幕間1 札幌支部長の暗躍(前編)

 5月の連休が明けた探索者協会本部。ある職員が7月に対外的に協会の活動実績を発表するための資料作りをしていた。協会はダンジョンで得られる利益を不当に搾取しているという批判を浴びがちなので、年に1回は世間に対してその成果や会計をきちんと示さないとならない。


 とはいえこんな分厚い資料を事細かに見る人間も居ないし、マスコミはパラパラとページを流し見しつつ、ほんの小さな綻びを見つけては協会を叩くネタにしたがる。だからこそ資料を作る職員に求められるのはそういった綻びの無い無難な資料である。


 特に経理部などは金の使い道ですぐに責められるため、この時期特にピリピリしている。


 その点、この男性職員はだいぶ楽な部署であった。彼の担当する資料は協会員の保持スキルリストを確認して集計するだけ。意味のない数字であるとは思っているが、あまりに多くのスキル持ちを抱えているとそれだけで「有用な人材の囲い込みだ」と批判を浴びるので適正なんですよとアピールするためのページである。


 4月中に各部門が登録・更新する事になっている保有スキルリストを確認する。更新が漏れている支部があればその支部長に連絡して対応を催促するのも仕事のうちだ。


「更新していない部署は無し、と。今年は優秀だな。」


 なかなか更新しない上に電話をしたら「新人も採ってないし、去年と変わってないから入れておいてくれ」とまで言ってくる輩がいる年もあるが今年は全ての部署がきちんと入れてくれたようだ。当たり前のことを当たり前にやってくれるだけなのだが、それでも良い気分になる。


 あとはデータベースからダウンロードしたリストをマクロで集計してグラフ化すれば終わりだ。


「ん?」


 出力された保持スキル数分布の円グラフを見て疑問の声をあげる。


 スキル数1:95.6%

 スキル数2:4.1%

 スキル数3:0.2%

 スキル数5:0.1%


「5は無いだろ、5は。」


 全く何処の誰がこんなふざけた記載をしやがった。細かく確認すると札幌支部の探索者が10名、揃って『剣術』『短剣術』『格闘術』『槍術』を追記していることがわかった。


「全く、どんな間違え方をしたらこんな入力になるんだよ……。」


 とはいえ自分で勝手に修正するわけにはいかない。一応札幌支部長には「お宅の所属探索者が誤入力してますよ。」とメールを送り、自分の上司にもチャットで状況を伝えておく。資料は……。5のところを一旦「その他」にして作っておけばいいか。


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 それから1ヶ月ほど経って。男性職員は上司に声を掛けられる。


「おい、ちょっといいか。」


「課長。なんですか?」


「お前が作った今年度の協会活動報告書のページ、「その他」って一体なんだよ。」


「その他……?」


「保持スキル数分布の円グラフ。1と2と3と「その他」になってただろ。」


 ああ、と思い出した。そういえば前にそんな事があった気がする。というかその場であんたにチャットしただろうが、今更かよと思いつつもとりあえず謝罪した。


「それで「その他」って何?」


「これですね、スキル保持数が5になってる探索者が10人、札幌支部にいる事になってまして、気付いた時に札幌支部長とその秘書の方にメールしてるんです、間違ってますよって。」


「ああ、記載ミスか。漏れはあっても多すぎるのは珍しいな。」


「はい。でも彼らからのメールの返信は「問題無い。」って……。」


 その経緯も課長にちゃんとチャットで伝えたんだけどな。この人「口頭で言われても忘れるからチャットにしとけ」って言う割にいざチャットすると読まないから困るわ。そんな愚痴は心の奥にしまいつつ、上司に説明を終えた職員。


「問題無いわけ無いんだよなぁ。状況は分かった。まあこれ勝手に1に変えると俺たちが文句言われるし一旦「その他」のままにしておいていいや。ただ「1」にしたパターンの資料も作っておいて。来週出張で札幌に行くからその時に俺が支部長に確認するよ。それで確認取れたら別パターンに差し替えよう。」


「了解っス。札幌出張とか珍しいですね。」


「お前が代わりに行くか? なんかパートナーシップ制度を使いたいって言ってる探索者がいるんだとよ。その承認に向けての打ち合わせだよ。」


「パートナーシップ制度? 何でしたっけそれ?」


「ああ、やっぱりお前には任せられないな。管理職になるなら埃被ってるルールも知っておかないとならんから、勉強しておけ。……かくいう俺も札幌支部から要請が来て管理規定集を見直したんだけどな。」


「はは、課長も同じじゃ無いですか。」


「だが俺がお前と違ったのは電話口ではわかっているフリが出来たことだな。」


 課長はニヤリと笑って見せた。職員の男性は、この人のこう言うところがなんだかんだ憎めないんだよなぁと一本取られた気持ちになった。


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 さらに翌週、札幌支部にて。


「わざわざ御足労ありがとうございます。」


「どうも、お疲れ様です。」


 にこやかに挨拶を交わす札幌支部長と、協会本部 技能統括課 課長の2人。


「部屋は押さえてありますし、さっそく打ち合わせますか。」


 通されたのは応接室だった。


「会議室じゃないんですか?」


「こちらの方が外に声が漏れにくいんですよ。」


 札幌支部長はニヤリと笑うとPCを操作してモニターに資料を映した。


「今回ご相談したいのはこちらのパーティと札幌支部ウチでパートナーシップ契約を結びたいという事なんですが。」


「珍しい相談ですよね。正直言って最初に電話でご相談を受けた時にどんな制度だったかうろ覚えでしたよ。」


「ウチも初めてですからね。だからこそ事前に相談させて頂いて認識に齟齬が生じないようにしておきたいんですが。」


「まあ相談も無く申請を出されたら本部側もどうして良いかわかりませんからね。……それで、契約したいのが「柚子缶」というパーティだと。女性4人組で、それもずいぶん若い。予め調べて来ましたけれど、去年から彼女達にずいぶんと肩入れしているみたいじゃないですか。」


 課長は事前に柚子缶について調べてきた。その際に札幌支部がエルダートレントの素材買取時に便宜を図った事や、年明けには鎌倉支部経由でダンジョンコアの破片を3000億円で買い取った事を知った。


「コアの破片の3000億円の買取りはあくまで鎌倉支部からの買取だったので状況証拠ですけど、札幌支部さんが柚子缶から3000億円で買い取ったんでしょう?」


「はい、その通りです。」


「3000億円は今年度の特別予算から引っ張って来ているし、しかもそのコア自体は研究室に譲渡したわけでも無く札幌支部で保管中ときた。言い方は悪いですが、この若い娘達に援助をしているように取られても仕方ないですよ。」


「あくまでもビジネスのパートナーです。」


「周りからすれば、金の動きがそうは見えないと言っているんです。これまでは気付かれなかったと思いますが、パートナーシップ契約なんて珍しい事をしようとしたら確実に社内監査が入ります。翌年度の金を引っ張ってまで3000億円も払って使い道のないコアの破片を買った挙句、そのパーティとパートナーシップを結ぶなんて絶対に糾弾されますよ。」


 そうは言いつつも課長は、目の前の男がそれを分かっていないとは思わない。何より本当に若い探索者を贔屓していい思いをしようとしているならこんな目立つ事はしない。


「と、建前はここまでとして。どんな悪巧みをしているんですか?」


 課長が問いかけると、支部長は楽しそうに笑う。


「悪巧みなんて人聞きが悪い。順番に説明していきますね。まずコアの破片を3000億円で買った件について、個人的にはもうその分と投資回収は出来たと思ってます。」


「使わずに寝かせているんですよね?」


「コアの破片自体は。……話は変わりますが、うちの所属の探索者のスキル保有リストはご確認されてますか?」


「ああ、この話の後に修正をお願いしようと思っていました。去年まで1つしかスキルがなかったメンバーが『剣術』と『短剣術』と『格闘術』、それに『槍術』の記載まであったんです。それもひとりふたりの話ではない。」


「10人ですよね。」


「そうそう、10人も……なんだ、ご存知でしたか。だったらさっさと修正をしてくれれば良かったのに。活動実績として全国分の集計をしているウチの若いのが困ってます。」


「それが、修正は必要ないんですよ。」


「は? 何を言って……まさか!」


 課長の表情が驚愕に染まる。支部長は笑って答える。


「例えばの話ですが「任意のスキル」を「任意の人間」に「安全」かつ「確実」に習得させる事が出来るとしたら、その技術にはいくらの価値が付くでしょう? 民間企業がそんなサービスを開始したと仮定して、1つのスキルにいくらの値付けをするか。おそらく100億円はくだらないのではないでしょうか?」


 支部長の「例え話」に、課長は震えながら答える。


「た、確かにスキルは初めてダンジョンに入った時を除くと、ボスを討伐した際にその場に居た人間にごく確率でランダムなものが付与されるものですからね。それでも多くの企業や探索者が幸運を求めて危険を犯してボスに挑んでいる。「任意のスキル」を「任意の人間」に「安全」かつ「確実」に習得させる技術を確立できれば数兆円の価値はあるでしょうし、そんなサービスがあればスキル1つにつき100億円は高過ぎとはならないでしょう。」


 そのまま課長はブツブツと呟きつつ考えを整理する。


「まさか、ダンジョンコアの破片を用いてその技術を確立させた……いや違うな、そうであれば先のパートナーシップの話と結び付かない。」


 ごくりと唾を飲むと、課長は改めて訪ねる。


つまりそういう事ですね?」


 札幌支部長は満足気に頷いた。

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