第20話 最悪の再会:どうやら聖女に嫌われたらしい
ユイトが大聖堂の東側にある庭園の側を通りかかったところ、少女がうずくまっている背中が見えた。
当然のようにユイトは心配する。もしかしたら、気分が悪くなって立ち上がれないのかもしれない。
そう思った彼女は、その少女に後ろから声をかけた。
「あの。大丈夫ですか?」
こちらを振り返った少女を見て、ユイトはハッと息を呑んだ。
銀の長い髪に、人形のように整った顔立ち。
見間違えるはずもない――そこには聖女イオがいた。
「あっ――」
こんなところでイオと遭遇すると思っていなかったユイトは、驚きのあまり言葉を失う。呆然とし、嬉しさで心がいっぱいになるユイトだったが、すぐに我に返った。
イオの顔色が悪い。元々彼女は色白だが、今は白いを通り越して真っ青になっている。相当、体調が悪いのだろう。
「ねぇ!本当に大丈夫?早く医務室に……」
慌てたユイトはイオに手を伸ばし、
――パシン
思いっきり、その手を叩かれた。
目の前で起こったことが理解できず、ポカンとユイトはイオを見る。
明らかに敵意のこもった目。イオの鋭い視線がユイトを突き刺した。
「私に触れるな」
そう口にするなり、青い顔のままイオは立ち上げると、宮殿の方へ行ってしまった。
後にはユイトだけが残される。
まじまじとイオに叩かれた己の手を見つめるユイト。
そんな彼女をソウが意地悪く笑った。
【なんだ?お前、すげー嫌われてなかったか?】
「……」
【せっかく、アイツのために過去に戻ってきたのになぁ。こりゃ、
すると、ぽろりとユイトの目から涙が一つこぼれた。
それに気付いたソウは、ゲッと声を上げる。右手では、チチュがピカピカと点滅し、それはまるでソウを非難しているかのようだった。
【いや、おい…。泣くほどのことじゃねぇだろう?なぁ?】
*
翌日、ユイトが入隊して初めての休日だった。
非番の時、守護者たちは思い思いに羽を伸ばし、貴重な休みを楽しむ。
さて、ではユイトはと言うと――
「よし。エニグマ狩りに行こう!」
元気よく、そう宣言した。
【切り替え早ぇな、おい】
ソウは呆れたような声を出す。
【昨日はメソメソ泣いていたくせによ。もう立ち直ったのか】
「いつまでも泣いている暇はないからね」
【まぁ、アレだ。あの聖女とやらは腹を下していて、肛門が限界だったのかもしれん。だからお前の手を振り払ったという説もあり得る】
「さすがに、ソレはないと思うけれど…」
【あぁ?聖女だって人間だぞ。クソもすれば×××だってするだろうさ】
「ソウ。さすがに下品だよ」
ユイトが注意すると、ヒヒヒとソウは笑う。
【まぁ、単に虫の居所が悪かっただけの可能性もあるしな】
「……意外だな」
【なにがだ?】
「ソウがボクを慰めてくれるなんて」
【ハァ?俺様が慰めるわけねぇだろう!?って、おい!チチュもチカチカ光るなっ!
ソウの反応を見て、ユイトはくすりと笑いを漏らす。すぐさまソウの――
笑ってンじゃねー!――という声が聞こえてきた。
やがて、ユイトはぽつりと呟く。
「ボクが立ち直ったのはさ。気づいたからなんだ」
【……あん?何に気付いたって?】
「たとえイオに嫌われたって、ボクのすることは変わらないってこと。ボクは彼女を助けたい。その気持ちは変わらない」
【ソレ、お前が報われないんじゃねぇか?】
「そんなことないよ。イオに好かれるけれども彼女が死んでしまうより、イオに嫌われても彼女に生きていてもらえた方がボクは嬉しい」
【……ケッ】
イオに嫌われるのはもちろん悲しいが、たとえ嫌われても己がすることに変わりはない――そうユイトは結論付けた。
ただ困るのは、本当にイオに嫌われていた場合、近衛隊に入るのが困難だろうということ、彼女から信頼を得るのが難しいということだ。
当初の予定では、イオとある程度親交を深めた後、ユイトは自分が未来から来たことや、後に訪れる災厄などについて、イオに白状するつもりだった。
それでイオと共に、来るべき災いに備えようという算段だったのだ。
しかし、現時点でそれは厳しいかも……とユイトは考える。
以前の世界線において、災厄が生じたのは結界に大きな障害が出たからだ。
この世界の結界を管理しているのは、聖女と彼女の補佐の枢機卿たち。結界の問題に対処するならば、彼らのいずれかに近づくのが最適だろう。
――イオがダメなら、枢機卿の誰かに……。
しかし、彼らはスーノ聖教会の
つまり、これが意味するところは……
――もっと、ランクを上げなきゃ。そのためには、もっとチチュを育てる必要がある。
というわけで、休日返上でエニグマ狩りに行こうとしているユイトだった。
【あ、そういや】
ふと思い出したように、ソウが呟く。
【前に倒したデカい鳥のエニグマ。あの魔晶石ってどうなったんだ?アレはお前が倒したようなものだから、お前の物だろう?】
「班で狩ったエニグマは、班全員の成果になるよ。それに、守護者として獲得した魔晶石は一度教会に収められる」
【なんでだよっ!横取りじゃねぇか!】
「そういう
【
「仕方ないよ。そうやって教会に収めた魔晶石は、結界の維持や街の防衛、公共事業なんかに使われるんだ」
【納得いかねぇ。ンなの、守護者なんかやらずに、個人でエニグマ狩った方が得なんじゃなぇか?】
ソウの言うことは一理あった。実際に教会への上納を嫌って、フリーの身分でいる奇石使いも少なくない。
ただ、守護者になることは
スーノ聖教会はこの世界でもっとも力を持つ国教組織だ。そのネットワークはすさまじく、どこでどのようなエニグマが出没したのか――そういった情報をいち早く入手することができる。
そして、教会配下の守護者はその情報を受け取り、効率よくエニグマを狩るのだ。
また、組織だって行動するので、フリーの奇石使いに比べて守護者の死亡率はずっと低い。
他の利点としては、他職に比べて守護者は給料が高いことや、社会的地位が高いことなどが挙げられる。
「でも、ソウの言う通り九割の魔晶石を取られるのはすごく痛い。だから、それを補うために休日返上でエニグマ狩り。平日は一生懸命働いて、守護者としてのランクを上げる――以上!」
【はぁ~頑張るねぇ】
やれやれと言わんばかりのソウであるが、どうやら協力はしてくれるらしい。今や、ソウのエニグマ探索能力はユイトにとって、なくてはならない
【おら、行くぞ】
ソウの掛け声に、ユイトは大きく頷いた。
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