ネコ目のテイマー、世界を駆ける

7番目のイギー

001 - 運命の朝

20230905.2100

『北方にはゲンブ様を霊獣として信仰するマクロケリス亀霊国〜』の国名を『セロディナ亀霊国』に変更しました。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「おーいミア! はよう支度せんと間に合わんぞ!」


 ドアの向こう、じっちゃんのけたたましい声に身支度の速度を一段上げる。

 窓の向こうでは、私と同い年だろう子どもたちの喧騒が耳をつく。


「今日もよき日をありがとうございます、神獣様」


 カーテンの隙間から差し込む晴天の日差しは、今日の日を祝ってくれているかのようだ。いつものように日々の感謝を机上に祀った神獣様の像に向け、手を合わせお礼を述べる。


「お前ももう成人か……早いもんだ、孫の成長ってのは」

「そうかな? 実感ないけど」

「ミアの職号がなんであれ、儂の孫には変わらんからな。安心して行ってこい」

「うん、わかった。私、じっちゃんと同じ『過斬の鍛治士』がいいなぁ」


 今日は私にとって人生が決まる大事な日。私もまた成人の儀を受ける一人なのだ。成人の儀というのはその名の通り、15歳になった子どもが一年に一度神殿に会し、神獣様より『職号』を下賜される儀式のことをいう。


『職号』というのは神獣様から戴く指標で、例えば『清廉の回復士』だと病気怪我などを治す医療従事者、『閃光の双剣士』だと二刀流でスピードを武器に戦う剣士、といったもの。ただしこれらはあくまで指標でしかない。長子が『清廉の回復士』の職号を賜ったとしても、家業が農家ならそれを継ぐ必要がある。ゆえにこれは家族会議によって職号に従うか否かを決めてもよく、各家庭に裁量の権利が与えられている。


 例外なのは『戴天の剣豪』や『救世の聖女』と呼ばれる上級及び超級職号で、これらの職号を賜った子どもは、長子末子そして男女に関わらず、市国の大神殿に赴き、教皇様より正式な任命を戴く義務があるのだ。


 鍛治士かつ『過斬の鍛治士』の職号を持つじっちゃんは、この村一番の刀剣鍛冶で、じっちゃんの打った刃物――果物ナイフから大剣まで――は職号に恥じないほどの切れ味を持つ。なので村はおろか近隣の町村からもわざわざお客さんが来るくらいに名を馳せている。

 私も物心ついた時にはすでにじっちゃんの手伝いをしていて、今ではショートソードくらいまでは打てるようになっている。ただ『研ぎ』の技術だけはじっちゃんには遠く及ばない。これがじっちゃんの『過斬』たる所以で、超えられない高い壁なのだ。


 なので、私の打った刃物は数打ち品として手ごろな値段で店に並べている。

 数打ちとはいえ切れ味は悪くないので、主に奥様方には包丁や果物ナイフ、駆け出し冒険者なんかには解体用ナイフやダガーがそこそこ売れていた。


 朝食を慌ててかきこんで、私は転がるように家を飛び出した。



† † † † 



 家から神殿までに道のりも、今日は長く感じる。私の職号ってどんなのだろう、できればじっちゃんみたいに鍛治士がいいなぁ。そうすればじっちゃんの跡を継いで、楽させてあげられ――


「おい、ネコ目!」


 後ろからそう叫びながら背中をバシバシ叩くのは、この村の村長の次男坊、ビガロだ。コイツはほんとに嫌な奴で、親が権力者であることを傘にしては子どもたちに意地悪したりする。しかも年下の子ども限定という、まさに『虎の威を借る狐』。こんな奴、神獣様にでも噛まれればいいのに。


 私の住むティグリス村は、大陸の西方に位置する、主に農業が盛んなこの国のさらに西方にある小さな村だ。この国はタイゴニア神獣国といって、神獣ビャッコ様を御柱として信仰している。

 ちなみにこの大陸にはタイゴニアを含めて四つの国があり、北方にはゲンブ様を霊獣として信仰するセロディナ亀霊国、東方にはセイリュウ様を龍神として祀るロンカエルム龍神国、南方にはスザク様を御柱としたフォニクス神鳥国がある。

 この四つの国は民間の小さないざこざこそあれ、国交が概ね良好であるのは、四神獣――ビャッコ様・ゲンブ様・セイリュウ様・スザク様――が元々一つの大きな御柱で、それがいつしか東西南北に分かれ散り、それぞれの方角を守護した……というのが四つの国々の成り立ちだと語り継がれているからだ。

 それとは別に、大陸中央部にはどの国にも帰属せず、四神獣を遍く信仰する高位聖職者が集まる機関『聖クワトラ市国』がある。ここには四つの国の大司教が集結、そして彼らの頂点である教皇様を中心とした五人で運営される、いわばこの大陸における総本山である。


「ちょっと叩かないでよビガロ、痛いじゃない」


 本当は大して痛くはないけど、痛くないとか反発するとコイツは増長するから痛みを主張する。そしてコイツは私を名前で呼ばずに『ネコ目』と蔑称する。


 確かに言われるのも無理からぬことで、私の目は吊り目で大きく瞳はオッドアイ、おまけに真っ白な髪なのだ。この国の人間は大多数が明るい茶髪から金髪で、真っ白な髪なのはこの村では私一人。それもあって年下の子どもたちには少し畏怖されている。自分で言うのもなんだけど、少し勝気なだけで、中身は優しい女の子だと思う。


「そういやお前も『職号降し』だったな。どうせ碌なのじゃないだろうけどな! なにせだもんな」


 ビガロって本当に嫌な奴。とはいえ今ではもう気にもならないのは、そもそも昔からしつこくコイツに捨て子って言われ続けた結果、慣れてしまったからだ。ちなみに『職号降し』というのは成人の儀の俗称である。


 15年前、村の外れにある『ビャッコの森』の入口に捨てられていた赤子を、所用で訪れたじっちゃんが発見、拾い育てた。それが私ミア・ラキス。

 名前もわからなかった赤子の私を、じっちゃんはミアと名付けて孫のように大事に、時に厳しく育ててくれて今に至るのだ。


「どうでもいいでしょそんなこと。私はじっちゃんの跡継ぐんだから、職号なんて却って邪魔なくらいだよ。ビガロこそ使えない職号もらえばいいんだ」

「はっ! そんなことあるわけないだろ。村長の息子であるこの俺様が――」

「はいはい俺様俺様。偉い偉い」


 話すのも鬱陶しいビガロを軽くあしらい、歩速を一段上げて一路教会へと駆け出した。

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