#020 『迷宮殺しの処刑』


「……【迷宮殺しダンジョンスレイ】の処刑だよ」


 言葉として聞こえているのに、その言葉の意味を理解するのに時間が掛かった。

 酷く喉が渇き、全身が底冷えしていくような感覚。自分の事では無いと分かっていても、それでもそんな感覚を覚えざるを得なかった。

 しばらくの間硬直していると、カシュアが心配そうに声を掛けてくる。


『……大丈夫かい?』


「……ああ」


 カシュアに声をかけて貰ってようやく、平静を取り戻していく。

 迷宮殺しダンジョンスレイ。その名の通り、『迷宮を破壊した』という大罪であり、俺達が為そうとしている事でもある。

 だからこそ、広場で行われようとしている出来事は、近い将来迷宮殺しダンジョンスレイを為した上で、それが発覚してしまった場合の俺の末路という訳であり、決して他人事なんかじゃない。

 思わず奥歯を噛み締めながら、目を細めた。


「……つまりこの騒ぎは、人が処刑されるって事を知って喜んで見に行ってるのか……?」


「いやいや、そんなカリエンテの剣闘試合でもあるまいし。ただ、【迷宮殺しダンジョンスレイ】を捕縛してきた執行騎士エグゼナイツ様を一目拝みたいって連中が騒いでるだけだよ」


 嫌悪感を隠さずにそう呟くと、騒ぎについて教えてくれた男が慌てたようにそう補足する。

 流石にそこまでこの国の住民の倫理観は終わっていなかったと安堵しつつも、処刑という残酷な行為を気にしなくさせる程度には執行騎士エグゼナイツの人気があるという事実に驚く。

 その言葉を聞いて、カシュアは顎に手を添えながら納得したように声を漏らした。


『……なるほど。執行騎士エグゼナイツが集まっていたのはそれが理由か』


「でも、重罪人の処刑とは言えこの国最強の騎士達が集まらないといけないぐらいの事なのか……?」


「そりゃあそうさ。なんたって迷宮殺しダンジョンスレイ】だぞ。あれだけ足取りが掴めなかった犯罪組織の構成員を捕えたんだ、大々的に処刑を告知するもんさ」


 その言葉を聞いて、ようやく俺と男の話が噛み合っていない事に気づく。


「……ん? 迷宮殺しダンジョンスレイって犯罪の名前じゃないのか……?」


「……知らないのか? ここ数年台頭してきた、犯罪者集団の名前だよ。神出鬼没で、その痕跡も全く残さないからこれまで一切手掛かりが無かったんだ。だけど、今回その構成員が捕まったって話だから、ここまで大事になっているんだよ」


 そんな犯罪組織があった事自体初耳だ。

 一応、カシュアに視線を向けてみると彼女は当然とばかりに頷いた。


『勿論知っているとも。けれど、【迷宮殺しダンジョンスレイ】の巷の評判は非常に悪い物さ。迷宮から産出される遺物を独占する為とか、迷宮内の冒険者達からの略奪目的、そもそもそれらの目的なんて無く、迷宮の破壊自体がただの愉快犯的犯行……なんて言われてたりする組織なんだよ。ボクが頼らなかった理由も分かるだろう?』


「……なるほど」


 その組織を頼る手は無かったのかとも思ったのだが、カシュアの言葉を聞いてロクでも無い集団である事が分かった。確かに、そんな連中に頼るぐらいなら自分で身体を取り戻して迷宮を破壊して回った方が百倍マシだろう。俺だってカシュアの立場ならそうするだろう。


 一通り知りたい情報は得られたので、俺は処刑が行われるという広場の方へと足を向ける。


「見に行くのか? 身なりから見て君は冒険者なんだろうけど、広場で行われるのは人の処刑だ。見ていて気持ちの良い物では無いと思うよ」


「さっき、迷宮で執行騎士エグゼナイツの方に助けられたので。もし会えたら、一言お礼をと」


「そうか。まあ、こんな状況だ。人でごった返しているだろうから、会えるかどうかは微妙だろうけど、行くだけ行ってみると良いさ」


「ありがとうございます」


 本当は既にセリカに対してお礼は言っているので、広場に行く建前なんだけどな……。

 少しの罪悪感を覚えつつも、色々と教えてくれた事に感謝してから、広場へと向けて歩き出した。


『……本当に行くのかい? さっきの彼が言っていた通り、人の処刑だよ。今の君には、余りにも刺激が強すぎると思うけどな』


「……分かってるさ。でも、これを見届けないと覚悟した意味が無い。……俺はそう生きると決めたんだから」


 拳を軽く握りながら、そうカシュアに告げる。

 【迷宮殺しダンジョンスレイ】という組織がロクでも無い物にしろ、俺はそのロクでも無い連中と同じ事をしようとしている訳だ。俺が辿るかもしれない末路をその目で見届けない以上、本当の覚悟は決まらない。

 カシュアは少し驚いたような表情をしてから、申し訳なさそうに頭を下げた。


『……ごめん、君の覚悟を踏みにじるような事を言ってしまった』


「謝らないでくれ。これは俺が勝手に決めた事だし、カシュアが責任を感じる必要はない。……それに」


 少し照れくさくなりながらも、カシュアの方を見て笑う。


「もし俺が世界を敵に回したとしても、カシュアだけは傍に居てくれるだろ?」


『……! 勿論さ。例え君が世界を敵に回しても、ボクは君の傍に居続けると誓おう』


 そんなこっ恥ずかしいやり取りをしながら、俺達は広場へと歩いていった。





 広場に辿り着くと、予想通り既に人で溢れかえっていた。

 普段は噴水とそれを囲むように椅子が設置されているだけの広場だが、見慣れない建造物があった。

 台座に上がる為の階段があり、台座の上には恐らく人を固定する為の装置と、その上に鎮座する金属の刃。

 迷宮殺しダンジョンスレイという大罪を犯した人間を、斬首する為の処刑台だ。

 それを見て、思わずぐらりと眩暈のような感覚を覚えた。

 だが、すぐに一つ深呼吸をしてから、再び処刑台へと視線を向ける。


「見て! 執行騎士エグゼナイツの方々よ!」


 その時、広場に居た人の一人が声を上げながら指を指すと、他の人達も一斉にそちらへと視線を向けて黄色い声を上げた。

 俺もそちらへと視線を向けると、白を基調とした鎧を身に纏った騎士達が、五人程歩いてくるのが見えた。

 その中には先ほど出会ったばかりのセリカの姿もあった。迷宮内で会った時の人当たりの良さそうな雰囲気は鳴りを潜め、鋭く、冷淡な雰囲気を纏いながら歩いていく。

 その後ろを、頑丈な手枷を嵌められた男が歩いている。恐らく、あの男が【迷宮殺しダンジョンスレイ】という犯罪組織の構成員なのだろう。

 執行騎士エグゼナイツの面々が処刑台へと上がり、広場の人々の視線がそちらに集中する。

 そして、眩い金髪の騎士が、一歩前に出た。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。私は執行騎士エグゼナイツ第一席、メルク・ラルフォンです」


 その言葉を聞いて、広場の人々から再び黄色い声が上がり、中には涙を流す者まで居た。

 俺も、その雄々しい姿を目に焼き付ける。

 執行騎士エグゼナイツ第一席。あれが、最も勇者に近い実力を持つと言われている騎士。

 いずれ、俺の目の前に立ちはだかるかもしれない、そんな彼の姿を凝視する。


『……彼が第一席? ……ボクが最後に見た時はもっとやる気の無さそうな男だった筈なんだけど……引退したのかな?』


 一方、カシュアはそんな事を呟いていた。

 カシュアは勇者と魔王の決戦から五年経って意識を取り戻し、それからまた五年経っていると言っていたから、その間の記憶との相違があるのだろうか。

 カシュアにその事について聞いてみたかったが、後でも良いだろう。

 金髪の騎士、メルクは場が落ち着くのを待ってから、再び口を開く。


「迷宮が誕生して十年。それと同時期に行われた教皇猊下の代替わりに伴い、迷宮に関する法整備も各国と協議しながら進めてきました。迷宮こそ魔王が産み出した物と言えど、勇者レクスの手によって魔王が討ち滅ぼされ平和になった今、各地に誕生した迷宮は各国の財産となり、そこから産出された遺物によってこの国は目覚ましい発展を遂げました。……故に、迷宮を破壊するという行為は国の衰退を促しかねない大罪なのです」


 メルクが視線で合図を送ると、ガシャ、と重厚な音を立てて男が前に突き出される。

 厳重な手枷によって繋がれた男は、無気力そうな瞳をこちら側へと向けてくる。


「本題に入ります。皆さんもご存知でしょう。各国に甚大な被害を与えてきた犯罪組織、【迷宮殺しダンジョンスレイ】。今回、我々はその構成員を捕らえる事に成功しました」


 それを聞いて、広場の人間達はおおおっ!と声を上げる。

 先ほど色々情報を教えてくれた人が言っていたように、これまで足取りが掴めていなかった犯罪組織の構成員を捕らえたからこその反応だろう。


「残念ながら、組織の所在やその他の構成員についての情報は聞き出す事は出来ませんでした。ですが、こうしてその尻尾を掴んだ事にこそ意味がある」


 メルクはそこで拳を握ると、鋭く目を細めながら、声を低くする。


「恐らくこの広場にも居るのだろう。大罪人である彼を奪還しようと目論む【迷宮殺しダンジョンスレイ】の構成員。あるいは、将来迷宮を破壊しようと企んでいる愚か者が」


 その言葉を聞いて、心臓をドキリとさせる。

 ここで下手な反応をすれば、執行騎士エグゼナイツに怪しまれてしまう。

 そんな俺の反応を察してか、カシュアは何も言わずに俺の肩に手を置いた。


「これは言わば見せしめだ。迷宮を破壊するという大罪を犯した者の末路はこうであるとその眼に刻め。いつか必ず、我々執行騎士エグゼナイツは【迷宮殺しダンジョンスレイ】の構成員全てを捕らえ、正義の名の下に断罪する!」


 そう言うと、メルクは腰に下げていた剣を抜き払い、高々と掲げた。

 それを見た広場に集まっていた観衆の熱気が高まり、たちまち歓声が上がる。

 その熱が失われない内に、メルクが手で指示を出し、騎士達の手によって処刑台に男を固定させる。


「それでは処刑を開始する。最後に、何か言い残す事はあるか?」


「……あるさ、最後ぐらい好きに言わせやがれ」


「そうか。なら発言を許可しよう」


「ひ、ひひひひひひひひひひひッ!!」


 無気力そうな瞳をしていた男は、それまでが嘘だったかのように目を爛々と輝かせ、狂気的なまでに笑い出した。

 傍に立っていたメルクが怪訝そうな顔をしながらも、律義に男が笑い終わるまで待った。

 そして、【迷宮殺しダンジョンスレイ】の男は、唐突に真顔になるとゆっくりと話し出した。


「【迷宮殺しダンジョンスレイ】の事をイカれた集団だと思ってる連中に警告する。──。以上だ」


(…………は?)


 男の言葉を聞いて唖然とする。

 その言葉に込められた意味は何なのだろうか。

 思わず人々をかき分けて、男の下まで行ってその真の意味を問い正したい所だが、それよりも先にメルクが指示を出す。


「処刑を執行しろ」


 極めて冷たい声を合図に、処刑台の刃が降ろされる。男は、眼を閉じると、最後に何か悔やむような表情をしながら、斬首された。

 歓声と悲鳴が入り混じる中、当初の目的であった覚悟を決める為の見届けなんて思考の隅に追いやってしまう程、俺の脳内は先ほどの言葉に支配されてしまう。


(イカれているのはお前らの方……か)


 結局、広場から人気が無くなるまで、俺はその場で立ち尽くしているのだった。

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