第466話 王妃様出陣



 王城の屋根の上を走りながら、私はどう動くべきか考えていた。


 王城内に張り巡らせた監視システムから情報が上がってくる。断片的な情報を繋ぎ合わせていくと、気になる戦況が見えてきた。


 膠着こうちゃく状態だ。悪くはないけど、良くもない。

 賊軍の数が多過ぎる。


 こちらもホエルン大佐やロウシェ伍長といった大駒を投入しているが、所詮は個人の力。軍隊を相手にするには非効率だ。


 問題のアデルは玉座の間にいる。あそこは、いろいろと揃っている場所だ。おおかた玉座の間で粘るつもりだろう。

 いまはしのいでいるものの、いずれは玉座の間に賊があつまってくる、そうなってからでは手遅れだ。

 均衡が崩れ、一気呵成いっきかせいに押し寄せてくる。そうなってしまうとお手上げね。打つ手がないわ。


 こんな物騒なところからはやく逃げ出したいんだけど、アデルに逃げる気配も無いし……。ま、逃げ遅れた時点で劣勢なんだけどね。


 不意打ちを仕掛けてきた悪い連中は、各個撃破に移行して戦火は拡大中。私の積み重ねてきた努力を灰にしたいらしい。


「ホント、先のことが見えない連中って馬鹿よね。死ねばいいのに」


 とりあえず首謀者を探すことにした。

【M2、敵部隊を指揮している者をピックアップしてちょうだい】


――了解しましたマイマスター――


 それから、ものの三十秒とかからず答えが返ってきた。

――主要な指揮官を三名確認しました――


【誰?】


――クラレンス・マスハスとその養子アルス・マスハス。それにリストに無い者です――


【誰がどの部隊を指揮しているの?】


――マスハス親子は玉座の間。未確認アンナウンがそれ以外の制圧――


 本命はマスハス親子で、未確認は陽動攪乱ね。リストに無いということは貴族以外の人材を起用したのだろう。王家に弓を引くのだ。まともな人間には無理な仕事だ。おそらくは王家に恨みを持つ元貴族だろう。腕は立つけど領地を治める才能がなかったというところか。


【アデルが生き残れるかどうか、シミュレートして】


――了解しました――


 AIから結果が返ってくる前に、私は王城でも最も高い建物に飛び移った。玉座の間のある建物――王宮だ。


 塔に飛びつき、窓枠部分を足場に跳んでのぼる。

 眼下に広がる賊軍は、アデルを捕まえるのに必死で、私の存在に気づいていない。

 この惑星の普通を考えなら、空中でドタバタするよりも転移魔法で済ませるだろう。


 慎重かつ大胆にてっぺんを目指す。


 五階建てに相当する高さの屋根にのぼると、絶景が広がっていた。王都を一望できる唯一の場所だ。吹きつける風が強い。


 乱れる髪を手で押さえ、ある場所へ行く。


 見晴らしのいい、観測所も兼ねた一室だ。そこの窓ガラスを蹴破り、なかに入る。


 隠しているブツを見やる。


 こんなこともあろうかと、密かに準備していた自律型セントリーガンとレーザー式狙撃銃だ。


 無骨な金属の塊に頬ずりする。

「やはり頼るべきは火力ね」


 うっとりしたところで、AIからの回答だ。

――現状に鑑みると、アデルソリスの生存率は一七%――


【根拠は?】


――数の不利です――


【いまから加勢したらどうなるのかしら? 自律型セントリーとレーザー式狙撃銃で】


――一〇〇%です――


【それって間違いない?】


――ほぼ間違いありません。敵勢力の魔法も加味しての試算です――


 断言されるとかえって怖い。魔法がどれほどの脅威きょういなのか明確にはされてないんだけど……。

 まあいい、どちらによせ加勢に行くんだし。


 八本足の無骨な鉄の蜘蛛を手下に、私は玉座の間に踏み込んできた不届き者をぶちのめすことにした。



◇◇◇



 セントリーをぶっ放してレーザー式狙撃銃で無双しようと考えていたのに、邪魔が入る。


 屋上から玉座の間へつづく秘密の抜け道がふさがれていたのである。それもコンクリートの壁で。


「ちょっと、なんでこんなところにコンクリートの壁つくってるの!」


 接触式の電磁スキャンで壁の厚みを計測する。……一メートルもあった。


――セントリーガンで撃ち抜くという手段もありますが、弾薬の消費が激しくお勧めしません――


【そういう問題じゃないんだけど……】


――別のルートを行きましょう――


 あちこち試すも、王城へと通じる抜け道はどれも封鎖されている。


「…………アデルがやったのかしら?」

 ぽつんと湧いた疑問に、AIが答える。

――王城の改築工事、改修工事の予定はありませんでした――


 人気がないので、喋って返す。

「じゃあやったのは誰? どこのどいつの仕業?」


――散らかりようからして、専門の業者の仕事ではないようです――


 AIが指摘するので周囲を見渡す。


 片付けが全然なされていない。置きっぱなしの桶のなかには、残ったコンクリがへばりついたまま固まっていた。道具も手入れせずにほったらかし。

 この惑星に衛生観念は根付いていないけど、後片付けくらいはキチンとする。粗暴な職人であってもだ。


 スレイド大尉が、いろいろと量産体制に入っているが、職人の工具に関してはまだ未着手。一点物が多いがゆえに、専門の道具は高い。それをぞんざいに扱うとは……。


「なるほど、職人の仕事じゃないってわけね」


 おそらくは今回の一件に絡んでいる連中だろう。玉座の間に逃げ込んだ人々を閉じ込めたいらしい。だとしても屋上の観測小屋はなぜ塞がれていなかったのだろう? あそこのほうがコンクリが少なくてすむのに。


 気になって、もと来た道を戻る。


 私が準備しておいたブツとはちがう物があった。

 ハングライダーだ。


 私と似たような手口を考えた輩が、王城に潜んでいるらしい。腹が立ったのでハングライダーに何カ所か穴を開けておいた。


 蹴破った窓から屋根へ。


 迂回するのが面倒なので、玉座の間の天井をぶち抜くことにした。

【セントリーに指示を出して、屋根を破壊して穴を開けるように】


――……意図が理解できません――


【最短ルートをつくるのよ】


――自律型セントリーガンはどうするのですか? 自力で降りる機能はありません――


【私が吊りおろすから問題ないわ】


 嫌がらせをしてくれた連中が、ハングライダーだけでなく頑丈なロープも準備してくれていた。迷惑料にはほど遠いけど、つかわせてもらおう。あとで破壊した部分の修理代、コンクリで塞いでくれた秘密の出入り口の撤去清掃代、王族の秘密の通路の通行料、それらを全部まとめて請求するつもりだ。それと私への慰謝料。

 ストレスは美容の大敵。一番高い値段をふっかけてあげよう。一国の王妃なんだから、それくらい別にかまわないでしょう。


 考えながら、セントリーにロープを結びつける。

 準備が終わったら行動開始。軍事行動は速やかに、これ大切。


 鉄の蜘蛛が頼もしい銃声を轟かせる。そして開いた穴にセントリーを投下。


 狙いは王城に踏み入ってきた不届き者。


 阿鼻叫喚あびきょうかんのメロディーが流れるなか、私はメインキャストらしく堂々と玉座の間に降り立った。

 セントリーをおろしたロープを伝ってね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る