第2幕・Respect(リスペクト)の章〜⑥〜
小雨が降りしきる中、打球は右中間スタンドに向かって、美しい放物線を描いて飛んでいく。
そして、ボールが客席に着弾した瞬間、総立ちになったスタンドからのさらに大きな「ワ〜!」という歓声がスタジアムを包んだ!
僕たちのいるアイビーシートの周りでも、∨メガバットやメガホン、パチパチハンドや拍手の音が鳴り止まない。
「中野くん! 満塁ホームランですね! スゴい、スゴい!」
周りの観客と同様、はしゃぐように語る奈緒美さんに対して、僕は、信じられないものを見た、といった感じでしばらく放心状態だった。
もちろん、サトテルのホームランが珍しいわけでは無い。
ただ、奈緒美さんの「佐藤選手が満塁ホームランを打ったら、私もう一度、球場に来ようと思います!」という宣言のあと、まさか、その次の打席で、
悠々とした足取りでダイヤモンドを駆け、三塁コーチャーの藤本コーチとアンダーハンドでタッチを交わした
打球速度:171km/h
推定飛距離:131m
スコアボードに大きく表示されたその数字を誇るように、監督とハイタッチを交わしたあと、ベンチのメンバーとともに両手を下からすくい上げるようなポーズで盛り上がったスラッガーは、最後に先発投手の西純矢に対して、気合いを入れるように頭をポンッと軽くたたくと、一塁側ダッグアウトに消えていった。
「これが、満塁ホームランの
感嘆の声をあげる奈緒美さんに対して、心の底から同意する。
「僕も、まだ信じられない気持ちです。ホンマにスゴすぎです」
球場での観戦で、タイガースの選手が満塁ホームランを打つのを初めて目撃したのは、京セラドームのカープ戦で金本が逆転打を放ったときで、それ以来、何度か経験したことはあるけれど……。
印象度と衝撃度は、今回の体験が一番ではないかと思う。
正直なところ、いくら長距離ヒッターとは言え、特定選手の
だから、頭のなかでは、
(サトテルの
と、考えていたのだが……。
どうやら、それは、奈緒美さんにも、サトテルにも失礼な話しだったようだ――――――。
「さっき、言ったとおり、またココに来なきゃですね!」
弾んだ声で語る彼女に、予想もしない幸運で混乱中の僕は、嬉しさと戸惑いが混じった表情で
「また、チケットを手配しておきます」
と、答えるのが精一杯だった。
※
4回の攻防が終わって、9対4となった試合は、その後、何度か失点の危機を迎えたものの、終わってみれば、15対7という大勝に終わった。
試合終了時には、すっかり雨は上がっていたが、午後6時まで10分あまりになっていたので、奈緒美さんに、この後の予定をたずねたところ、
「あとは、夕飯を買って帰るだけです」
ということだったので、試合終了後の
その選択は間違っていなかったらしく、現在は、イベント・プロデュースの仕事をしているという彼女らしく、野球の試合内容よりも、試合後のインタビューや『六甲おろし』の合唱のもとで行われる選手の場内一周の催しなどの方が、より興味を引いたようで、スマホで盛んに写真撮影をしながら、メモ帳アプリ(と思われる)に感想などを熱心に記録しているようだった。
かくいう自分も、ヒーローインタビューのときには、勝利の立役者になってくれたことと、隣に座る女性と再度の観戦の機会をもたらしてくれたチームの主砲に、
「テル〜! ありがとう〜!!」
と、叫んでいた。
ロックバンドとアイドルグループが担当する『六甲おろし』の合唱を終えて球場の外に出ると、首位攻防戦を快勝し、単独首位に立ったことを喜ぶファンの笑顔があふれていた。
「みんな嬉しそうですね! 盛り上がったライブが終わったあとみたい」
奈緒美さんが、周りのファンを見渡しながら感想を口にする。
「勝った試合は、たしかにそうかも知れませんね……チームが好調なときでも勝率は6割くらいなので、
僕は苦笑しながら、あえて、現実的な側面を口にした。
すると、彼女も苦笑いを浮かべて、
「あ〜、そうなんですね……」
と返答したあと、 「ところで、気になることがあるんですけど……」と、質問を重ねる。
「外野席には、まだまだ大勢のファンの人たちが残っていたと思うんですけど、あの人たちは、いつ帰るんですか?」
奈緒美さんは、勝利のあとになると、なかなか帰宅が進まない球場のようすが気になるようだった。
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