第115.5話 subroutine アデル_王家の秘密●


◇◇◇ アデル視点 ◇◇◇


 王家には秘密がある。


 直系の色濃い血筋にだけ、毛先が紫色になるという不思議な現象が起こる。これは単に正当なる血筋を証明するのものではなく、特別な力を有している可能性を示している。


 その力には共通点があり、自身にはまったく影響せず国家を運営することにのみ特化した力だと聞いている。

 力は遅くとも二〇歳までに発現する。生まれつき発現している王族もいた。

 発現の時期が若ければ若いほど力は強いらしく、ベルーガの歴代国王の多くは、幼少期または生まれつき力を発現していたという。

 近年では直系の血は薄まり、成人の儀式が切っ掛けで覚醒するのが普通らしい。


 ちなみに余は、幼少期の頃からその力に目覚めていた。


 予知にも似た力ではあるが、とても曖昧でではない。

 ただ、なんとなく悪い事と良い事が起こる前兆を感覚的に捉えるだけの頼りない力だ。


 たとえば、飼っていた犬が死んだり、優しかった侍女が急に宮廷を去ったり……。悪いことばかり当たる気がする。それも一方的に知らされるのだから、あまり気の良いものではない。いわゆるハズレの力だ。

 ああ、でも滅多に会うことのない父上が来るときの予兆はとても嬉しかったな。


 余はこのちっぽけな力のことを〝直感〟と呼んでいる。国を治めるには心許ない脆弱ぜいじゃくな力だ。なので、この力のことは秘密にしている。


 こんな曖昧で頼りない力ではあったが、それがいかに大切なことか。若かった余は知らなかった。




◇◇◇



 力の恩恵を知ったのは、ベルーガに災いが降りかかってきた、あの日のことだ。


 一年ほど前の話になる。

 あれは王都から落ち延びる際のこと。


 それはまだ余ではなく、僕と名乗っていたときのことだ。

 同盟を破り、宣戦布告もなく攻めてきたマキナ聖王国の軍に、父上自らが軍を興して王都を出立した数日後。


 いくさの報告が届くよりも先に、城内が騒がしくなったのを覚えている。


 厳格な爺が宮廷作法をそっちのけで、息を切らしながらやってきた。


「そんなに慌ててどうしたのだ?」


「アデル殿下、一大事にございます。ツッペ元帥が……ラドカーン・ツッペが裏切りました」


「そ、それはまことかッ!」


 ラドカーンといえば、父上が信頼を置いている元帥の一人だ。代々元帥を務める侯爵家で、父上も我が子のように可愛がっていた。太子である兄上とも仲が良かった。とても裏切るとは思えない。


「何かの間違いでは? マキナの謀略かもしれぬぞ!」


「間違いではありません。現に王都の守りを任せられているもう一人の元帥――サイモン元帥がツッペの凶刃にかかり…………」


 にわかには信じられない。しかし、現実に起こっているのであるとしたら……。

 肝心なときに限って〝直感〟が働かない。やはりこの力は頼りない。無能の烙印らくいんを押されるような些末さまつな力だ。


「殿下、いまならまだ間に合います。お逃げください」

 爺はいままでに見たことのない恐ろしい顔で詰め寄ってきた。そのあまりにも鬼気迫る形相に、余は頷くことなく、本能的に手をとった。


 それから、王族だけが知る秘密の抜け道へ向かった。


 なぜか途中で、爺は余に似た背丈の少女を捕まえたのを覚えている。あのときは、少女も助けるものだと思っていたのだが……。


 隠い扉に身体を預け、全身で押し開けながら爺は言う。

「殿下、隠し通路の進み方は知っておられますな?」


「うむ、出口は丘と川に繋がっている二カ所だけであろう。風の流れていくほうが丘だ」


「そうです。その二カ所しかありません。風が流れてくる方向、川のほうへお逃げください。カリンドゥラ殿下もそちらへ向かう手筈になっておりまゆえ」


「川?」


「舟があります。川を渡り対岸の林を目指してください。林を抜けるとスレイド家の屋敷があります。そこから先は、スレイド家の者たちに任せれば問題ないでしょう」


 スレイド家――あの一族は王城で働く真面目な一族だ。侍女や家令、執事といった者が多い。そのような者たちに命を預けろというのだろうか?


 困惑する余に、爺はなおも続ける。

「殿下、お召し物を……」

 余の許可を得ることなく、爺は着衣を剥いだ。そして、それを少女に着せる。


「爺、一体何を!」


「殿下が無事に逃げられるよう時間を稼いでまいります」


「よすのだ。そのようなことをすれば爺も……」


「ご安心を、城のことは誰よりも熟知しております。それに死ぬ気は毛頭ありません」


〝直感〟が働いた。! 役立たずの力が告げずともわかる。爺は死ぬつもりだ。


「はやまるでない、爺も一緒に逃げるのだ!」


「殿下、お許しをッ!」

 いままで一度も手をあげたことのない爺が、頬を叩いた。


 呆気にとられて呆然と立ち尽くす。


「……お許しを」

 爺はいまにも泣きだしそうな、それでいてぎこちない笑みを貼りつけると、余を薄暗い通路に押し込んだ。


、善き王におなりくださいませ」


 閉じられた隠し扉を背に、通路を一人歩く。

 記憶をたどり、暗い通路を進むと光が見えてきた。

 光にいざなわれ、外へ出る。


「アデル、可愛い弟よ。無事だったか!」


 口うるさい上の姉が、余を抱きしめてきたのを覚えている。痛いくらい強い力だった。


 頭はいいのだが、ときおり、足りない子でもやらかさないことをしでかす姉だ。

 これが常であれば嫌気が差していただろうが、このときばかりは余も足りない子になって抱きしめた。


 姉弟の再会を邪魔するように〝直感〟がささやいた。


 姉――カーラに不幸が起きる直感だ。


「姉上、死んではならんぞ!」

 爺のことがあったので、余は苦手な姉の腕に抱きつき懇願こんがんした。

「絶対にだ!」


 これ以上、親しい者を失いたくない。そのためにも爺の言ったように善き王にならなければ!


 強引に姉の腕を引いた。

 聡明な姉が片眉をあげる。それから眼鏡をずらして、余を直視した。


 姉は時折、眼鏡をずらして相手を見ることがある。

 王家の力に目覚めているのだろう。

 どういったなのか、それはわからない。しかし、確信を得たようだ。


「可愛い弟よ。



◇◇◇



 王都の一件が切っ掛けになったのか〝直感〟は以前より頻繁に発現するようになった。


 北の古都カヴァロへ遷都してから、しばしば姉に提言した。姉と力を合わせて、徐々にではあるがベルーガ恩顧の貴族もあつまり、王都奪還も可能性が帯びてきた。

 そのとき、余はあの女に出会った。


 運命を感じた美女――エレナだ。


 彼女をひと目見た瞬間、過去に例を見ないほど〝直感〟が強く発現した。玉座の横に並べた椅子に彼女が座っている未来が視えたのだ。


「決めた、あの者をきさきにする!」


「あのようなどこの馬とも知れぬ女をですか?」

 リッシュ・ラモンドは怪訝な顔をしたが、余の心に変わりはない。


 それから余は猛アタックをして、エレナのハートを射止めた。


 あとは王都を奪還して、正式な王となるべく戴冠の儀式をすませれば、晴れてエレナと夫婦になれる。


 淡い希望を胸に抱いていた。


 そんなある日。

 余の若さが仇となって、エレナを戦地へ向かわせることになった。

 心配はあった。しかし彼女は余のために出陣すると告げてくれた。


 眠れぬ日々を過ごす。

 悶々としながら、愛する女の報告を待った。


 念願の知らせが届く、しかも朗報だ!

 なんとエレナは、マキナから糧秣を奪ったというのだ。

 嬉しいはずの知らせに、なぜか胸騒ぎがした。

 そして〝直感〟の発現。愛する女の死だ。


 エレナを助けたい。しかし、敵は聖王カウェンクス自らが率いる親征軍。かの王が陣頭に立って負けたという話は一度も聞いたことがない。


 あの王に勝てる自信はない。戦うことを考えるだけで、身体が震える。


 傷つくのは嫌だ。死ぬのはもっと嫌だ。……逃げ出したい。


 エレナはそんな強大な敵の糧秣を奪った。焼き払えば簡単にすんだであろう。それをわざわざ奪い去ったのだ。


 茨の道を進み、余のために戦ってくれている。

 そんな未来の后を見捨てるなど言語道断!

 余は王として、男として腹を括った。


「軍をおこす!」


「陛下、お考え直しください」


「無茶です! 敵は聖王カウェンクス率いる親征軍。兵の数も士気もあちらが上です」


「ここで討って出ねば、ベルーガ滅亡は確実だ。余が陣頭に立つ、強要はせぬ。命惜しさに王を見捨てるような輩は、この国にはおらん」


 保身に走る厚顔無恥こうがんむちな貴族たちを振り払い、姉――カーラの反対を押し切って、親征軍を興した。



◇◇◇



 こうして余は人生最大の賭けに勝った!

 マキナの連中を散々に撃ち破ったのだ!


 名誉の負傷――矢傷は痛かったが、あれ以来、エレナに関する悪い〝直感〟は消えた。


 運命を変えたのだ!!


 ああ、愛するエレナとの再会が待ち遠しい。

 彼女はなんと言って余を迎えてくれるのであろう。よくやったとめてくれるだろうか? 無茶をしてとしかるだろうか?

 考えるだけで胸が一杯になる。

 愛する女の存在が、これほどまで人生にうるおいを与えるとは……。


 それもこれも王家の力のおかげだ。

 ちっぽけだと思っていた〝直感〟に生まれて初めて感謝した。


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