第13話 鉱山のエニグマ:試験官は高みの見物

 試験開始と共に、受験者は鉱山内に散らばった。

 皆、いち早くエニグマを狩ろうと必死である。

 もちろん、それはユイトも同じだった。彼女はソウにエニグマの位置を尋ねる。


【一番近いのは、右手の道を行った先だな。あと、あの赤毛野郎は、さらにその先を真っすぐ進んだところだ】

「ん?赤毛野郎って……さっきの受験者のこと?」

【それ以外に誰がいるんだよ。周りに人間はいねぇみたいだから今のうちに叩きのめせ】

「こらこら」

【てめぇはムカつかないのか?】

「いや、別に。放っておきなよ。それより、エニグマ。エニグマ」

【……チッ】


 鉱山内部は坑道が入り組んでいて、まるで迷路のようになっていた。

 受験者は皆、試験官から鉱山の地図を手渡されていたが、気を抜けば簡単に迷ってしまいそうだ。


 鉱山内は外界より涼しく、ともすれば肌寒いくらいの気温である。

 地下へ地下へと掘られた坑道は、当然陽の光が届かない。所々にランプが灯っているものの、全体的に視界は悪く、岩と岩の隙間にエニグマが潜んでいてもおかしくなかった。エニグマの体は黒いため、暗闇ではその姿を見落としやすい。

 ユイトは辺りに注意を払いながら慎重に進んだ。


【この辺りのはずだぜ】


 ソウが指定したエリアは、他の坑道よりも少し開けた空間になっていた。

 ユイトは周囲を見渡し、エニグマを探す――と。


――キシャァッ!


 甲高い声を上げながら、黒い何かが頭上から降って来た。

 ユイトはそれを難なく回避し、距離をとる。

 それは一件、巨大なトカゲのような見た目をしていた。体長およそ一メートル弱、全身が闇で覆われたように黒い。


【いたぜ!今回の獲物エニグマだな!】


 そのトカゲ型エニグマは素早い動きで、坑道内の岩の壁をするすると這って行く。どうやらヤモリのように壁に張り付くことが可能のようだ。

 上下左右を縦横無尽に駆け回り、その俊敏性で敵を翻弄ほんろうするタイプのエニグマだった。

 そして今まさに、ユイトの死角からエニグマが襲い掛かろうとしていた。


 しかし、ユイトに向かって飛ぶその寸前で、エニグマの体が白い糸に覆われる――チチュの糸だ。ユイトが相手の動きを読み、先手を打ったのである。


 あっという間に、エニグマはグルグルとチチュの糸でがんじがらめにされてしまった。

 このエニグマには糸を破るような力はないようで、動きを封じられ、もうどうすることもできない。

 エニグマはなすすべもなく、ぷらんと天井に白い塊として、ぶら下がっている状態になった。


【捕らえたは良いが、コレどーするんだ?】

「チチュが育てば、このまま圧殺っていうのもできるんだけれど。今はこうするしかないかな」


 ユイトの言葉に応えるように、チチュから新たな糸が生まれた。その先端には鋭く尖った牙のようなものが付いている。

 それが捕らえられたエニグマの体をブスリと刺した。


【『毒牙』で仕留めるのか】

「うん」

【しかし、くたばるまで時間がかかるだろう。このまま待つのか?】

「それは時間が惜しいね。試験に合格するためには、より多くのエニグマを狩らないといけないから」

【だったら、どうする?】

「このまま置いておくよ。チチュの糸はボクと繋げたままにしておいて、エニグマが魔晶石になったらそのまま回収する。幸い、横取りアウトな規則ルールだし、他の人に盗られることもないでしょう」

【どうだかな。規則ルールを破る輩はどこにでもいるぞ】

「その点は大丈夫。試験官側も一応の対策はしているはずだから」


 ユイトはちらりと宙を見る。

 その目は、坑内で飛び回るを捉えていた。



 鉱山横の小屋には二人の試験官が詰めていた。

 一人はコウキ、もう一人は眼鏡をかけた少し神経質そうな男性である。眼鏡の男の方が、コウキよりも歳が上のようで三十路くらいに見えた。

 室内は不思議な様相を呈していて、その宙にいくつもの六角形の盤が浮かんでいた。その一つずつに、異なった映像が映し出されている。


「セイ。今回の受験者はどうだ?」


 コウキが眼鏡の青年に話しかけた。

 セイと呼ばれた彼は、六角形の盤をにらみながら「まぁまぁだね」と口にする。


「玉石混交……といった感じだな。あっ、コイツ。ズルしてる。エニグマじゃなくて、鉱山の魔晶石を採っているよ」


 ある盤に映し出された映像を指摘するセイ。

 実はこの六角形の盤こそが、セイの奇石の能力だった。

 映像が盤に送られ、セイは遠隔地にいながら端末がいる現場の様子を把握できるのだ。


 そして、今まさにセイが見たのは不正の現場だ。

 試験中、鉱山内の魔晶石の採掘は禁止で、成果としてはカウントされない――そう言ったにも関わらず、試験官の目がないと考えてイカサマに及んだ受験者がいたようだ。


「受験番号23番、失格――と」


 セイはノートにその旨を書き込んだ。

 こういった不正がないか、チェックするのが本日の彼の役目である。


「ハァ。ロクな奴、いねぇのかよ」

「コウキ。言っただろう?玉石混交だって。このおチビさんとか、中々有望だと思うよ」


 そう言って、セイが指し示したのはまた別の盤だった。

 映し出された映像を見て、「あいつか」とコウキは小さく呟く。

 そこに居たのは、彼の家の居候――ユイトだった。


「なんだ、知り合いかい?」

「まぁな。で、コイツがどう有望なんだ?」

「自分の奇石を熟知して上手く使っているね。ほら、一瞬でエニグマを糸で捕まえた。動きに無駄がない」

「フン。まぁまぁだな……って、捕まえて止めは刺さないのか?」

「何か針のようなモノで刺したね。毒かな?」

「まどろっこしいな」

「おそらく、他に攻撃手段がないのでは?あまり戦闘向きの奇石ではないようだね。それでここまで戦えるってスゴイと思うよ」


 セイは感心したように言う。

 彼の奇石も戦闘に向いたものではないため、それを育てることの大変さが分かるのだろう。


「おチビさん自身は、エニグマを放置して先に進むようだね」

「おいおい。魔晶石を回収しなくていいのかよ?」


 呆れた様子のコウキだったが、しばらくしてユイトの意図に気付く。


「あ、毒が効いたようだね。エニグマが消えて魔晶石に……ふぅん、なるほど。残した糸で魔晶石を回収してるね。それが離れた場所にいるおチビさんの手に戻っていく……うん。中々、上手く時間も活用しているじゃないか」

「フン」

「こういう臨機応変に対応できる子が現場では活躍するんだよねぇ。逆に、いくら奇石自体の能力がすごくても、こっちはダメ」


 セイはまた別の盤を指す。

 そこには赤髪の青年がエニグマ相手に戦っているところが映し出されていた。

 彼の奇石から紅蓮の炎が生まれる。その勢いは目を見張るものがあった――が、素早いエニグマにかすりもしない。


「コイツ。一人でイキってたアホだろう」

「奇石自体はけっこう育っている感じがするけれど、肝心の奇石使いが全然戦闘に慣れていない様子だね。宝の持ち腐れだ」

「大方、金に物を言わせて魔晶石を買ったんだろう」


 そうコウキは鼻白む。


 奇石は魔晶石を消費して、成長する。

 魔晶石の主な供給源はエニグマだが、何も奇石使い本人がエニグマを倒す必要はない。金で魔晶石を購入し、それを使っても、奇石はちゃんと成長するのだ。

 ただし、こういった育て方をすると、奇石の能力と奇石使いの技量の間に乖離かいりが生じることが度々ある。

 今、盤に映っている赤髪の青年はまさにその典型例だろう。

 奇石の能力に、奇石使いの技量が追い付いていないのだ。


おのが奇石の力を最大限に引き出せてこその奇石使い。その点、あのおチビさんは満点花丸だよ」


 そう呟くセイの横で、コウキは面白くなさそうに顔をしかめた。



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