Dungeon Master 2023
Green Power
2023年8月15日
電気のついていない薄暗い部屋に男はいた。部屋の西にかけられたカーテンはびっしりと閉められ、外の日差しが差し込む一寸の隙間も存在しない。
そんな男の顔はパソコンの画面から生まれる青白い光によって顔を照らされていた。チリチリになった無精ひげを生やし、あごや頬にはニキビやデキモノが散見していた。髪の毛は無造作に伸び切り、目元の半分以上は左右に垂れ座がった髪の毛により隠されていた。
彼の名前は
「せっかく土日に配信するって言ったから、仕事早く終わらせてチキン買って来たのに…ドタキャンとか視聴者を馬鹿にするのもいい加減しろよっ」
パソコンの画面を食い入るように睨みつける長谷川は、キーボードを素早く叩く音ともに、小さく口を動かしながらなにか独り言を喋っていた。
「――土日になにしてたの?………ごめん…言いたくないや…」
ダルダルに使うふるしたイヤホンから聞こえた彼女の声に、男はテーブルを叩きつけた。薄暗く静かな子供部屋に男の拳の音が静かに鳴り響く。
これで七人目の”推し”になる彼女の男を匂わすような発言に長谷川は怒りが湧いた。自分はずっと彼女を信じて応援してきたと言うのに。スパチャだって親の財布から何度も盗んで彼女に送ってきたのだ…自分にとって彼女は世界で唯一無二のアイドル。そして最後のエデンなのだ。なのに…それなのに――。
「くそが…けっきょく男かよっ」
苦虫を噛み潰したように数字の”4”を連打する男の顏は、見苦しいという言葉以外の表現を見つけることは不可能であった。パソコンの画面に反射した己の顔を見た瞬間、男は一度深く深呼吸をしていく。
「っ」
舌打ちをしながらパソコンの電源ボタンを強く押した男は、9000円のゲーミングチェアから立ち上がると、勢いよく扉を叩きつけて部屋を後にした。
男の住んでいる家は一階建ての一軒家である。自身の部屋を出て廊下を渡ればすぐにリビングが広がっていた。男はリビングにある黄ばんだ冷蔵庫を開けると、中から麦茶の入った半透明のポットを取り出した。
部屋から一歩も出ない生活をしていた長谷川にとって、いっぱいに注がれた麦茶のポットですらかなり重く感じられる。脇を閉め、体制を崩しながらポットを取り出した長谷川は、眉間にしわを寄せながら、テーブルに置いたコップにお茶を注いだ。
長谷川はお茶を注いだコップをすぐに手に取ると口に運んでいく。
「っはぁ」
息を吐いてコップの中を覗くと、並々に注いでいたお茶はもうコップの半分あたりまで減ってしまっていた。男は小さな喪失感に駆られたのか、また同じ量までお茶を注いでいった。
男はコップを一度テーブルに置くと、冷蔵庫の横にある棚を開けていく。そして男は中からスナック菓子を手に取っていた。まだ母親が買い物から帰ってきてないため期待はしていなかったが、自分の好物が置かれていた事に長谷川は小さく笑みを浮かべた。
この140円のコンビニのスナックが男の唯一の慰めなのだ。
男はスナック菓子の袋を右手に、左手でコップを握ると、表面張力で浮き出たお茶ががこぼれない様にネズミのようにお茶をすすりながら、すり足で廊下を渡っていく。
そして肘でドアノブを捻りながら肩で押してドアを開けた男は、目の前に現れたその光景にコップとスナック菓子の袋を床に落とした。
「え⁉………ぇ……なに?……え…」
自室のちょうど真ん中、漫画や衣服が乱雑に置かれたベットの手前に”なにか”があった。宇宙の深淵を覗いたような禍々しい色の玉が宙を浮いていた。長谷川は直観的に以前にインターネットの掲示板で見たデーモンコアの話しを思い出した。
絶対に近づいてはいけない。
そう自身の脳から警告が発せられる。緊張と恐怖で呼吸は浅く、鼓動が速くなっていく。酸素が足りないせいか酷く視界が歪む。立っているのか座っているのか、歩いているのか今自分がどこにいるのかも分からなかった。そして――。
――気が付けば長谷川の右手はその球体に触れていた。
「うわ⁉えぁああああ⁉⁉」
いつのまにこの球体に近づいていたのだろうか。男はそんなことを思う暇もなく、その球体に触れた右手が、体が、視界が、意識がまるで渦のように球体に飲み込まれて行った。
『――迷宮との融合を確認。適合者№0001。条件を解放したためボーナスを獲得しました。』
意識を手放す最後、長谷川の耳になぞの声が聞こえた。
そんな気がした。
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