第21話 叱られユズキとそれぞれの思惑

 誕生日の翌日。カンナは普段通り、学校が終わったあとに訓練をするために事務所に赴く。


「こんにちはー。……なんでユズキが正座しててイヨさんがその正面で仁王立ちしてるの?」


「カンナちゃんいらっしゃい。これはユズキちゃんがまたヒカリ嬢と連絡を取っていたことに対する高原の怒りのポーズだね」


「はぁ……」


「あ、カンナさん! 聞いてよ、この人ったらこの間あんなに言ったのによりによってカンナさんの誕生日にまたヒカリ嬢と会ってたんだって! 恋人の誕生日に他の女に会うなんて浮気だよ、浮気!」


「え、別にヒカリさんだけじゃなくてイヨさんとマフユさんとも会ってたよね……?」


「私達はいいんだよっ!」

 

 自信満々に胸を張るイヨ。いいんだ。そう言い切られるとそんなもんかという気分になるから不思議である。確かにユズキがヒカリと2人で会うのはなんか嫌だけど、イヨとマフユと会うのは全然嫌じゃないし、確かに間違ってないのかもしれない。


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「なんだ、昨日のうちにカンナちゃんがお仕置き済みだったんだね」


 渋谷ダンジョンで訓練をしつつ、やはり話題はヒカリからの接触についてだ。


「ちなみにどんなお仕置きしたの?」


 まさかえっちなお仕置き――しかもカンナママにバレていた――とは言えず、内緒だよっと答えるのがやっとのカンナ。ユズキも昨夜の情事を思い出してしまったのか、平静を装いつつも耳まで赤くなっている。


「それでユズキさん、ヒカリ嬢からの要求にはどう応えるの?」


「あれから頼んでもいないのに詳細をメッセージで送って来てるんだけど、どうもヒカリのお義兄さんってどこかの企業の人らしくて、私達も話をしてみたいって事らしいわ。多分その人が私達をスカウトしたいからヒカリに仲介を頼んだんだと思うけど。その代わりにこの間の救援の代金を立て替えて貰ったって事みたい」


「それって完全に身内の話じゃん。返せなければ夜のお店で働くとか完全に嘘だよね」


「……そうね。そういえばヒカリは昔からなんでも大袈裟に話して周りの気を引くタイプだったかも」


 とはいえ友達同士で話をする時に少し話を盛るのは誰にでもある事だと思うし、ヒカリのそれも多少誇張しがちではあったけれどまあ承認欲求の強さで説明がつく範囲だったとユズキは記憶している。ここまで平気で嘘をつく様な子でも無かったと思うが、この3年間で変わってしまったのだろうか。


「お義兄さんの話、聞いてみようか」


「フユちゃん先輩!? それじゃヒカリ嬢の思う壺じゃない!」 


「ヒカリ嬢に私達のマンションの場所がバレてる以上、無視してまた突撃されたら余計に面倒だし。その義理のお兄さんの要求は私達と引き合わせることだけなんでしょ? 一度会ってさっさと勧誘を断ればヒカリ嬢はお兄さんの頼みは叶えた事になるし」


 マフユは、そもそもヒカリが自分達のマンションの前に居たというのも偶然では無いような気がしていた。ヒカリの義兄がなんらかの方法――協会名物のガバガバの個人情報管理から柚子缶についてのデータを入手したと推測される――で自分達があのマンションを協会から借りている事を突き止め、それを彼女に吹き込んだのではないだろうか。


 だとすれば、これまでメールやダイレクトメッセージのみで勧誘して来た他の企業とは違った「必死さ」が見て取れる。


 そういう相手と一度くらい会ってみるのも、今後の対応を考えればありだという気がする。


 ……というのがマフユの考えであった。


「このまま無視し続けたら今度はマンションの中にまで入って来たりしそうだし」


「あー、それはあるかも」


「いくらなんでもそんな非常識な事までする子じゃ無いと思うんだけど……」


「ユズキちゃん、甘いよ。既にユズキちゃんの記憶の中の彼女と比べても別人と思うくらいには非常識なわけでしょ? 友達を庇いたい気持ちは分かるけど、もうヒカリ嬢とその義兄は柚子缶に取っては害にしかなってないって自覚するべき」


 それでもヒカリを無意識にフォローするユズキに、マフユは厳しい言葉を向ける。


「というわけで事務所に帰ったらなんて返事するか、全員で考えようか。それでいいよね?」


 有無を言わせぬ雰囲気に、ユズキは頷くしかなかった。


「それはそれとして。……ユズキちゃん、カンナちゃん」


「は、はい?」


 急に自分にも話を振られて思わず背筋を伸ばすカンナ。


「それ、イイじゃん。」


 マフユはニヤリとしながら左手をヒラヒラして薬指をクイっと曲げて見せた。その意味に気付いたカンナは自分の左手に光るリングに触れ、うん! と笑顔で頷いた。


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「あ、やっとユズキから返事が来た!」


 スマホの通知に飛びつくヒカリ。義兄のアドバイスに従ってユズキのマンションの前で待ち伏せすること数日、やっと出会えたユズキの自分に対する態度は冷たかったし義兄との面会も即答でノーだった。咄嗟に夜の店で働かなければと言って話だけは聞いてもらえる事になったが……。


(まあお義兄さんはそんなこと夜の店で働けとまで言ってないけど、実際それくらいしないと30万円も出せないし、ウソを言ったわけじゃないよね。)


 そう言えば優しいユズキなら自分を突き放す事は出来ないだろうと思っての発言ではあったが、100%嘘というわけでもない。ヒカリは自分を納得させるように頷く。


 そんなことより今はユズキからの返信だ。


「えーっと、明日の午前10時に探索者協会渋谷支部の貸会議室をとったからお義兄さんと私の2人で来るように……ってそんな急な話!? 明日は平日だしお義兄さんは仕事もあるんだけど!」


 もう夜8時、義兄は日付が変わる頃まで帰ってこないし、そこから明日会社を休んでくれなんて言えるわけもない。慌てて土日に出来ないか返信する。


「「じゃあこの話はなかった事で」って、それは困る!」


 慌てて義兄に相談してみると返すと、明日の朝までにどうするか連絡くれとの返事。


「……ユズキ、前はこんなに冷たくなかったのになぁ……」


 高校生までのユズキはもっと優しかった。宿題を良く写させて貰ったし、授業のグループ課題も率先して進めてくれた。一緒に買い物に行くと、自分が行きたい店には付き合ってくれたし疲れたと言えば休憩を提案してくれる。買い物をすれば荷物を半分も、当たり前の様に持ってくれた。


 そんなユズキと袂を分かち、進学した先での人間関係はヒカリにとってあまり心地良いものでは無かった。これまでは幼少期からの幼馴染達との関係性があったから「ヒカリだから仕方ない」で済まされた事が、新しい環境では煙たがられる。それでも同じ学部で出来た数少ない友達。しかし彼女達はユズキの様に優しくしてくれない。レポートを写させて貰おうとしても「自分でやりなよ」か「代わりに何してくれるの?」だし、一緒に出かけてもユズキの様に文句を言わずに付き合ってくれないし荷物も持ってくれない。


 流石にヒカリは高校までの環境が恵まれていた事に気付き、やや遅ればせながらも人並みの処世術を身に付けて大学生活をなんとか乗り切ってきた。だがそれは、人間関係が破綻したり単位を落としたりといった大きな躓きこそ無かったがマイナスでないというだけで、ヒカリが想像したような輝きに満ちたキャンパスライフでも無かった。


(ユズキが居てくれたらな。)

 

 「ヒカリだから」で彼女を甘やかしてくれた幼馴染達、とりわけ一番距離が近かったユズキの事を思い出しては現状に不満を募らせる日々だった。そんなヒカリの中で記憶の中のユズキはどんどん美化されていた。


 そして先日渋谷の街での偶然の再会から、ダンジョンで窮地に駆け付けてくれた流れを経て、ヒカリの中ではユズキはまさに理想の王子様に昇格してしまったのである。だから、ユズキが自分に冷たくする理由が理解出来ないのであった。

 

 日付が変わる頃になりやっと帰宅して来た義兄に、明日の10時に探索者協会に来てくれと言われたと伝えると、急な日程に驚いては見せたものの、応じてくれると快く返事をしてくれた。


「もともとこっちが話をしたいってお願いしている立場だしね」


 そう言って笑う義兄を見て、ヒカリは改めて頼もしさを感じる。


「お義兄さん、ユズキ達に会って何を話すの?」


「ヒカリちゃんになら言ってもいいか……。彼女達をうちの会社にスカウトしようと思っているんだ。元々配信者として有名だったからね、機会があればとは考えていたんだよ」


「ええ!? お義兄さん達の会社って超大手じゃん! ユズキ達ってそんな会社からスカウトされちゃうくらい凄いの!?」


 大手企業から個人探索者へのスカウトなど、よほどの実力が無ければ行わないと思っていたヒカリは驚いて声を上げた。


「凄いね。スキルによる単純な強さだけじゃ無い、もっと凄い可能性を秘めたパーティだと僕は思っている。彼女達は二度ほどアクシデントでダンジョンのボスクラスと戦っているんだけどね、いずれも生還したばかりか初見でボスを討伐しているんだ」


「ボスって強いの?」


「ものにもよるけれど、少なくとも彼女達が戦ったボスを初見で攻略できるパーティは殆どいないんじゃないかな」


「へぇ……すごいんだなぁ」


「実力を示すだけの実績がある、配信チャンネルの登録者数も30万人と人気がある、そしてまだ若い……つまり伸び代もある。これだけ揃ったパーティだ、多分他の企業も勧誘しているんじゃないかな?」


「そうなの!? でもそんなこと言ってなかったけど」


「守秘義務があるのか、金額面で折り合いがつかないのか。恐らく1年で数億円は稼いでいるだろうから、普通に社員として雇いますよと言われても彼女達に金銭的なメリットがなければ首を縦に振らないだろう」


「ユズキはそんなお金にがめつい子じゃ無いよ」


 大切な幼馴染を金に汚いオンナと言われた気になり、ヒカリは思わず反論した。


「ユズキちゃんはそうでも、他のメンバーはそうとも限らないだろう?」


 そう言われてヒカリは柚子缶の残りの3人を思い出す。確かに彼女達……特に自分にキツく当たったイヨという女性はそういう性格かもしれないなと勝手に納得する。


「じゃあお義兄さんはユズキに会社に来てもらうためにいくら出そうと思ってるの?」


「それはまだ決めてないけれど、できる限り彼女達の要望に沿えるようにするつもりだよ」


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 部屋に戻った男はカバンからパソコンを取り出す。


「まさか明日とはね。思ったより急だったが企画書自体はほぼ完成している」


 何せ他に仕事が無いのだ。4月からずっと柚子缶の動画――後輩に協会からコピー持って来させた鎌倉ダンジョン攻略のノーカット無編集動画や、最近の生配信のアーカイブ、イヨが上げた公開動画など――を見てきた彼は、ひとつの違和感に気付いていた。


「カンナが『広域化』できるスキルは一度にひとつまでのはずだ。そこまで詳しくスキルの詳細は公開しては居ないが、ミスリルナイトとの戦いを見る限り間違いない」


 複数スキルを同時に『広域化』できるとしたら、この戦いはもっと楽に勝てた筈だからだ。


「だが最近の生配信を見ると……ここだ」


 スローで再生、一時停止。


「このシーン、ユズキが『剣術』を使っている。ユズキは『剣術』スキルを持っていないからイヨあたりのスキルを『広域化』したと思われる。だが……」


 少しだけ動画を進める。画面の外からモンスターが吹っ飛んで来た。それに合わせてユズキが剣を振るう。



 勢いを見るに、明らかに何らかのスキルを用いた強い力で押し出されている。カメラのアングル的に押し出したのはカンナだが、このタイミングでは『剣術』以外のスキルは使えない筈だ。


「何かの弾みで剣を落としたのか、別のモンスターを斬ってる最中に飛び掛かられたか。いずれにせよこんな風に蹴飛ばしたと仮定すると、これは『格闘術』スキルの範疇だ」


 だけど柚子缶のメンバーに『格闘術』持ちは居ないはずだ。


「まあ公開していないだけて、だれかが『格闘術』スキルを使える可能性もあるが。そうだとしても『剣術』、『格闘術』、『剣術』と『広域化』するスキルを咄嗟に切り替えたとは考えづらい」


 また別の動画を見る。


「ここもだ。分かりづらいが、一度に『広域化』できるスキルがひとつだとすると、説明の付かない」


 ここも先ほどと同様に『短剣術』と『氷魔法』を同時に『広域化』できていないと説明がつかない。同じシーンを何十回と見た彼だけが気付いた違和感。


「『広域化』スキル自体が進化して2つ以上のスキルに同時に適用できる様になった可能性もある。しかしそうだとすると普段からそれを使わない理由が無い」


 男はパソコンを操作した。動画を閉じて企画書を開く。崖っぷちに追いやられた自分が返り咲く起死回生の企画。


「恐らく『広域化』で武器スキルを使うと、それを適用した人間はそのスキルを使える様になる。彼女達柚子缶は敢えてそれを公にしていないが、そう考えると一番しっくりくるからな」


 それが実現すればとんでもない事になる。彼女達……いや、カンナだけでいい。勧誘してこの企画が通ればまた出世街道に戻れる。次期社長すら夢でない。


「まだ俺の他に気付いているヤツはいない筈だ……。窓際に飛ばされた時はどうなることかと思ったが、運が向いてきたな」


― 『広域化』の活用によるスキル習得計画


 そう表紙に書かれた企画書を改めて確認しつつ、彼はほくそ笑んだ。

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