竜狩り奇譚:【第二話】部屋と旅の道連れとたわし

「まずは皆さま、よろしくお願いいたします。このパーティのリーダーを務めるコラリー・マッソンです」

 今は懇親会とでもいうのか、気が遠くなるほど長い王様の話を聞いた後、王城をでて町の酒場に来ている。

 一つのテーブルを五人で囲み、それぞれに酒の入った盃を持ち、一人だけ立っているコラリーが自らをリーダーを名乗った。

「おおー!」

 とギョームを除く三人から歓声が上がる。

 そして、やはりギョーム除く全員が酒を煽る。

 ギョームだけが、不貞腐れた顔でそれを冷ややかな目で見ている。

「で、貴族のお嬢さんよ、あんた何ができるんだ? もしかして戦闘は他人任せか?」

 ギョームがコラリーに突っ込むと、コラリーは胸を張り宣言した。

「剣術、槍術、弓術、言語魔術、神域魔術、馬術などは一通りの訓練はしてきています。これでも武術で名を売ってきたマッソン家の娘です」

 ギョームの目からは魔術はともかく、武術の心得はないように思えるのだが、武勲で成り上がったマッソン家の令嬢ということを考えると、武術を学んでいないわけがない。

 と、いう考えにたどり着く。

「おおー、それはすごいですね、なんでもできるオールラウンダーですね、さすがボクらのリーダーですね」

 カディジャがコラリーの話を素直に信じ羨望の眼差しをコラリーへと向ける。

「コラリー殿も、フィラルド教に入信しませんか?」

「良かった、呪術は私だけのようですね」

 と、やはりギョーム以外の者達は、コラリーの発言を既に信じている。

 ギョームの目から見たら、コラリーが何らかの武術を学んでいるようには見えない。

 ただコラリーの言っている通り、マッソン家は武勲で成り上がった武闘派の貴族だ。

 コラリーが言っていることも一概には嘘とも言い切れない。

 考えられるのは、武術を学んでいることを隠す訓練もしているか、やっぱり武術など学んでいないかのどっちかだとギョームは思うのだが、すでにギョームには選択肢はない。

 このパーティで決まってしまったことだけは、ギョームにとって認めなくない事実のようだ。

 今更、他のパーティに入り込むことは難しい。

 それに、ギョームにはアーメッドという呪われた名がある。

 その名が知れ渡ってしまった以上、ギョームをパーティに入れたがる者はここにいる変人達くらいのものだ。

 ギョームも不本意ではあるが、このパーティでやっていくことに覚悟を決めなくてはならない。

 ただ現状ではとてもじゃないが竜を倒せるパーティとはギョームには思えない。

「まあいい。ワシは斧槍が扱いが得意な戦士じゃ。他の者たちは何ができる?」

 ギョームがそう聞くと、カディジャが元気に手を挙げた。

「ボクは弓の扱いが得意です! 後はナイフでの暗殺…… いえ、近接戦闘も得意と言えば得意ですよ! あ! あとラトリエル辺境伯の顔見知りです!」

 その言葉にコラリーが納得したように頷いた。

 ラトリエル辺境伯のことでコラリーは何か知っているのかもしれない。

 そして、カディジャがラトリエル辺境伯の手の者だと、この場にいる本人以外が認識する。

 続いて、サービが手を挙げる。

「拙僧はフィラルド教に準じた神域魔術が扱えますぞ。フィラルド教に準じた、と言いましたが、一般的な神域魔術は扱えると思ってくださって結構ですぞ」

 その言葉に、とりあえずギョームは安心する。

 竜との戦いのことは置いておいて、傷を癒せる神域魔術の使い手がいるかどうかはパーティにとって重要なことだ。

「多少の怪我なら治せると思って良いのだな?」

「はい、もちろんですぞ」

 ギョームもその力強い言葉に頷く。

 これで竜はともかく道中はどうにかする自信もギョームにはある。

 その後で、残りの一人、奇妙な恰好の日焼けした大男に視線を送る。

 どう話しかけていいものか、迷った末、酒を一口飲んでからギョームは話しかけた。

「で、ええっと、サイモンか、おまえは何ができるんじゃ?」

 サイモンは待ってましたとばかりに、顔を明るくさせて答える。

「呪術全般です。呪殺したい相手がいたら仰ってください。格安でお受けしますよ」

 まるで、雑用を手伝いますよ、とばかりの気軽さで呪殺を進めて来た。

 想像以上にヤバイ相手なのかもしれない、と、サイモン以外の全員が一斉に思う。

「で、その呪術で何ができるんじゃ? 呪殺だけか? 竜相手におまえの呪術がどうやくに立つのか聞きたいのじゃがな」

 道中でなら、呪術も役に立つだろうが、竜相手に呪殺できるわけもなく戦力外もいいところだ。

「竜相手にですか。恐らく竜には私の呪術は通じないですね。ただ炎の呪術も扱えるのでそちらでお役に立てるかと……」

 サイモンは申し訳なさそうにそう告げて来た。

 だが、ギョームは呆れた表情を見せただけだった。

「本来は火山に住み、火を吐く生き物じゃぞ? その竜に火の呪術が通じると?」

「それは……」

 そう言われたサイモンは言葉をなくし、俯いてしまう。

 見るからに落ち込んでいる。

 そこで、ギョームは疑問に思っていたことを口にする。

「近接戦闘はできんのか?」

 サイモンは筋肉で覆われた大男だ。これで近接戦闘ができない、と言うこともないはずだ。

 なんなら、そこらの戦士よりは見た目だけなら強そうだし、ガタイの大きなギョームですら体格ではサイモンには遠く及ばない。

「私は呪術師ですよ、できるわけないじゃないですか」

 そう言って、サイモンは冗談とばかりに笑って見せた。

「そ、そうか…… では、コラリー…… どうした、拗ねた顔をして」

「拗ねているのです! 私がリーダーですよ! 何でギョーム様が仕切っているんですか!! ギョーム様は寡黙でアーメッドですが何か? って、顔をしてればいいんですよ」

 コラリーはそう言ってわかりやすく拗ねていた。

「なんじゃ、喧嘩を売ってるのか? まあいい、おまえの言語魔術はどれくらいまで使えるんじゃ?」

「第三位までならそのすべてを」

 コラリーはニヤリと笑い自慢げにそう言った。

 第三位までの魔術をすべて扱えるとなると一流の魔術を名乗れるほどの腕前だ。

「本当か? 上位魔術は使えないとしてもそれはすごい。神域魔術もか?」

「そちらは少々劣って第五位までのすべてと、あと少しだけ第四位の魔術を扱えます」

 ここでコラリーが「すべて」と言っているのは恐らく教本に乗っている魔術のことだろう。

 言語魔術も神域魔術もその数は無数にあり、そのすべてを扱える人間など存在しない。

 ただ教本に乗っている物で、第五位までの全て扱えるだけでも下手な僧侶より、よほどの腕前だ。

 竜狩りに参加する資格は十分にあるようにギョームには思える。

 もちろん、コラリーの言っている言葉が本当なら、だが。

「それが本当なら、少々見くびってたわい。本当ならな。まあ、どちらにしろ、竜には魔術も呪術も最上位のものしかまず効かぬがな」

 竜には人が扱えるような魔術ではほとんど傷を負わすことはできない。

 例外ともいえるのが最上位、第一位の位の魔術だが、それを扱える者は本当に一握りの人間だけだ。

 コラリーの扱える魔術は竜のまでは無力と言うことでしかない。

「そうですか。私も竜相手ではサイモン様と一緒で役立たずですか」

 そう言ってコラリーは視線を落とす。

「や、役立たず……」

 サイモンがギョッとした表情をしてコラリーを見たが、コラリーがそんなことを気にするわけもない。

「まあ、それはワシも一緒じゃ、なにせ竜の鱗相手では普通の武器では刃が通らん」

 竜の鱗は鉄のように固いと言われているが、それは嘘だ。

 実際には鉄どころではなく、それ以上に比べるほどができないほどに固く、その上でとても鋭い。

 通常の鋼鉄製の武器ではその鱗に阻まれ、傷一つ付けられないのが実情だ。

「では、サービ様の神域魔術で上位のものは?」

 そこでコラリーがサービに質問する。

「一応、神の一撃である第一位の神撃の奇跡は行えますぞ」

 と、サービはそう言うがどうも自信がなさそうにしている。

 第一位の魔術、祈祷を扱える者となるとその道の超一流の者達だけだ。

 それだけでサービもまた竜狩りの英雄となる資質を持っているということだ。

 誇れることのはずだが、サービはどうも自信なさげだ。

「おお、第一位の魔術ではないか、思ったより高位の僧侶なのか?」

 ギョームはサービのその言葉に驚いて声をかけるのだが、

「ただ拙僧の腕前では一度使うと、それだけで拙僧は気絶してしまいますぞ」

 と、サービは少し困り顔でそう言った。

「パーティの要の回復役がそれでは困りますね」

 コラリーも困り顔でそう言った。

 だが、第一位の祈祷を使えるというだけで、かなりの腕の僧侶であることだけは確かだ。

 傷つく事の多い前衛を担当するギョームからすると、高位の僧侶がいるというだけでも心強い。

 だが、それらは竜以外を相手にする場合だ。

 竜と対峙するにはまず竜を傷つけられる手段が必要となるし、竜の攻撃をまともにくらえば常人なら即死だ。傷を癒す暇もない。

「まずは竜を倒せる手段を用意しないとダメなようじゃな」

 ギョームがため息交じりにそう言うと、コラリーが何か思いだしたかのように語りだした。

「竜殺しの方法ですか。ルフェーブル王国に伝わる宝剣で竜殺しの宝剣があると聞いたことがあります。それをお借りしましょう」

「借りれるのか? まあ、たしかにマッソン家の令嬢とあらば……」

 と、ギョームもそれに乗り気だ。

 武勲で有名なコラリー家の者が竜退治に使わせてほしいと懇願すれば、国王とてそう無下にできるものでもない。

「私では無理ですね。父上でもおそらく無理でしょう。なぜなら、王位を継ぐ者が得る国宝中の国宝という宝剣と聞いていますし、私も実物を見たことありません」

 コラリーのその言葉に、期待した自分が馬鹿だったとばかりの表情をギョームは見せる。

「ハハハッ、そんなもん借してくれるわけなじゃろ?」

 そして、コラリーを笑い飛ばしてやる。

「じゃあ、盗みますか? ボク、頑張れますよ?」

 やる気だけはあるのか、力こぶを作りカディジャは笑顔を見せた。

 それにコラリー自身が、最初にこの話を出したコラリー自身が、だ、やれやれとばかりにため息をついて見せた。

「ばれたら打ち首だけではすみませんよ、あなたの主のラトリエル辺境伯にまで迷惑が掛かりますよ」

「なななな、なに言ってるんですか、ボ、ボクはラトリエル辺境伯様の顔見知りなだけで、配下の者というわけではないですよ!」

 カディジャが慌てて否定するが、それに突っ込む者は誰もいない。

「で、この中で竜に対抗できる武器、方法などを知っているヤツはおるのか?」

 話がずれたのでギョームが軌道修正する。

「ハイハイハイ!!」

 カディジャが再び元気いっぱいに挙手する。

「はい、では、カディジャ様、述べてください」

 コラリーが仕切り、カディジャを指名する。

「この王都から少し北に行った村に、魔獣退治で使われた強力な弓があると聴いたことがあります! それなら竜にも通じるのではないでしょうか!」

「ああ、それならワシも聞いたことがある。確か……」

 ギョームが思い出したようにそう言いかけると、

「グレハバルの大弓ですね。かなりの大弓と聞いています。この中で扱えそうなのは、ギョーム様かサイモン様くらいのものでしょうか」

 コラリーがリーダーは私だ、と言うように割って入りその説明を口にする。

 ただギョームが知っていた内容よりもコラリーの知っていることのほうが多かったため、結果的には良かったかもしれない。

 ギョームが知っていたのは北の村に大弓がある、ということくらいでさほど差があるわけではないが。

「ワシは弓の扱いは下手じゃぞ」

 どうも遠距離武器は苦手だ、とギョームは渋い表情を見せる。

「私にも弓なんか到底引けませんよ。ましてや大弓だなんて」

 サイモンは遠慮しがちにそう言うが、体格的にサイモンが扱えないのであればこのパーティでは誰も扱えはしないだろう。

 それでも押さえておいて損はない。

 他の竜狩りを目指すパーティに渡す必要もないのだから。

「あと、フィラルド教に伝わる聖ヨルドの槍も竜の鱗を貫くとの伝承がありますぞ」

 サービが得意そうにそう言った。

 確かに神殿や教会、と言ったところには伝説の武器が多く集まりやすいのも事実だ。

「ほう、聴いたことのない槍じゃな。どれはどこに?」

「聖フィラルド大教会ですぞ」

 サービはやはり得意げに言うが、聖フィラルド大教会の場所を知っているコラリーは苦笑するしかない。

「サラシンス聖帝国、その首都ですね。要は世界の反対側ですね。取りに行ってる間に他の者たちが竜を倒してしまいますね」

 コラリーがそう説明してやると、それを聞いたサービ以外は顔をしかめる。

「却下だ。いくら何でも遠すぎる。サイモンはなにかないのか?」

 ギョームに話を振られたサイモンは少し考える。

 そして、手の指を何本か折ったり立てたりした後、顔を上げて口を開いた。

「竜と渡り合える呪術となると…… 千人は人の生贄がいるかと……」

 それを聞いたやはりサイモン以外の表情をやっぱりしかめる。

 しばらく間があった後、コラリーがその案を却下する。

「却下です。そういうギョーム様は?」

「ないこともない。この国のはずれ、クソ山という山に、竜狩りの槍がある」

 その話はコラリーも知らなかったのか話に割り込んでこない。

「クソ山ってなんですか?」

 カディジャがその山の名に何か思うところがあったのか、そう聞き返してくる。

 それにはコラリーも心当たりがあったのか、ギョームが口を開くよりも早く説明しだす。

「硫黄の臭いがきつくて、それが…… その、排泄物の臭いのようなので、そう言われている火山ですね。それに今回の竜が元々縄張にしていた場所です。あの場所は国のはずれなので竜がいても問題なかったのですが……」

「新しく竜が寝床にした塔は、この国の海の玄関口、サイアグラスの港町からそう遠くない位置あるらしいな」

 ギョームがそう付け加える。

 そのことにコラリーの鋭い視線がギョームに突き刺さる。

「ええ、古代の灯台だった、なんて話もある塔ですね」

 ただこれ以上話がこじれても仕方がないので、コラリーも話を続ける。

 その塔は港町からそれなりに離れた位置なのだが航路がその塔の付近なのだ。その航路を使う船がいつ襲われてもおかしくはない。

 竜を放置しておいていい場所でもない。

「だから、討伐に必死になっているんですね」

 その説明にカディジャも納得する。

「そう言う訳じゃ」

「では、まずは北の村グレハバルを目指し大弓を摂取、その後、クソ山のクソ槍を目指して西へ、と言うことでいいですか? 皆さん」

「クソ槍…… それでよかろう。道中新しい案があればそれも考慮すればいいじゃろ」

 ギョームも納得するしかない。

 それにクソ山の竜殺しの槍は本物だ。

 ギョームだけはそのことを知っている。

 クソ山の竜を倒すために作られたものだ。ただその討伐は失敗に終わっているが。

「では、そのように。今日はこの場所に宿を取っています。カディジャ様は私と同室で私の護衛をしてください」

「ええ!? なんでボクが?」

 カディジャが少し驚いたようにコラリーに聞き返すが、

「マッソン家はラトリエル家と好意にしたいと思っていますよ」

 コラリーのその言葉で、カディジャもすぐに納得してくれたようだ。

「わかりました! お守りします! コラリーさん!」

「後の三人も別室を一部屋取ってますので、そちらでお休みしてください」

 ニッコリと笑い、コラリーはそう申し出た。

「ホホ、わるいの、奢りか?」

 さすがにギョームも笑顔になる。

 王都の宿ともなるとそれなりに高い。それが奢りとなれば嬉しくないわけがない。

 そもそも金に余裕があれば、竜狩りなど申し出るわけがない。

「いえ、お代は各自でお願いします。なにせ家出中の身でして」

「あー、そうかい」

 真顔に戻ったギョームはそう言って酒を煽った。

 そして、ギョームは机の上の料理の皿に置かれている一つのたわしを不思議そうに見つめた。

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