第11話 親友との記憶:二人で見たかった故郷

 守護者の試験まであと半月。

 追い込みをかけるべく、ユイトは都セイメイ周辺でエニグマを毎日狩っていた。

チチュに『創造の糸』を覚えさせるためには、できるだけ多くの魔晶石が必要なのだ。


【毎日、精が出るねぇ】

「……」

【ハン。疲れ果てて声も出ねぇか】


 ユイトは、ぐったりと森の木の幹に寄りかかった。

 連日の狩りで体が悲鳴を上げている。本当なら、休む暇も惜しいのだが、少し動けそうにもなかった。


「少しだけ休憩する。そしたら、次に――」

【はい、はい】


 疲労した体を休めるため、ユイトは軽くまぶたを閉じた。

 すると、自然と脳裏に懐かしい記憶がよみがえってくる。


――ああ、そう。これは……イオが亡くなる少し前の……。



「私は聖女にふさわしい人間じゃない」


 親友イオから飛び出た発言に、ユイトは目を丸くした。

 ユイトからすれば、イオほど立派な人間はおらず、そんな彼女は誰よりも聖女にふさわしいと考えていたからだ。


 聖女の最も重要な役割は、この世界を守る結界を維持することだろう。

 『霊脈』というこの世界に流れる膨大なエネルギーを操り、結界を構築する――それは特別な人間にしかできない行為だった。

 人知を超えたその力――ただし、それを操るには負荷も大きいらしい。

 そのことは聖女の近衛隊として、イオをそばで見ていたユイトにも分かった。

 結界を維持するため、祈りを捧げるとイオの体調はとたんに悪くなる。ユイトは痛々しい想いで親友を見つめ、何もできな自分を歯がゆく思っていた。


 そんな苦しい思いをしても、イオは聖女としてのおつとめをずっと果たしている。

 彼女が聖女にふさわしくないと言うのなら、他のどんな人間がそれにふさわしいと言うのか、ユイトには甚だ疑問だった。


「どうしてそんなことを言うの?」

「私は自分が何を守っているのか、正直ソレに何の価値があるか……分からなくなることがある」

「守っているもの?それはこの世界と、この世界に住まう生きとし生けるものすべてだよ」


 結界がなければ、エニグマにすべてが蹂躙じゅうりんされてしまう。

 何もその対象は人間だけではない。エニグマはこの世界の生物を何でも喰ってしまうのだから。


「知識では分かっている。けれども、私はこの世界を知らない」


 その言葉を聞いて、漠然ばくぜんとだがユイトは彼女の言いたいことが分かったような気がした。

 聖女は世界の中心である都メイセイ近辺で、結界維持のための祈りを捧げなければならない。彼女は都から離れることができないのだ。

 加えて、聖女は俗世のけがれに染められないよう、隔離された環境で育つとユイトは耳にしていた。イオ自身、一般市民の生活をよく知らないようである。

 つまり、聖女は限られた空間で、限られた人間としか触れ合わない。これでは、自分が守っているものがよく分からず、不安を覚えるのも無理はないのかもしれなかった。


 ユイトは言葉を探した。

 目の前の親友に、せめて自分の感謝と敬意を伝えたかったのだ。


「あのね。私はヒスイ国のキネノ里というところで育ったの」

「そう言えば、前にそう言っていたね」

「本当に田舎で、田んぼと山しかないような所なんだけれど……でもとても自然豊かで美しい場所なんだ。例えば――」

「例えば?」

「田植え前の水を張った田んぼ。あれはすごく綺麗だよ。まるで鏡みたいに空の風景を映してね。昼は真っ青、夕方は茜色に変わるの」

「ほぉ」

「稲が育ったら育ったで、それも良い。一面が緑になって、やがて実りの季節には黄金色に染められるんだ」

「それは少し見てみたいな」

「私もあなたに見て欲しい」


 ユイトは想像した。

 都から出ることのできないイオだけれども、その彼女と故郷を訪れることができたら、どんなに良いだろうと。


「私は自分の故郷が好きだよ。そして、それを守ってくれているのがイオなんだ」

「……」

「だから、私が伝えたいのは――私があなたに感謝しているってこと。あなたのおかげで故郷があるということで……ごめん。上手く言葉にできないや」

「いいや。君の気持は伝わった。ありがとう」


 それから、ポツリとイオは言った。


「もし、私が聖女じゃなくなったら君はどうする?」

「えっ……?」

「私の代わりが現れて、私が聖女じゃなくなったら――」

「そんなことあり得るの!?」

「まぁ、可能性はなくはない」

「もし、そんなことがあり得るのなら……」

「うん……」


 ゴクリとイオは唾をのむ。

 どうしてかその時、イオは緊張している様子だった。


「嬉しい」

「えっ?」


 ユイトの答えが意外なものだったのか、イオは目を見開いた。


「だって、イオが聖女じゃなくなったら都から出ても良いわけでしょう?」

「あ、ああ……」

「そしたら二人で色んな所に行けるよ!さっき言った、私の故郷にも行ける!!」

「う、うん」

「あと、食べられる物も増えるよね?イオって聖女だから、食べ物を制限されているでしょう?お肉とか嗜好品とか」

「うん……」

「私が山でいのししを狩ってきてあげるよ!お肉美味しいからっ!あとね、街で甘いスイーツを一緒に食べようよ!食べ歩きしよう!アンコたっぷりのたい焼きとか、美味しいよっ!!」


 はしゃぐユイトを眩しそうにイオは見つめていた。


「君は……聖女じゃない私に価値を見出してくれるのか?」

「イオは聖女の前に、私の親友だよ!私の自慢の友達。たとえ、聖女じゃなくてもソレは変わらない」

「……そうか」


 その後、例の災厄が起こり、イオは世界を守るためその身を散らしてしまった。

 ユイトが憤慨ふんがいしたのは、すぐに新たな聖女が擁立ようりつされたことだ。

 それどころか、今までの聖女は影武者だとおおやけに宣言された。イオは単なる影武者で、新たな聖女こそが本当の聖女だと。


 そんなこと、断じてユイトは認められなかった。

 ユイトにとって、あのイオこそが聖女であり、親友であり、自分が守り仕えるべき人物だった。


 新たな聖女に仕える気持ちは持てなくて、結局ユイトは近衛隊と守護者を辞任した。そして、故郷に帰ったのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る