6-4 張り合いのないヤツめ
部活を終えて帰る最中に、君子は一人とぼとぼと歩いている兄を見かけた。
珍しい、今日は何処にも寄らず真っ直ぐ帰るつもりらしい。
「兄ちゃんどうしたの。ションボリしちゃって」
振り返った兄が少し寂しげに笑んだ。
「別にションボリはしてないよ」
そう言って軽く肩を竦めた。
君子は兄よりも頭一つ高い。
彼女が女子としては大柄で、彼の身長が平均よりも低いこともあって、並んで歩くとその差は明らかだ。
知らぬ者が兄を弟だと思うこともしばしばだが、その事を特に気にしているようには見えなかった。
しかし全く頓着していない筈は無かろうと思って、並ぶときには必ず半歩退いて歩くことにしていた。
頭が良くて物わかりが良くて自分以外の者すべてに優しい。
なのに自分のこととなると万事控えめでもっと欲張ればいいのにとも思うのだが、自慢の兄でもあるのだ。
はて。部活が始める前に半ば強引に呼び出して邑﨑さんを紹介したけれど、ひょっとしてアレはまずかったのかな。
兄のションボリ具合は色々なバージョンがあるが、今はどのケースに当てはまるのだろう。
フラれたとかいうのとはチト違うような気がする。
そもそも軽い挨拶と二、三会話を交わした程度なので親密になる以前の話なのだ。
邑﨑さんの反応から一度面識はあるようだったが、特に悪印象を持っているようにも見えなかった。
「叔父さん、この頃何かあったのかな」
「へ、叔父さん?」
あたしら兄妹の間で叔父さんと言えば、この学校で美術教師をやっているあの叔父さんしか居ない。
思わぬ話題で狐に鼻つままれた気分だ。
「最近妙にぴりぴりしててさ。世間話にかこつけて、しきりに『何か身の回りで変わったことは無かったか』って聞いてくるし」
「あ、あー。確かにそうかも」
「やっぱり叔母さんが亡くなったのを、まだ引きずっているのかな。非道い事件だったらしいから」
「それは関係無いんじゃない?いま学校で何かが問題になっている訳じゃないもの」
事件は一四年前。
当時高校生だった叔母は、下校中通り魔殺人の被害者となって亡くなったと聞いている。犯人はすぐ捕まったそうだが、どうやら学校に出入りする業者か何かだったらしい。
以後、学校側は出入りする者に対してかなり神経質になったのだそうだ。
でもそれとコレとでどういう関係が?
「邑﨑さんには近付かない方がいいって言われてさ」
あー成る程、そうつながる訳ですね。
それでこのションボリ具合と言う訳ですね我が兄よ。
本日放課後の一件を見られていたという訳ですね。
叔父様、今日の今日とはなんて軽いフットワーク。
まぁ確かに転校生も外からやって来た人ではあるけどさぁ。
「叔父さんの言うことなんか気にする必要ないよ、仕事柄神経質なだけなんだって。
いちいちバカ正直に従ってたら、やりたい事も出来なくなっちゃうよ。
せーしゅんは短いんだ。
完全燃焼してナンボだよ。
構わず声掛けでもデートへのお誘いでもすりゃ良いんだって」
「そうか、な・・・・あ、いやいや、そんなつもりは毛頭ないんだからね。君子は勘違いをしてる。余計な気の回しすぎだ」
「そうなの?」
「そうだよ!」
耳たぶが少し赤くなっているのは気が付かないふりをした。
このリアクションでバレていないつもりなのだからホント、賢いんだか賢くないんだか。時々声を押し殺して苦笑する羽目に為る。
しかしそれはさておき、まったくもうあの叔父は。
甥や姪が心配なのは分かるけれど、些か過保護じゃありませんかね。
コレはもう馬に蹴られて即時昇天案件ですぞ。
明日キツ~く申し添えてやろうと君子は固く天に誓った。
邑﨑キコカは暗い校舎の中で廊下の床にしゃがみ込み、片膝を着いていた。
まだ新しい狩りには及んでいないから以前の痕跡を追っている訳だが、必ずしも同じ場所、同じシチュエーションとは限るまい。
夜間、生徒の誰かを誘い出し、食堂に呼び込むというのが連中の常套手段だった。
自分の結界を張り易く邪魔もされにくい。
学校内に餌場を設ける連中は大概そうだ。
ごく稀に昼間やらかすモノも居るが、それはあくまで少数派。
餌の確保はやり易いが外敵にも見つかり易いし、本来の活動時間では無いから色々と鈍くなる。
それに何と言っても、人目に付き易いのは小さくないデメリットだ。
ヤツらとて大きな騒ぎは好まない。
ゆっくりと次の餌を物色することが出来なくなるうえ、色々と面倒くさいモノを呼ぶことになるからだ。
多少手間はかかろうとも餌の群れは静かな方がイイ。
ヤるならばベストなコンディションで、というのは人間に限ったコトでは無かった。
では校外はどうなのか。
登下校中を襲わない訳ではないけれど、ソコはあたしの守備範囲外である。
そちら側はソッチ方面の「専門家」にお任せ、あたしの身体は二つある訳じゃない。
無責任?いやいやコレは担当部所の遵守というヤツで責任区分の明確化だ。
他所の現場荒らしをする訳にはいかない。
仕事をする大人の配慮、無言の分別。
決して上司のやり方に迎合する、縦割り行政の追随ではないのである。
「一件非合理にも見えるがこれもまた世界の縮図、社会の有り様というモノなのだよ。
専門専業の推進は効率的な業務遂行には必須事項。
無秩序に作業内容を肥大化させるのは得策じゃない。
判るかねデコピンくん」
あたしの崇高な論説を傍らの毛むくじゃらな相棒に語って訊かせるのだが、まるで知らぬ顔で行く先を歩き続けていた。
張り合いのないヤツめ。
お愛想でも、にゃあとか、みいとか返事をすれば可愛げもあろうに。
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