第17話 誰がために鐘は鳴る


 夜が来て、闇に紛れ黒猫は城の中を徘徊する。

 牢屋の前にいた兵士たちの情報通り、ウザイーナの寝室はこの城で一番陽当たりの良い南側の三階の角部屋にあった。

 キングサイズの大きなベッドの上で、気持ち良さそうにいびきをかいて眠っているウザイーナ。

 黒猫から人間の姿に戻ったミラーは、ウザイーナの体をコピーした後、シーツごとぐるぐる巻きにしてロープで縛り、窓から一回に蹴りおろす。


「んんん!?」


 ウザイーナの体は下で待っていた干し草の乗った荷車の上にバフっと落ちる。

 衝撃で目を覚ましたウザイーナは、シーツで包まれているせいで何も見えず、まったく状況がわからない。


「ビリビリリ!」


 とにかく叫ぼうとしたのだが、その前に雷雲がウザイーナの上に。

 大きな雷が直撃し、ウザイーナは意識を失った。


「あ……ちょっとやりすぎたかもしれません。ドラムくんから魔力増幅アイテムをもらっていたのを忘れていました。どうしましょう? 死んでいたら……」

「大丈夫よ。あれを見てマジカ」


 アンが指差したウザイーナの寝室の窓から、ウザイーナの姿に変身したミラーが手を振っている。


「土の魔力で変身できるのは、本物が生きている場合だけよ」

「そ、そう、なんですか……?」

「昔読んだ本に書いてあったわ。それより、早く運びましょう!」


 アンとマジカは、牢屋の前にいたあの兵士二人と協力して本物のウザイーナが乗った荷車を運んだ。

 本物のウザイーナは身ぐるみを全て剥がされ、空になっていた実験室の牢屋に幽閉される。


 アンはしっかりと牢屋に鍵をかけ、パンパンと手についた汚れを払うと、戻って来たミラーが盗んできた資料を手にとった。


「この街の財務状況なんて見て、一体どうするつもり?」

「……贅沢は全部排除して、まっとうな街に戻す————その計画を立てるわ」

「え? 何よそれ。そんなこと、あんたにできるの?」

「ミラーさん、あなた私をただの能天気な王女様だと思っているでしょう? それも、ヴィライト様を誘惑した」

「……違うの?」

「あまり王族を舐めないでくださる? 私、これでも一応、ちゃんとした教育を受けているのよ? フローリア王家の名に恥じないようにね」


 それからのアンは凄まじかった。

 ミラーとマジカには、アンがやっていることがなんなのかさっぱりわからなかったが、翌日の朝には、ロートカミラ改造計画書が出来上がる。


「よーし、できた。じゃぁ、あとはよろしくね、ミラーさん」

「……え? なに、どういうこと?」

「これをあなたがウザイーナ公爵としてみんなの前で発表してください。成功すれば、この街は元の姿を取り戻せるから————」



 * * *



 西の教会の鐘が鳴った7回鳴ったその日の朝、ロートカミラの領主ウザイーナ・カミラ公爵から信じられない発表があった。

 今まで贅沢三昧で、この街を支配していたあのカミラ公爵が、貯め込んだ私財を全て投入して、ロートカミラの街を整備すると宣言したのだ。

 自分の利益のことしか考えていなかったカミラ公爵が、まるで人が変わったように、この街に住む民全員のために仕事を始めた。

 長年使えていた使用人たちはとても驚いたが昨夜落ちた雷の音を聞いていたため、きっと暴君ウザイーナ・カミラは雷に打たれたのだと思うことにする。


 同時にそれまでウザイーナと一緒になって甘い蜜を吸っていた一部の役人たちも全てまるっと一掃され、ロートカミラの街から貧民はいなくなる。

 皆が自由に仕事をし、住む家を持ち、豊かかな国づくりを目さすように方針転換。

 誰もウザイーナが偽物だとは疑いもしなかった。


 この計画を知っているのは、ほんの一部の住人たちだけ。

 本物は生きたまま、死ぬまで一生、あの牢屋の中だ。


「————いやいや、ちょっと待ちなさいよアン王女!」


 城の大浴場で、袖をまくって孤児達の体を洗うのを手伝っていたアンに、ウザイーナから元の姿に戻ったミラーは声をかける。

 綺麗になっていく孤児達は、嬉しそうにきゃっきゃと裸で走り回っていた中、ミラーの声が響き渡った。


「え……なんですか?」

「なんですか?じゃないわよ!! 確かに、街の人たちを助けるために協力するとは言ったけど、おかしくない!? これじゃぁ、私いつまでもウザイーナとしてここに残らなきゃいけないでしょう!? 私、あんたを捕まえに来たのよ!?」


 ウザイーナが許せないと、確かに作戦に協力したが、これではミラーは身動きが取れない。

 ヴィライトの事だって、まだどうなっているのか理由を聞けていない。

 それに、このままずっとウザイーナとして生きていくなんてごめんだ。


「ああ、大丈夫です。程よいところで引退してくれれば」

「え……?」

「ウザイーナ・カミラ公爵には、後継者がいないんです。調べたら長男と長女は小さい頃から贅沢しすぎたせいで太りすぎて亡くなっていて……次男の方は、子供のくせに飲酒をしたとか、毒キノコを食べたとかで……」

「……最低な一族ね」

「それに、財産を取られるのを恐れて、奥さんとも離婚してるし……そこで考えたんだけど……マーガレットさんと結婚して、リコリスを後継者にするのはどうかしら?」

「……え? あんた、そんなところまで考えていたの!?」

「あの子は、自分以外の誰かのために毎日あの鐘を鳴らして祈っていた優しい子よ。きっと、将来はいい領主になるわ」


 アンの表情は、自信に満ちていた。

 計画書には、事細かにどうすれば良いか十年先まで全て記されていたし、確かにこれさえあればこの街は生まれ変わることができる。

 アンの隣で孤児達の頭を洗ってあげているマジカも、言葉には出さないが、「うちのお姉様すごいでしょう?」と言わんばかりの自慢げな表情をしていた。


(なによ……これ……————こんなやつ、すぐに捕まえて、ブレイブの前にに引きずり出してやろうと思ってた……団長を誘惑して唆したバカ女を捕まえにここまで来たのに————)


「あんた、王女のくせに変な女ね……でも、団長が惹かれたのも分かる気がするわ」


 体が綺麗になって、嬉しそうにしている子供達の表情を見たら、その提案を断ることなんてミラーには出来なかった。


(この私が、まさかこんな小娘に心を盗まれるなんて……)


 そんな風に考えてしまった自分がなんだかとても気恥ずかしくて、ミラーは顔を赤くしながらアンから目を反らす。


「————……ぶ、ブレイブには、適当に言って、ごまかしておいてあげる。あいつだって、こんな状態の街を放っておけないだろうしね! 魔王は倒したとはいえ、世界のために戦うのが勇者だしっ! 私、一応、勇者一行だし!」

「ふふ……ありがとう、ミラーさん」

「あれ? ミラーさんって、もしかしてツンデレさんですか?」

「なに言ってるの!? そんなわけないでしょ!? 失礼なメイドね」

「でも、顔真っ赤ですよー?」


 マジカにからかわれ、ミラーはシャワーをマジカに向かってかける。


「ぎゃっ! なにするんですかミラーさん!!」

「大人をからかうあんたか悪いのよ!」

「だって、ミラーさんが照れてるからぁ」

「うるさい!」


 いつの間にかお湯かけ合戦が始まって、結局みんな濡れてしまった。

 この街に今度こそ平和が訪れるのは、そう遠くない————


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