうより、イオに嫌われても彼女に生きていてもらえた方がボクは嬉しい」

【……ケッ】


 イオに嫌われるのはもちろん悲しいが、たとえ嫌われても己がすることに変わりはない――そうユイトは結論付けた。

 ただ困るのは、本当にイオに嫌われていた場合、近衛隊に入るのが困難だろうということ、彼女から信頼を得るのが難しいということだ。


 当初の予定では、イオとある程度親交を深めた後、ユイトは自分が未来から来たことや、後に訪れる災厄などについて、イオに白状するつもりだった。

 それでイオと共に、来るべき災いに備えようという算段だったのだ。

 しかし、現時点でそれは厳しいかも……とユイトは考える。


 以前の世界線において、災厄が生じたのは結界に大きな障害が出たからだ。

 この世界の結界を管理しているのは、聖女と彼女の補佐の枢機卿たち。結界の問題に対処するならば、彼らのいずれかに近づくのが最適だろう。


――イオがダメなら、枢機卿の誰かに……。


 しかし、彼らはスーノ聖教会の頂点トップの立場だ。一介の、ましてや最底辺である蛍石フローライト級の守護者が、おいそれと意見できる人間ではない。

 つまり、これが意味するところは……


――もっと、ランクを上げなきゃ。そのためには、もっとチチュを育てる必要がある。


 というわけで、休日返上でエニグマ狩りに行こうとしているユイトだった。



【あ、そういや】


 ふと思い出したように、ソウが呟く。


【前に倒したデカい鳥のエニグマ。あの魔晶石ってどうなったんだ?アレはお前が倒したようなものだから、お前の物だろう?】

「班で狩ったエニグマは、班全員の成果になるよ。それに、守護者として獲得した魔晶石は一度教会に収められる」

【なんでだよっ!横取りじゃねぇか!】

「そういう規則ルールなんだよ。一応、成果に合わせて給料日に獲得した魔晶石のいくらかは返って来るよ。まぁ、教会に六割取られて、あとの四割を皆で山分けだから、手に入るのは一割の計算になるね」

搾取さくしゅもいいところだろう!?】

「仕方ないよ。そうやって教会に収めた魔晶石は、結界の維持や街の防衛、公共事業なんかに使われるんだ」

【納得いかねぇ。ンなの、守護者なんかやらずに、個人でエニグマ狩った方が得なんじゃなぇか?】


 ソウの言うことは一理あった。実際に教会への上納を嫌って、フリーの身分でいる奇石使いも少なくない。

 ただ、守護者になることはあながち損というわけでもなかった。


 スーノ聖教会はこの世界でもっとも力を持つ国教組織だ。そのネットワークはすさまじく、どこでどのようなエニグマが出没したのか――そういった情報をいち早く入手することができる。

 そして、教会配下の守護者はその情報を受け取り、効率よくエニグマを狩るのだ。

 また、組織だって行動するので、フリーの奇石使いに比べて守護者の死亡率はずっと低い。

 他の利点としては、他職に比べて守護者は給料が高いことや、社会的地位が高いことなどが挙げられる。


「でも、ソウの言う通り九割の魔晶石を取られるのはすごく痛い。だから、それを補うために休日返上でエニグマ狩り。平日は一生懸命働いて、守護者としてのランクを上げる――以上!」

【はぁ~頑張るねぇ】

 

 やれやれと言わんばかりのソウであるが、どうやら協力はしてくれるらしい。今や、ソウのエニグマ探索能力はユイトにとって、なくてはならないものになっている。


【おら、行くぞ】


 ソウの掛け声に、ユイトは大きく頷いた。



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