ぶきやのしょうじょ もんもん
やって来たのは町の中心からは少し離れた細い路地。
数ある武器屋の中でも特に品質の良い品を売っている、選りすぐりの店をぼくは知っていた。
武器屋『アネモネ』。
藍色の暖簾に、へったくそな文字で書かれた木の看板。その戸を叩く。
「もんもん、いる?」
「いらっしゃ――……うわぁ」
目が合っただけで引かれた。酷くない? ありがとう。
狭い店内にずらっと並べられた武具たち。
さて、古びた木製の椅子に腰かけ、客人であるぼくをジトっとした目で睨み付けるのはシモンという少女――もとい、もんもん。
肩まで伸びる薄紅色の髪に、ぴょこんと長い耳が生えている獣人族。身に着けている鍛冶用のエプロンからは細い尻尾が覗いており、若干の煤が付いている。
ここの店主であるオーク似のおじさん、その娘とは思えないほどの美少女もんもん。鍛冶師見習いでもある彼女はぼくの友人だ。にっこりと微笑みかけてみる。
「へんたい賢者。今日は店閉まいだよばいばい」
……たぶん、友人だ。せめて顔見知りくらいではある。あるよね?
「なんて冗談はさておき。あれ、おじさんいないの?」
店内は狭く、おじさんがいれば奥に用意された鍛冶場で鉄を打つ音が聞こえてくるはずだ。それが無いという事は出払っているのだろう。
「……ごしゅじんさま、ほんとうにしりあいなんですか? というか、この方になにしたんですか」
アリスちゃんの耳打ち。
「いやぁ、もんもんは会う度にぼくの魔力を回復させてくれるからね。特に武器が必要なくてもよく通ってたんだ」
「へんたいの魔力なんて知らないもん、ばか。あともんもん言うな」
そうは言っても事実ぼくは喜んじゃってるんだから仕方がない。
でもなんていうか、今日は特に機嫌が悪い気がするような……?
そういえばアリスちゃんが家に来てから引きこもりがちで、あまり顔を出せてなかったかも。
「もしかして寂しかった?」
なんておどけて言ってみせると、もんもんの耳がピクっと反応する。
「そんなわけない……」
口ではそう言うけれど、彼女のしっぽはここに来た時から振られっぱなしだ。アリスちゃんが不思議そうに目で追っているかわいい好き。
獣人族はこうして感情が分かりやすいのがいいよね。
「よしよし」
「んっ……。な、撫でるなばか」
いつもそうしていたように頭を撫でてあげると、より一層わたわたする尻尾。
ぼくの魔力を回復させてくれるだけでなく、こうして癒し効果も提供してくれるのだ。友達っていいね!
「……ふーん」
そんな中、どこか不満そうにこちらを見つめるお姫様。
そういえば武器を選びに来たんだっけ。本来の目的を忘れるところだった。
「紹介するね、もんもん。この子はメイドのアリスちゃん」
「ん。わたしはもんも――シモン。よろしく」
「……」
ところがアリスちゃん、もじもじとするだけでぼくの背中に隠れてしまう。
最近は一緒に外へ出るようになったけど、アリスちゃんは根本的に人付き合いが苦手な子だ。メイドギルドで色々あったことがまだ抜けていない。
黒の髪は魔族の血が混じっている――
なんて、ただの言い伝えだ。それに……。
「ちびっこ。このへんたいに何かされたらここに来るといい。衛兵はいつでもわたしたちの味方だ」
「……あ。ありがとう、ございます」
おずおずといった様子で前に出て、軽く会釈する二人。
まだ警戒は解けていないけど、とりあえずこの場は大丈夫なようだ。
さて、それなら本題に入らないと。
本当なら腕利き目利きと評判のこの店主が、その人に合った武器を即座に引き当ててくれるんだけど仕方ない。
とりあえず、ざっと壁に掛かっている武具を見渡す。
「……」
剣・槍・弓・斧・杖・短剣……。
種類が豊富で、初心者向けにと軽いものが置かれているのはこのくらいだろうか。
「アリスちゃんはどれがいい?」
「うえっ、え、えーと……」
隣で一生懸命武器を眺めるアリスちゃん。
ほとんど高い所に飾ってあるうえに、アリスちゃんはただでさえ背が低い。
……そして、これはチャンスじゃないか?
「アリスちゃんアリスちゃん、肩車してあげようか」
「あ、わたし、これがいいです」
「……」
簡単にスルーされた上、普通に決められてしまった……。
逃した獲物は大きく、僕は得られたはずのアリスちゃんの太ももの感触に思いを馳せる。
ぷに、ぷに。
嗚呼、ぷにぷによ……。
「あのないふです、あのきれいな……って、なんでないてるんですか」
「ぼくだって、まだ見ぬ太ももの感触を思い出して泣きたくなる時があるんだよ……」
「そうですか。きもちわるいですね」
「ありがとう……」
ちょっとだけ癒された。
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