#022 『レインの思いと宣言』
「──君の、無茶についてだ」
カシュアの言葉に、ドキリと心臓が跳ねる。やはりその話だったか。
カシュアは咎めるような視線を向けながら、言葉を続ける。
『君は今日、【
「……」
『少しでも何かが違えば、君はあの場で死んでいた。ボクと共に世界中の迷宮を破壊して回り、ボクの身体を取り戻す手段を探すという契約上、無意味な無茶は避けたいんだ。これからずっと行動を共にし、君を導いていく上で、君の考えを知らない事にはボクも最良の選択肢を選び取る事が出来ない。──何故君はあの時、戦う事を選んだんだ? ……どうかボクに、今の君の気持ちを教えてくれないか』
カシュアの声音は至って真剣だ。恥ずかしがって変に誤魔化すより、本音で語るべきだろう。
ふうっと一つ大きく息を吐き出してからベッドに腰掛け、俺の思いを言葉にする。
「俺は──パラサイト・タイタンボアと戦ったあの時から、俺の理想と、カシュアの願いの為に生きるって決めたんだ」
『……』
膝の上で手を組み、カシュアの目を見つめながら続ける。
「
黙って聞いていたカシュアは、静かに首肯した。
『……なるほど。でもね、ボクは、“いつか勝てる”は別に悪い事だとは思わない。身の丈に合わない強敵に対しては、万全の態勢を整えるべきだからだ。行き当たりばったりの賭けに出るよりかは絶対に良い』
「……分かってる」
冒険者稼業において、一番大事なのは
目先の利益に飛びつき、欲をかいたあまり、全てを失ってしまう事は往々にしてある。
しかも、今回の場合は勝ち目の薄い相手に挑んでいるのだから、傍から見たら異常者としか思えないだろう。
カシュアは目を閉じると、深くため息を吐いた。
『知っているのなら尚更だ。命は失ったらそこで終わりなんだ。命を軽視した行動は今回限りに……』
「だって、
『……!』
カシュアが言っている事が正論なのは分かっている。俺の考え方が合理的じゃないのも分かっている。
それでも、これだけは譲れないんだ。
組んだ手を握りつぶす勢いで力を込めながら、言葉を吐き出し続ける。
「元々、実力不足を痛感してたんだ。元勇者のカシュアは勿論、同年代のセリカにだってあれだけ実力に差があると分かった。俺が死に掛けてようやく一匹倒せた
ああそうだ、結局はその結論に行き着く。
俺が憧れた英雄、勇者レクスに比べたら今の俺は余りにもちっぽけな存在だ。
勇者レクスやカシュアはSランク、セリカは少なく見積もってもAランク相当の実力者。
対して俺は、たかがEやDランク程度の魔物と交戦する度に死に掛けて、彼らとの距離を嫌でも感じてしまう。
「セリカが強くなれた理由は『憎悪』だと言っていた!! もしかしたら、俺なんかよりも遥かに悪い境遇だったのかもしれない! それでも、彼女はそんな状況を物ともせずに
唇を噛み締める。手にあらん限りの力を込める。激情のままに、思いの丈を吐き出し続ける。
「積み上げてきた努力も、磨き上げてきた実力も、俺なんかとは比べ物にならない! 彼女が血反吐を吐きながら自己研鑽していた時も、俺はのうのうと孤児院で過ごしていただけなんだよ!」
『……』
ベッドから立ち上がり、手を振りかざしながら叫んだ。
両親を失ってから孤児院に引き取られ、冒険者になるまでの間、俺は魔法の修行もしていなければ剣術を身に着けていたわけでも無い。ただ英雄に憧れ、闇雲に身体を鍛えていただけで、それを全く持って戦闘に活かせていない。
少しでも身になる行動を多くしていれば、今よりもずっとカシュアの役に立てて居たかもしれない。そう思うと、凄く悔しかった。
だからこそ、今の俺はその時のツケを支払う必要がある。『命』という、かけがえのない対価を。
「だからっ! ただでさえ出遅れている俺が、毎回死に掛けるぐらいのつもりで戦い続けなければ、彼女達との差を一生埋める事なんて出来やしない!! せめてセリカぐらいの実力を身に付けなければ、俺は、俺は──!!」
「俺はッ! カシュアの隣に胸を張って立つ事が出来ないッ!!」
『──っ』
自分の胸に手を叩き付けながら叫ぶと、カシュアはその綺麗な碧眼を大きく見開いた。
「カシュアが身体を取り戻した時、俺の実力が劣っていたら、確実に足手まといになる!! そんな俺を見限って一人だけで戦い続けるようになるかもしれない!」
もし、世界中の迷宮を破壊し終わるよりも先に、カシュアの身体を取り戻す手段が見つかったとしたら。その時に、俺がカシュアよりも遥かに実力が劣っていたら。
短い付き合いだが分かる。根は非常に優しいカシュアの事だ、別に構わないと笑って言ってくれるのだろう。けれど、カシュアでさえ苦戦するような相手が現れた時──彼女を誰が守ってくれるのだろう。
カシュアは俺の言葉に、慌てた様子で手を前に突き出した。
『いや待て、ボクは絶対君を見捨てなんかは──』
「そうじゃないとしても、俺の存在が足枷になるのが嫌なんだ!
だから、カシュアを守れる存在が俺でありたい。ずっと隣に居ると言った通り、彼女の傍で戦い続けたい。
今よりももっとずっと強くなって──誰もが憧れを抱く、英雄になりたい。
その思いだけは、誰にだって譲れない。
『…………レイン君…………』
言った、言ってしまった。顔が沸騰しそうな程熱い。けれど、これが俺の本音で全てだ。
少しでも強くなる為には、多少の無茶ぐらい乗り越えなければいけない。遠すぎる差を埋める為に、死ぬ気で努力しなければならない。
今は元勇者のカシュアという世界最強の師匠が付いてくれている。そんな恵まれた環境になったというのに、胡坐をかく訳にはいかない。
遅れたスタートを、カシュアの直接指導で補い、俺が命を賭して戦い続ける事でセリカ達との遠すぎる差を縮める。
それが今俺に出来る最良であり、英雄と呼ばれる存在に近付く為の必要最低限だ。
カシュアは暫く呆けたように口を開いていたが、やがて口に弧を描いた。
『……君は、そういう風に思ってくれていたんだね。……そうか。……まいったな、言葉が上手く出てこないや』
少し照れくさそうに笑いながら、カシュアは首筋に手を当てて俯く。
しばらくの間そうした後、こちらへと視線を戻す。
『……ふぅ。まず最初に言っておこう。ボクが君を見捨てるつもりなんて毛頭ないし、ボクが身体を取り戻した時に、君の実力が劣っていたとしてもそれをボクが補うつもりで居た。……でも、君はそれが嫌なんだね』
「ああ」
『頼れる相棒、か。……確かに、今からボクに追い付きたいのなら、命の一つや二つ……いや五つぐらいは投げ打つ覚悟じゃなければ追い付けやしないだろうね』
その言葉を聞いて、ひくりと頬が引き攣る。
五つって、命は一つしか無いんだが……。
だが、そんな泣き言は言うつもりはない。今よりずっと強くなれるのなら、その覚悟を決めるだけだ。
『でも君にはその覚悟があるという訳だ。──ならボクも、遠慮している場合じゃないか』
ゆるゆると首を振り、カシュアはにっと笑う。
『君の限界ギリギリを見極めて、最短最速で強くなれるように導こう。君が言い出したんだぜ、決して振り落とされるんじゃないぞ』
「──臨む所だ!」
『その意気だ。これからもよろしく頼むよ──ボクの相棒』
カシュアが拳を差し出してきたので、触れられないが、拳を突き合わせる。
胸の内でもやもやとしていた思いを吐き出せて、胸がスッと軽くなった。
ひょっとしたらカシュアはそれを汲み取って聞いてきたのかもしれない。……単に、俺が考え無しに動きすぎているように見えたから注意しただけかもしれないけど。
『ね、レイン君』
「ん?」
カシュアは俺の隣に腰かけると、こちらに顔を向ける。
『……
「才能……」
才能、と言われても思い当たる節が無い。思わず自分の掌を見つめて沈黙してしまうが、すぐにカシュアが補足する。
『君は孤児院で過ごしてきた日々を無駄な物として捉えていたけれど、決して無駄なんかじゃなかったんだよ。君は英雄に焦がれ、その姿や在り方に憧憬を抱き続けていた。その過程で培われた
「──え」
『魔法使いという存在は、言ってしまえば究極の夢想家だからね。想像力こそ、魔法使いの強さに直結すると言っても過言じゃない。そして、ボクは君の才能の片鱗をこの二日間で何度も見てきた』
カシュアはそう言うと、ドンと自分の胸を叩いた。
『魔法使いの到達点であるボクが保証する。君には魔法使いの才能がある。それに加え、君はあの鬼才──アルベルト・シュナイダーの血を引いてるんだからね。今から死ぬ気で鍛え上げれば、十分に間に合うとも』
「っ」
──アルベルト・シュナイダー。なんでカシュアがその名前を、と呟こうとしたその時。
「あの~」
コンコン、と扉を叩く音と共に、のんびりとした声が聞こえ、思わずビクリと肩を震わせる。
「はいっ!?」
「先ほどから騒がれているようでしたので。どうかされましたか?」
どうやら宿の従業員らしい。確かに大声を出し過ぎていた。
中に入られても俺が一人で叫び散らしていただけの不審者になってしまう。
慌てて言い訳を考えながら、扉の向こうの人物に謝罪する。
「あ、えっとっ……!! その、俺、役者を目指しててっ!! 演技に熱が入り過ぎて……!! その、ごめんなさいっ!!」
「ああ、なるほど……。演技の練習をするのは構いませんが、他のお客様もご利用されていますので、あまり大きな声で叫ばないようにお願い致します」
「はい……」
もしかしてさっきの宣言を聞かれていたのか。……滅茶苦茶恥ずかしい……!!
顔を真っ赤にして、口を引き結んでいると、一連の流れを見ていたカシュアが噴き出した。
『ふふっ、や、役者を目指してるって……!! と、咄嗟にしては良い言い訳だけども……!!』
笑いが堪えきれないとばかりに口元を押さえながら肩を揺らすカシュア。
そんな彼女にじろりと睨み、小さくぼやく。
「……悪いかよ」
『いや、確かに君の言葉には熱がこもっていたから納得してくれたと思うよ。……ボクも当てられてしまうぐらいにはさ』
カシュアが目尻に浮かんだ涙を拭っている様子を見ながら、はやる気持ちを押さえ、問いかける。
「それよりも、カシュア。……さっき、アルベルト・シュナイダーって言ったか? なんでカシュアがその名前を知ってるんだ?」
心臓が早鐘を打ち、喉が渇く。俺の想像通りの人物であれば、それは──。
『当然知ってるとも。何故ならアルベルト・シュナイダーは──君の
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