第22話 二人のデート

 何日か経って、アルマの身体から傷の跡がほとんど消えてなくなった頃。

 アルマはケーキの鼻歌をうたいながら、レモナゼル城の回廊かいろうをのんびりと歩いていた。


「随分と機嫌きげんがよさそうじゃないか、アルマ」

「ひゃうっ!」


 背後からいきなり声を掛けられて、アルマは驚きの声を漏らす。

 振り向けば、そこにはティルゼレアの姿があった。


「い、いきなり背後を取らないでほしいですよー! びっくりしますから、わたし!」

「そうか……そうしたら、今度はいきなり前方に現れるようにするよ」

「その方が怖いですよー! というかどうやってやるんですか、それ!」

「え、魔法を使えば簡単だけれど」


 淡々と言ってのけるティルゼレアに、アルマは(こ、この人……最近気付きましたが、ジュネくんとは若干違うタイプの天然ですよー! 全く、天然は発言が読めませんよー!)と自分の天然を棚に上げつつ思った。


「……それはさておき。アルマ、今日は何か予定があったりするか?」

「今日ですか? 一日暇なので、『美味しいケーキの種類ランキング』でも考えようかと思っていたところです!」

「なるほど……まあその過ごし方もいいのかもしれないが、その……それよりもっと、楽しい過ごし方なんてどうだろうか」

「もっと楽しい……? いやはや、気になりますよー! その過ごし方を、ぜひぜひわたしにご享受ください!」


 目を輝かせるアルマに、ティルゼレアは耳の辺りを赤くしながら、ぼそぼそと言う。


「その…………よければ俺と、デっ…………デデデデ、デデ……」

「でで……?」


 どんどん耳の赤さが増していくティルゼレアを見ながら、アルマは首を傾げた。


「デデデデデ…………電光石火は動きが速いことの例えらしいが、どのくらい速いのか気にならないか?」

「にいさま何日和ひよってるんですのおおおおおおおおお!」


 二人の間に割って入るように、突如とつじょとしてフィティリナがなだれ込んでくる。


「きゅ、急に出てこないでくれフィティリナ! 驚くだろう!」

「驚くのはこっちの台詞ですわよ! 恋愛マスターフィティは、ちゃんとにいさまに言いましたよね!? 『ちょっと気になっている人をデートに誘うときは、直球が一番!』って! それがどうして電光石火になるんですの!?」

「しょ、しょうがないだろう! 俺そういう経験ないし! 緊張するだろう! 冷静に考えてみるんだ!」

「だとしても電光石火はおかしすぎますわよ! せめてデリシャスになさいまし!」

「あ、あのお…………」


 二人の会話を黙って聞いていたアルマが、顔をゆでだこのようにしながらおずおずと言う。


「つ、つまりティルゼレアさんは、わたしを、その…………デ、デートに、誘おうとしてくれていた、ということですか?」


 アルマの問い掛けに、ティルゼレアは三秒ほど固まってから、そっと頷いた。


「そっ、そういうことでしたら、わたし、喜んで……」


 その言葉を聞くや否や、フィティリナが「きゃあああああ! 待ってくださいまし、尊すぎますわああああああ!」と言いながらどこかへ駆けてゆく。

 残された新婚の二人は、暫くの間恥ずかしそうに俯いていた。


 ◇


 城の側に広がる町ティリシータには、ケーキが美味しいと評判のカフェがある。

 二人は、そんなカフェを訪れていた。テラス席にて、三種類のケーキをがつがつと食べるアルマを、ティルゼレアは淡く微笑みながら眺めている。彼の側には、モンブランとブラックコーヒーが置かれていた。

 アルマは一息ついて、ミルクティーを口にする。


「ううう……ショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキを一気に注文するなんて、素晴らしい贅沢ぜいたくすぎます! わたし、この世界に生まれてよかったです……」

「君は本当に甘いものが好きなんだな。よければ俺のモンブランも一口食べるか?」

「ええっ、いいんですか!? うわああ、ありがとうございますー!」


 幸せそうに顔を綻ばせるアルマに、ティルゼレアは自身のフォークでモンブランをひとかけ刺すと、アルマの口の近くへ持っていく。


「ふえ?」

「…………? どうした、食べないのか?」

「えっ…………えええ、だってこれ、そ、そそそそその……俗に言う『あーん』というやつでは、ないですか……?」


 しどろもどろになりながら尋ねるアルマに、ティルゼレアはぱちぱちと瞬きをしてから、耳を赤くしてゆく。


「い、言われてみればそうだな! フィティリナがよく俺のご飯をねだるものだから、ついいつもの流れでやってしまった! こ、これはやめておこ――」

「やっ、やめたらだめです!」


 アルマは、大きな声で言った。目を見張るティルゼレアを見ながら、彼女はぼそぼそと言う。


「その……わたし、ティルゼレアさんに、『あーん』されてみたいかも、しれません……」

「ほ、本当か? そうしたら、どうぞ、食べてくれ……」

「い、いただきます……」


 アルマは目を閉じながら、差し出されていたモンブランをぱくっと食べる。

 もぐもぐと咀嚼そしゃくして、とろけるような笑顔を浮かべた。


「すっごくおいしいです……! いやはや、濃厚なクリームとさくっとしたタルト生地の相性がたまりませんよー! 素晴らしいです!」

「本当か? まだ口を付けていなかったし、俺も食べてみるとするか」


 ティルゼレアはそう言って、持っていたフォークでモンブランを一口食べる。


「ああ、確かに美味いな。流石このカフェは、ケーキが美味しいと評判なだけあ……ん、どうしたアルマ? 顔が林檎りんごみたいな色をしているぞ」

「だ、だだだだって、ティルゼレアさん今ナチュラルに、かかか間接キスを……」


 もじもじしながら言うアルマに、ティルゼレアは視線を落としてフォークを見つめると、かっと目を見開いた。


「た、確かに! 確かにすぎるな!」

「ティルゼレアさん、さっきからナチュラルに恥ずかしいことばっかりしてませんか!? わたし、どきどきしっぱなしですよー!」

「というかアルマ、口元に生クリームが付いていないか? ちょうどここにナプキンがあるから、俺が拭お……」

「いやいやいや、それですよそれー! ティルゼレアさんはかっこいいんですから、もっと自覚を持ってくださいよー! 全くもう!」


 頬を膨らませたアルマは、すぐにこらえ切れなくなったかのように吹き出した。

 可笑おかしそうに笑うアルマに、ティルゼレアも笑い始める。


 穏やかな午後の日差しが、そんな二人の姿を優しく照らしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る