第15話 『広域化』の可能性
「さて、ちょっと逸れましたけど話を戻しますか」
イヨが改めてユズキとカンナを見る。
「私達、柚子缶が今後どうしたらいいかですよね」
「はい。さっきカンナさんが例を挙げてくれましたけど、要はできる範囲で新しいことをするしかないんですよ。お二人のスキルはユズキさんが『一点集中』と『身体強化』と『障壁』、カンナさんが『広域化』。これであと何が出来るかって事ですね。もちろんワサビ入りロシアンシュークリームを食べてみた、なんて動画は論外ですよ」
「あくまで探索者としてって事ですよね。ユズキは何かある?」
カンナは隣に座るユズキに問いかける。
「ひとつ、考えてること……というか、今日の探索の中で思い付いたことなんだけど」
「お、何かありますかね?」
「ただ、私達2人だけじゃこれ以上検証は難しくて
遠慮がちに言うユズキ。
「内容次第って言ったらアレだけど、とりあえず聞かせて貰える?」
ハルヒが答えた。
「今日、ハルヒさんの『上級剣術』を『広域化』して使わせて貰ったじゃないですか。斬撃を飛ばすのが目的の広域化だったけど、剣を振ってて感じたのは正しい身体の動かし方がすごくよく分かるなって。カンナは『短剣術』だったけどそう思わなかった?」
「うん、思った。短剣を振るのに最適な動き方が勝手に分かるっていうか……私、テニス部だったんだけど、最初は素振りひとつとってもへっぴり腰で上手く振れないんだよね。それをたくさん素振りして、今度はボールを打って、少しずつ正しいフォームを覚えて行ったんだけど、『短剣術』は短剣を振るのが初めてなのに正しいフォームを身体が覚えてるような感覚だった」
「そう、すごくいい例えだと思う」
「まあそういう正しいフォームというか身体の使い方が分かるのが『剣術』とか『短剣術』みたいな武器スキルだからね。……それで、ユズキちゃんが検証したい事って?」
「例えば、『剣術』を『広域化』して正しい剣の振り方を身体に覚えさせますよね? そのあと広域化無しの状態で剣を振ったら「直前に身体に覚えさせた正しい動き」はある程度再現できると思うんです。カンナもそう思わなかった? 『短剣術』無しでも同じ動きが出来るかもなって」
カンナは昼間の感覚を思い出す。そして例えば今この場で短剣を持って同じ動きが出来るだろうかと考えた。――出来る。そう結論づけると、大きく頷く。
「だよね? ……マフユさんはどうですか?」
同じく『短剣術』を『広域化』して使ったマフユ。彼女も少し考えたあと「まるで同じとはいかないだろうけど、ある程度は再現可能だと思う」と答えた。
「『剣術』スキルを持っている人がそれを失う事は無いから、これって私達しか気付いて無いと思うんです。こういう武器スキルを『広域化』して身体に動きを覚えさせて、今度はスキル無しで実践してみる。最初は100%上手くは動けないと思うけど、何度でも正しい動きは「自分の身体」で確認できるから、見様見真似や誰かの指導で覚えるよりずっと速く正確に身体を使えるようになる」
「それってつまり、武器スキルが無くてもスキルと同じ事が出来るようになるって事?」
ハルヒの問いかけに頷くユズキ。
「身体の動かし方に限って言えば、です。でも武器スキルはそもそも「身体の動かし方が上手くなる」って効果ですよね? だったらそれをスキル無しで完璧に習得した時、どうなるんでしょう? ……我流剣術が『剣術』として、昇華されないですかね?」
「まさか!? ボスを倒さずにスキルを覚えるって事!?」
「武器スキルに限って言えばそれが可能なんじゃないかって思ってるんです」
信じられないと言った表情のハルヒ。ナツキがそこに自分の考えを加える。
「……意外と的を射ているかもしれない。ほら、ボス以外の雑魚モンスターを倒してスキルが覚醒するって天文学的確率で起こるらしいじゃない? あれももしかして雑魚を何万匹も倒すうちに徐々に武器の振り方が最適化されて、武器スキルと遜色無いレベルに至った時にスキルとして発現するのかもって思えば一応説明が付くわよね」
「だとしたら、私たちの場合は全員が『剣術』と『短剣術』を簡単に習得できる可能性がある……?」
ユズキは頷いた。
「私とカンナは武器スキルが無いので検証出来ません。だから、せっかくハルヒさんとナツキさんが覚えたスキルを簡単にコピーさせてもらうような形になっちゃうんですが……」
「そんなの全然構わないよ! 私とナツキが『短剣術』、アキが『剣術』、マフユとイヨが両方を覚えられたらとてつもない戦力アップになる!」
「本当に出来たらスキル習得におけるパラダイムシフトになる発見ね。動画も伸びるだろうし、ゆくゆく他の武器スキルを持っている人とコラボしてもいい……例えば『格闘術』スキルを持っている人に『剣術』を教える代わりにって条件をつければお互いウィンウィンだし」
「ユズキ、すごいじゃん! さっそくやってみようよ!」
歴史的発見に盛り上がる一同。カンナもこれならチャンネル登録者数が急増すると確信して、興奮気味になる。
だが。
「あのー、ちょっといいですか?」
イヨが申し訳なさそうに手を上げる。
「どうしたの? 動画にしても伸びないかな?」
「いや、伸びると思う。なんなら一気に100万人も夢じゃ無いような規模の話だとは思う。……だけど動画は作らない方が良いと思う」
「どうしてですか?」
動画作成を反対するイヨ。不思議に思って訪ねたカンナに、イヨは険しい顔で告げる。
「そんな動画を公開したらカンナちゃん、殺されちゃいますよ?」
------------------------------
大浴場には他の宿泊客もチラホラと居たものの、7人組が入ってきたのに気付くとさっさと上がっていった。
イヨの剣呑な発言に一気に空気が重くなってしまい、なんとなく誰も発言しなくなったためハルヒが「お風呂に行って気分を変えよう!」と提案したのだった。
セクシーなお姉さん方に裸を見られるのが恥ずかしくて端っこでコソコソと身体を洗うカンナだったが、その様子は逆にハルヒのイジワルな部分を指摘する。
(でもさっきユズキちゃんと付き合っているって言ってたしなあ……。)
そうでなければ後ろから抱きついて胸を揉みしだくくらいのセクハラはするが、さすがに恋人の目の前でそんな事をするほど人間終わってないしな、と自分を諌めるハルヒ。
アキは隣で一人ウンウン頷く姉を見て、何を考えているかわかってしまうのが悲しかった。とりあえず10歳以上年下の女の子にセクハラをするのは自重してくれたようで何よりだ。
大きい湯船に入り、自然と輪になる柚子缶+妖精譚。声が響くのでさっきの話の続きは出来ないが、逆に雑談に花が咲く。
「カンナちゃん、スタイルいいよね」
主にセクハラが。
「ふぇっ!?」
「ユズキちゃんもスレンダーな感じだけど、カンナちゃんは出るとこ出てて羨ましいわ」
「こら、姉さん」
「男の子にもモテそうだけど、ユズキちゃんは心配じゃ無いの?」
「あー……、確かに心配がないわけじゃ無いですねー……。修学旅行では何人も声掛けてきたらしいですし」
ユズキは温泉に入るとボーッとして思考が少しだけ足りなくなるタイプだった。深く考えずに本音をポロリと漏らしてしまう。
「あら、大変!」
「ユズキ! 変な事言わないでよ! 大体そんな身体目当ての人から声掛けられたって嬉しくないし、私にはユズキが、いる、から……」
勢いで反論したものの後半で赤くなってしまうカンナ。お湯に顔を沈めつつ恨めしそうにハルヒを睨む。
(てぇてぇ! まじでてぇてぇ!)
イヨはそんなカンナとユズキをみて「生きててよかった」と心の底から思うのであった。
------------------------------
「さて、スッキリしたところで第二ラウンド行きますか」
風呂上がり、コーヒー牛乳を飲んだせいで目が冴えた一行は妖精譚の部屋……もどったら布団が敷かれていたので、そこに車座になって座った。
「それでイヨ、なんでカンナちゃんの命が危ないの?」
「ハルちゃんお風呂で何考えてたの!? ガチでセクハラしか頭に無かったの!?」
てっきりお風呂の中で考えを整理したと思い込んでいたイヨは本気でびっくりする。
「『広域化』の効果が高すぎるから、でしょ?」
一方でマフユはちゃんと考えていた。
「さっきのスキル習得だけどカンナちゃんの『広域化』があまりにキーになり過ぎる。……これまでみたいに強いモンスターを狩るんだったらより上の探索者も自分なりの方法でそれが出来るけど、武器スキルだけとは言え任意のスキルを短期間で習得させる方法があるっいうのはそれを持たない他の全てのパーティから嫉妬される」
「まあそういう事だね」
「大企業なんかはカンナちゃんの取込みに奔走するだろうし、それが叶わなかったライバル企業は他が急成長するくらいならそのキーになる『広域化』の排除……つまりカンナちゃんを殺そうとしても不思議じゃ無いって事。高原、そうでしょ?」
「うん。そうなると思う。もちろんカンナちゃんを取り込んだ企業はそうなる事を恐れてガチガチに保護するだろうけど、それってつまり何処かに軟禁されるだろうってコト。どっちにしろカンナちゃんにとって明るい未来では無いよね」
カンナはブルリと震えた。自分のスキルがそんな大事になるとは思っていなかったのだ。
「そもそも『広域化』のぶっ壊れっぷりはこれまでの動画で散々示して来てるし、いつ大企業から柚子缶にヘッドハントが来てもおかしくは無いと思います。『一点集中』だってややピーキーですけど十分ぶっ壊れなスキルですから、2人まとめて勧誘を検討してる企業はあるんじゃないですかね」
「大企業からの勧誘、ですか……」
「正直勧誘に乗るのはお勧めしません。仮にどこかの企業がカンナさんを手に入れたらまず最初にやるのはスキルの検証。武器スキルの事も遅かれ早かれ気付くと思います。そうしたら先ほど言った軟禁生活真っしぐらですよ、多分」
「イヨちゃん、だいぶ脅すけどあくまで可能性の話でしょ?」
「そりゃそうですけど私が経営者ならそうしますもん」
「じゃあ仮に企業からスカウトが来ても断った方が良いって事ですね?」
「他の大手パーティからのスカウトも同様ですね。守ってくれる力が弱い分、情報が漏れて暗殺ルートに入る可能性が高くなるかと」
「ど、どうしようユズキ……。私こわいよ……」
「安心しなさい、私が守ってあげるから」
身を竦ませて震えるカンナの手をとるユズキ。妖精譚のみんなが居なければ抱き締めてあげたいところだが、流石に少し恥ずかしくて手を握るに留めた。しかし怯え切ったカンナはそのままユズキに抱き付く。
「ちょっ、カンナ……!」
「こわいよぉ……」
ブルブル震えて胸に顔を埋めるカンナを無碍に引き離す事もできず、困った顔でその頭を撫でるユズキ。妖精譚の面々は揶揄うでもなくその様子を見守る。……若干一名は心の内の興奮を隠すのに苦労していた。
「カンナちゃん、ユズキちゃん。そのままでいいから聞いてくれるかな?」
「……はい」
「もし良かったら2人とも、妖精譚に入らない? 今後、2人だけだと強引な勧誘や妨害があるかも知れない。正式なパーティになってくれれば、守ってあげることが出来ると思う」
唐突な勧誘に目を見開いて驚くユズキ。慌てて他の人を見るとみんな頷いていた。どうやらハルヒの思いつきではなく妖精譚の総意として、2人を勧誘しているらしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます