第14話

 翌朝。教室に入ると、舞川が僕の席に座っていた。

「綿鍵くん、これどういうことなん!?」

 昨日僕が書いた手紙を掲げて、舞川が詰め寄ってくる。

 紙には『文化祭でミスコンは現在行われていない』と書かれている。

 ふと周りを見れば、クラスメイトたちが僕らに奇異の目を向けている。舞川の声が大きいのもあるが、普段孤立している僕らが話をしているとなれば、目につくのも無理はない。舞川が朝から僕の席に座っていたのも、今の状況に拍車をかけているのだろう。

「舞川さん、こっちに」

 ここでミスコンの話など始めてしまった際には、クラス中、いや学校中でありもしない噂を流されそうだ。周りの人からじろじろと不躾に見つめられるのは御免だ。

「え、どこ行くん?」

 舞川の手を引いて教室を出る。廊下も登校する生徒たちでいっぱいだ。

 朝のホームルームは遅刻確定だな、これは。

 向かいの実習棟に目を向ける。生徒の姿はない。

 渡り廊下を通って、舞川とともに実習棟に足を踏み入れる。

 周りに人影がないことを今一度確かめて、僕は口を開いた。

「どういうことも何も、その手紙に書いた通りだ。桐坂高校の文化祭でミスコンはやっていない」

「そんなわけないやろ!? だってウチのお母さんが出とったもん。証拠のビデオもある。お母さんの出身高校調べたら、ここやったし、間違いないって」

「舞川さんの母親がここに通っていたのは、何年前だ?」

「え、今年生きとったら四十五やったから……三十年ほど前? やけど、それがどないしたん?」

 昨日神嶋は、直近の十八年間でミスコンは一度も開催されていないと言っていた。今の舞川の話と合わせて考えると、ミスコンは約三十年前は行われていたが、何らかの事情で十八年よりも前の年に中止になった、というところだろう。

 そのことを舞川に話すと、

「え……!?」

 彼女は口をあんぐりと開けて、ロボットのように固まってしまった。

「……舞川さん? おーい、帰ってこい」

「――ハッ! 綿鍵くん、ウチ悪い夢でも見とったみたいや。もう一回言ってくれるか?」

 ミスコン優勝を目標にしていた舞川にとって、ミスコンが開催されていないというのは酷な事実だろう。僕も彼女に伝えるべきか迷ったが、遅かれ早かれ彼女も知ること。早めに知っておいたほうがいいだろうと思い、置き手紙をすることにしたのだ。

 僕はミスコンについて再び説明した。

「まさか、ミスコンがやってへんなんて……」

 舞川はそう言って肩を落とした。

 僕はさっきから気になっていることがあった。

「舞川さん、どうして手紙の差出人が僕だと分かったんだ?」

 僕は置き手紙に自分の名前を書かなかった。にもかかわらず、彼女は疑いもなく僕のもとへとやってきた。その理由が分からなかった。

「だって、ウチがミスコン出るって話をしたんは、綿鍵くんだけやもん」

「……他の誰にも言ってなかったのか?」

「うん。話す機会もあらへんかったし」

 彼女の交友関係が狭いが故に、あっけなく特定されてしまったわけか。

 これは一本取られたな。

 まあ僕の交友関係も、彼女とさして変わらないわけだが……。

「受験する前に、ミスコンが今でもやっているか確かめなかったのか? 中三のときに文化祭に行ったりとか」

 ひまりの顔を思い出しつつ尋ねると、

「そこまで頭が回らへんかった。ミスコンやってるの当然や思てたし。高校の近くに住んどったら、『文化祭、見に行こか』くらい思ったかもしれへんけど」

 そうだ、舞川は中学まで大阪にいたのだった。遠方の桐坂高校の文化祭を見に行くのはハードルが高い。

 舞川はその場でしゃがみ込み、頭を抱えながら悲嘆に暮れた声を上げている。

「どうしよか……」

 どうしようも何も、どうしようもないと思うのだが。

「ミスコンをやっていないのなら、ミスコン優勝は諦めるしかないだろ。それこそ舞川さんが一からミスコンのイベントを企画するっていうなら話は別だが」

 後半は冗談で言ったつもりだったのだが、

「せや! その手があったやん! ミスコンがないなら、自分の手で開催したらええ!」

「いや、さっきのは冗談で」

「ありがとうな、綿鍵くん、ナイスアイデアや! やっぱり綿鍵くんはすごいな。よし、そうと決まったら、早速行動開始やな」

 舞川は一人で盛り上がっていて、僕の話は耳に入っていないようだ。

「まずは何したらええかな。やっぱり先生に相談するとこからかな――」

 やる気に溢れているのはいいが、正直に言ってミスコンを開催できるとは思えない。第一に学校側の許可が得られないだろう。昨日の鏑谷のようにミスコンに対して悪いイメージを持っている教師も一定数いるだろうし、何より過去にミスコンが中止になった背景がある。学校側がミスコン開催に否定的な立場であることは明らかだ。

 ミスコンを開催にこぎつけることは絶望的な状況と言えよう。 

 それに仮に学校側の許可を得られたとしても、新たなイベントを準備するには、かなりの時間と労力が必要になるだろう。ステージの設営や情報の周知など、少し考えただけで、やるべきことはたくさんある。今は七月中旬で、文化祭が開催されるのは九月下旬だ。二か月なんてあっという間だ。それに来週からは夏休みも始まる。準備が間に合うとは思えない。

「やめておいたほうがいいんじゃないか」

「なに弱気になっとるん。いけるいける。ほな早速、先生とこ行くで」

「僕も行くのか……!?」

「当たり前やろ。綿鍵くんが『ミスコン復活プロジェクト!』のリーダーやねんから」

 いつの間にかリーダーにされてるし。それに『ミスコン復活プロジェクト!』って……。

 舞川が僕の手をぐいと引いてくる。

 僕が何を言ったところで、ミスコン復活を諦めてくれそうではない。

 ……仕方がない。先生と話をして、納得のいく説明をしてもらえば、舞川も諦めるだろう。

 僕は舞川に付き合うことを決める。

 けれど、それは今ではない。

「舞川さん、ちょっと待ってくれ」

「何や綿鍵くん、善は急げやで」

「今は何時だ」

「え、今? ――あっ!」

 とっくに朝のホームルームは始まっている。いつものように鏑谷が熱弁を振るっている頃だろう。それに、もうすぐ一時間目の授業も始まる。

「先生に話をするのは、昼休みにしよう」

 僕らは早足で教室に戻った。

 担任の鏑谷にこっぴどく叱られたことは言うまでもない。

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