第11話 親友との記憶:二人で見たかった故郷
守護者の試験まであと半月。
追い込みをかけるべく、ユイトは都セイメイ周辺でエニグマを毎日狩っていた。
チチュに『創造の糸』を覚えさせるためには、できるだけ多くの魔晶石が必要なのだ。
【毎日、精が出るねぇ】
「……」
【ハン。疲れ果てて声も出ねぇか】
ユイトは、ぐったりと森の木の幹に寄りかかった。
連日の狩りで体が悲鳴を上げている。本当なら、休む暇も惜しいのだが、少し動けそうにもなかった。
「少しだけ休憩する。そしたら、次に――」
【はい、はい】
疲労した体を休めるため、ユイトは軽く
すると、自然と脳裏に懐かしい記憶がよみがえってくる。
――ああ、そう。これは……イオが亡くなる少し前の……。
*
「私は聖女にふさわしい人間じゃない」
親友イオから飛び出た発言に、ユイトは目を丸くした。
ユイトからすれば、イオほど立派な人間はおらず、そんな彼女は誰よりも聖女にふさわしいと考えていたからだ。
聖女の最も重要な役割は、この世界を守る結界を維持することだろう。
『霊脈』というこの世界に流れる膨大なエネルギーを操り、結界を構築する――それは特別な人間にしかできない行為だった。
人知を超えたその力――ただし、それを操るには負荷も大きいらしい。
そのことは聖女の近衛隊として、イオを
結界を維持するため、祈りを捧げるとイオの体調はとたんに悪くなる。ユイトは痛々しい想いで親友を見つめ、何もできな自分を歯がゆく思っていた。
そんな苦しい思いをしても、イオは聖女としてのお
彼女が聖女にふさわしくないと言うのなら、他のどんな人間がそれにふさわしいと言うのか、ユイトには甚だ疑問だった。
「どうしてそんなことを言うの?」
「私は自分が何を守っているのか、正直ソレに何の価値があるか……分からなくなることがある」
「守っているもの?それはこの世界と、この世界に住まう生きとし生けるものすべてだよ」
結界がなければ、エニグマにすべてが
何もその対象は人間だけではない。エニグマはこの世界の生物を何でも喰ってしまうのだから。
「知識では分かっている。けれども、本当の意味では私はこの世界を知らない」
その言葉を聞いて、
聖女は世界の中心である都メイセイ近辺で、結界維持のための祈りを捧げなければならない。彼女は都から離れることができないのだ。
加えて、聖女は俗世の
つまり、聖女は限られた空間で、限られた人間としか触れ合わない。これでは、自分が守っているものがよく分からず、不安を覚えるのも無理はないのかもしれなかった。
ユイトは言葉を探した。
目の前の親友に、せめて自分の感謝と敬意を伝えたかったのだ。
「あのね。私はヒスイ国のキネノ里というところで育ったの」
「そう言えば、前にそう言っていたね」
「本当に田舎で、田んぼと山しかないような所なんだけれど……でもとても自然豊かで美しい場所なんだ。例えば――」
「例えば?」
「田植え前の水を張った田んぼ。あれはすごく綺麗だよ。まるで鏡みたいに空の風景を映してね。昼は真っ青、夕方は茜色に変わるの」
「ほぉ」
「稲が育ったら育ったで、それも良い。一面が緑になって、やがて実りの季節には黄金色に染められるんだ」
「それは少し見てみたいな」
「私もあなたに見て欲しい」
ユイトは想像した。
都から出ることのできないイオだけれども、その彼女と故郷を訪れることができたら、どんなに良いだろうと。
「私は自分の故郷が好きだよ。そして、それを守ってくれているのがイオなんだ」
「……」
「だから、私が伝えたいのは――私があなたに感謝しているってこと。あなたのおかげで故郷があるということで……ごめん。上手く言葉にできないや」
「いいや。君の気持は伝わった。ありがとう」
それから、ポツリとイオは言った。
「もし、私が聖女じゃなくなったら君はどうする?」
「えっ……?」
「私の代わりが現れて、私が聖女じゃなくなったら――」
「そんなことあり得るの!?」
「まぁ、可能性はなくはない」
「もし、そんなことがあり得るのなら……」
「うん……」
ゴクリとイオは唾をのむ。
どうしてかその時、イオは緊張している様子だった。
「嬉しい」
「えっ?」
ユイトの答えが意外なものだったのか、イオは目を見開いた。
「だって、イオが聖女じゃなくなったら都から出ても良いわけでしょう?」
「あ、ああ……」
「そしたら二人で色んな所に行けるよ!さっき言った、私の故郷にも行ける!!」
「う、うん」
「あと、食べられる物も増えるよね?イオって聖女だから、食べ物を制限されているでしょう?お肉とか嗜好品とか」
「うん……」
「私が山で
はしゃぐユイトを眩しそうにイオは見つめていた。
「君は……聖女じゃない私に価値を見出してくれるのか?」
「イオは聖女の前に、私の親友だよ!私の自慢の友達。たとえ、聖女じゃなくてもソレは変わらない」
「……そうか」
その後、例の災厄が起こり、イオは世界を守るためその身を散らしてしまった。
ユイトが
それどころか、今までの聖女は影武者だと
そんなこと、断じてユイトは認められなかった。
ユイトにとって、あのイオこそが聖女であり、親友であり、自分が守り仕えるべき人物だった。
新たな聖女に仕える気持ちは持てなくて、結局ユイトは近衛隊と守護者を辞任した。そして、故郷に帰ったのだった。
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