第428話 固定ルート



 ハニートラップの無い一夜を過ごして、翌日。


 例の如く楽しくない朝食をすませてから、観光再開。


 今回は腹黒元帥と一緒だ。

 護衛はディアナ、オリエ、アルチェム、そして初めて見る清廉騎士。清廉騎士は、純潔騎士と対を成す部隊だ。

 純潔騎士の紅と対極にある蒼を基調にした僧衣の男たち。

 こちらはバリバリの武闘派らしく、体格がゴツい。


「お初にお目にかかる。清廉騎士序列三位のドブスンと申します。以後お見知りおきを」

 禿頭の髭男がゴツい手を差し伸べてくる。


「こちらこそ、観光案内よろしくお願いします」


 ドブスンの手を握ると、軍隊的歓迎――凄まじい力を入れてきた。

 力を感じたのは一瞬、相棒が気を利かせて対応してくれたらしい。


――軍社会によくある洗礼ですね――


【ああ、


 こめかみに青筋を浮きあがらせているドブスンへ、微笑みかける。浮きあがっている血管がさらに太くなった。


 まあ、どれだけ力を入れても、こっちにはナノマシンがあるからね。


 満足したのか、ドブスンが手を放す。

「なるほど、マキナのダンケルクを退けるだけのことはある」


 戦闘狂を思わせる笑みを浮かべる。そんな子供じみた悪戯をする同僚の頭を、老境の清廉騎士がポカリと叩いた。


 禿頭の髭面とちがって、老境の清廉騎士は頭のてっぺんが殻を剥いたゆで卵のようにつるんとしている。申しわけ程度に生えている白くなった前髪は、卵からかえったばかりのヒナのようだ。


「やめんか。国賓だぞ」


「一線から退いたジジイが偉そうに言うなッ! これは男同士の挨拶ってやつだ!」


「そんなんじゃから、護衛以外の聖務を与えられんのじゃ! おつむの弱い奴には、考える仕事は向かんからのうッ!」

 老人とは思えぬ身のこなしで、ドブスンの鳩尾を殴る。


「ぐはっ……てめぇ!」


「ベルーガの王族の御前じゃぞ」


 したり顔で老人が言うと、禿頭の髭面は黙り込んだ。


 血の気の多い清廉騎士を黙らせると、老騎士はビア樽のような立派な腹を撫でる。

「ワシはこの通り一線を退いたジジイじゃ。それでも序列五位を務めておるがな」


「それで序列五位……」


「おおっ、ワシとしたことが忘れておったわい。ワシの名はセクンデ。覚えにくければ爺さんでもかまわんよ」


「それはさすがに……」


 なかなか濃そうな清廉騎士たちとの挨拶をすませてから、観光の始まり。


 今回は大所帯なので馬車は二台。

 腹黒元帥はむさ苦しいおっさん、老人と馬車に乗り、俺は可愛い純潔騎士様とご同行。


 なんか凄い差があるな……。


 向こうも同じことを思っているようで、ガンダラクシャでは見せたことのない不機嫌な顔をこっちに向けながら、馬車に乗った。


 エレナ事務官によると、ツェリは婚活女子だそうだ。あの様子から察するに、お目当ての男はいなかったようだ。

 つくづくツイてない元帥様だ。


 胸が大中小と三者三様の美人とともに馬車に揺られていると、急にアルチェムさんが苦しそうに呻きだした。


「ぅう……」


「大丈夫ですか?」


 顔を覗きこむ。

 顔面蒼白で、冷や汗が糸のように頬を伝っている。


「だ、大丈夫です。〈癒やしの業〉で……治っていますから」


 本人はそう言うものの、僧衣の膝元に落ちる汗が尋常ではない苦痛を物語っている。


 そういえば、リュールからもらった記録データに、アルチェムさんはZOCにこっぴどくやられたとあったな。映像データまでは見ていないが、あのツギハギだらけのパッチワークにやられたのだ。軽傷とは思えない。


「〈癒やしの業〉も人によりけりだからね。業を施した、コンサベータ枢機卿はそっちよりもイデア統括の仕事向きだからね。多少は痛みが残るだろうさ。ヤツガレも経験したからわかるよ」

 オリエさんはあっさりと言う。


 そういうものだろうか?


「私は大丈夫です。ちょっと痛みがぶり返しただけで、安静にしていれば……うぅぅッ」


 気丈に振る舞っているが、とてもそうは見えない。

 悪いと思ったが、アルチェムさんを診ることにした。


「失礼」


 断ってから、横に座る彼女を抱き寄せる。額に手をあてると熱があった。かなり高い。

 万能な〈癒やしの業〉も効果のほどは人によりけりと聞いたばかりだ。怪我が完治していないのかも。


 相棒に命令した。

【フェムト、スキャンだ】


――いつものやつですね――


【そう、いつものやつ】


――ラスティは本当にお人好しですね――


 やれやれといった感じの通信を寄越してから、スキャン開始。相棒からの結果報告を待つ。


 その間にもアルチェムさんの容態は悪化していき、ついには昏倒した。

 これには驚いたようで、他人事のように言っていたオリエさんはシートから腰を浮かし、ディアナは驚きの声をあげた。


「アルチェム先輩、大丈夫ですかッ! 私の声、聞こえますか」


 騒ぎが大きくなる前に〈癒やしの業〉で治療してやりたいが、正確な位置を特定しないと。


 フェムトから報告が来た。


――炎症を検知しました。血中成分から内臓に損傷が残っていると判断されます。原因はそれでしょう――


【治せそうか?】


――〈癒やしの業〉であれば可能です――


【じゃあ、早速】


――待ってください――


【なんだ? フェムトのサポートがあっても難しいのか?】


――そうではありません。オリエ、ディアナともに教会の関係者です。〈癒やしの業〉がつかえることを知られてはマズいのでは?――


【…………】


 それが問題なんだよなぁ。

 聞いた話だと、〈癒やしの業〉は教会の専売特許。魔術師やほかの宗教家たちもつかえない。

 間違いなく星方教会独自の技だろう。それを魔術師で通っている俺がつかえるとなると……。


――間違いなく怪しまれますね。最悪、教会の秘密を知ったと口封じも……――


【さすがにそれは無いだろう】


――わかりませんよ。この惑星の常識はまだコンプリートしていませんから。宗教関係は特に――


【…………】


 無い知恵を絞って考えていると、指に何かが触れた。ほつれた糸だ。糸の元を目で追うと、僧衣に縫い跡が。ここから手を入れれば、多少の光が漏れても……。

 しかし、バレない保証はない。だから保険をかけることにした。


「こういった症状を緩和する薬を持ち合わせているので、アルチェムさんに飲ませてあげてくれませんか」


 おろおろしている二人の純潔騎士に医療キットにあるどうでもいい薬――ビタミン剤を飲ませてもらうことにした。

 純潔騎士二人の注意がビタミン剤に向けられている間に、糸のほつれた縫い目から手を入れ、アルチェムさんの素肌に触れる。

 これで準備OK。


【フェムト頼んだぞ!】


――はいはい……極力光が漏れないよう善処します――


【おまえならできる! なんせ俺の知るなかでも最高のAIだからなッ!】


――当然です!――


 おだてたつもりはなかったが、相棒はノリノリだ。これならイケる!


 いろいろ苦労した甲斐あって、アルチェムさんは全快した。


「ありがとうございます。ラスティ殿下」


 好感度マシマシの潤んだ瞳で、彼女は両手で、俺の手を優しく包み込んでくれた。

 小柄なことも相まって感謝の気持ちが心地良い。マリンに似た尊い可愛らしさがある。小柄な人共通の感覚だろうか?

 ともあれ悪い気はしない。


 一応、これでも大人の男なので、ちいさい者好きの怪しさロリコンオーラを感じさせないよう、威厳ある態度で接した。

「当然のことをしたまでです」

 だらしなく鼻の下を伸ばさぬよう気を引き締めてね。


 たったそれだけのことなのに、アルチェムさんは何も言わずにうっとりと頷いてくれた。

 意図せず純潔騎士のポイントを稼ぐ結果になった。


 アルチェムさんの怪我を癒やすというアクシデントに見舞われたものの、〈癒やしの業〉をつかえることは隠し通せた。

 しかし…………アルチェムさんの素肌、すっごいスベスベしてたな。しっとりとしていて、手に吸いつくというか。

 ささやかな役得を喜んでいるうちに目的地に到着した。


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