第166話 合流   改稿2024/03/22



 生還したのは二七名。


 帝国貴族のエスペランザ・エメリッヒ名誉准将。

 もっとも会いたくない連邦のホエルン・フォーシュルンド大佐。

 帝国貴族のカリム・バルバロッサ少佐。

 帝国平民のロリユー少佐。異彩を放つ地球からの連邦移民、イン・ロウシェ伍長。


 それ以外は士官学校を出ていない、民間からの転身組――志願兵だ。惑星調査任務だったのでほとんどが新兵。話を聞く限りだと熟練兵ベテランもいるが、ごく少数とのこと。

 頼もしい仲間たちだが、蘇生そせいいで記憶が曖昧あいまいだったり、体調が不安だったり、戦力としては心許こころもとない。

 仲間と合流した報告もあるし、いったんエレナ事務官のいる野戦基地に戻ってもらうことにしよう。


 幸いここは緩衝地帯。マキナの兵が展開しているのは目的地――スタインベック領より西。それほど危険はないだろうが、魔物という脅威がある。

 俺の育てた部下を五〇名ほど案内役兼護衛にまわせば事足りるだろう。


 いま現在、生還せいかんを果たした仲間たちに、この惑星の衣服に着替えさせ、食事を振る舞っている。


 ところで、あれほど毛嫌いしていた鬼教官を助けたにもかかわらず、なぜ気がつかなかったのかというと……。


「パパッ!」


 この通り、記憶が幼児退行しているからだ。本物の鬼教官だったならば、裸を見た瞬間ぶん殴られていただろう。それがなかったので、よく似た他人だと勘違いしたのだ。名前だけはしっかりと覚えていたので、真実にたどり着けた。


「ホエルンがごはん食べさせてあげる。はい、あーん」


「あー」


 信じられないことに懐かれてしまっている。刷り込みって奴か? でもあれは鳥だけの話だよな……。


 口に突っ込まれた唐揚げを飲み込んでから、話を切り出す。

「エレナ事務官は御無事だ。君たちにはそっちへ行ってもらおうと思っている」


「俺はかまわねーぜ、なあみんな」


「おう」


「そうだな、エレナ様っていえば名誉准将だし悪い噂は聞かない」


「帝室のご令嬢でしょう。指揮官にうってつけだわ」


 兵卒を仕切っているのは、俺の殴った男だ。ホリンズワース上等兵、角刈りをした格闘家っぽい短気な男だ。俺が大尉だと知るや、帝国のお偉さんに尻尾を振りやがった。あとで痛い目にってもらおう。


「エメリッヒ名誉准将は?」


「エスペランザ軍事顧問で結構。私は君についていく。聞けば激戦区が待っているというじゃないか。一度、古代史のような合戦をこの目で直に見てみたかったんだよ」


 エメリッヒ准将はいかにも貴族らしい、長い金髪を肩の辺りで結ったイケメンで、戦争のことしか頭にない。非常に優秀な軍事顧問で、俺とエレナ事務官がのどから手が出るほどほしかった人材だ。性格に難はありそうだが、ホリンズワースより友好的だ。ま、殴ってないからだけかもしれないが……。


「スレイド大尉、何人か同行してもらったほうが都合がよくないだろうか?」

 エメリッヒは、鬼教官をフォークで指し示す。


「ホエルンはねぇー、パパと一緒に行くぅー」

 年上の娘をもったつもりはないが、捨て置くのも気がとがめる。訓練生時代に世話になった人だ。はじを忍んで助けよう。


 つくづくティーレとマリンを置いてきて良かったと思う。もし二人がこの場にいたら…………考えるだけでも恐ろしい。

 カーラに見られでもしたら、間違いなく暗殺者を仕向けてくるだろう。よし、このことは報告書に記載しないでおこう。


「エスペランザ軍事顧問は誰が適任だと思いますか?」


「そうだな。幼児退行したフォーシュルンド大佐の世話という観点から女性が好ましい」

 エメリッヒが生存者を見渡す。三回ほど動きをとめて、女性たちを吟味してから、

「イン・ロウシェ伍長が適任だな。ロリユー、バルバロッサ両少佐にはほかの生存者とともに、エレナ事務官のもとへ行ってもらおう。…………それとホリンズワース上等兵、君には私の護衛を頼みたい」


「えッ、俺が!」


「そう、俺だよ」


「俺なんかでいいんですか?」


「上等兵ということは実戦経験を積んでいるんだろう。だったら問題ない。君の仕事は命を懸けて私を守ることだ。いざというときは盾になってもらう」


 この発言には、俺もギョッとした。慌てて助け船を出す。


「ちょっと待ってください。エスペランザ軍事顧問。いくらなんでも言い過ぎなのでは?」


 ホリンズワースは首をガックンガックンと前後させて、同意する。


「では志願者を募ろう。私の護衛についてくれる者はいるか?」


 あんな言い方をしたのだ。誰も志願しないだろう。


 俺の予想を裏切り、カリム・バルバロッサ少佐が手を挙げた。嘘んッ!


「自分が志願します」


「随分と貧相な体格だな。大丈夫かね?」


「体型は関係ありません。近接戦には自信があります」

 と、帝国貴族の少佐は手にした棒を一振り。瞬く間に馬上槍に変形した。不釣り合いなそれを肩に担ぐ。


「ふむ、では君に護衛を頼もう。残念だったなホリンズワース上等兵」


「残念ですが辞退します。そもそも俺はその器ではありません」


 こうして生存者の班分けもすみ、西部への旅が再開された。


 ちなみに、パージされた区画は出入り口をすべて閉鎖してセキュリティをかけた。これで死者の眠りがさまたげられることはないだろう。この戦乱が落ち着いたら彼らを埋葬まいそうしてやろう。俺にはその責任がある。


 後悔こうかいきない。塩湖に眠る仲間たちに黙祷もくとうささげて、旅を急いだ。


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