第3話 奴隷契約
周りの者はあっけに取られている。ここにいる一同の動き、いや思考全体が止まっている。そんな中、ビッグハムを乗せていた馬が「ヒヒ~ン!」と鳴きながら「ジャボジャボジャボ!」と小便を垂れ流したことにより、皆の思考が再び動き出した。
「ど、どう言う事なんだい!あんな素敵な旦那が、メルみたいなゴミムシを!それに何だい!愛の告白みたいじゃないかい!あんなゴミムシ!ゴブリンと交尾している方がお似合いだろう!」
「しっ!あんた聞こえるよ!もうメルはあの殿方のものだよ!今、意思表明をしただろう!」
メルの悪口を言った者の口を、隣の女が慌てて塞いだ。
「殿方と殿方の奴隷の悪口を言うのはご法度だよ!役人に連れて行かれて、鉱山送りになりたいのかい?あんな素敵な殿方だよ!心が傷ついたと役人に報告されてみ!打ち首の刑になるよ!あんた間違いなく死ぬんだよ!」
先程メルのことを「ゴブリンと交尾」と聞き捨てならないことを言った女性は真っ白な顔になり、俺の前に駆け寄っていた。
「ひ、ひ~ぃ!だ、旦那様!す、すみませんでした。も、もう言いませんから。役人様には、言わないで下さい!」
さっきのメル以上に必死な形相で、
本当に俺が傷ついたと言えば、それなりの刑になる様だ。
「もういい。とりあえずビッグハムじゃなかった、ライメイ!メルとの契約とやらを行ってくれ」
メルに悪口を言った女性を放って置き、ビッグハムに早く奴隷契約を行う様に促した。俺の持ち物、言い方が悪いが俺の奴隷と分かれば、言葉や直接的な暴力を受けることは無くなるだろう。
「は、はい。お手数ですが私の奴隷商会にまでお越し下さい。そこででしか奴隷契約が行えませんので。メルの身は銀貨一枚で結構ですし、ご気分を悪くさせたお詫びです。契約の際の手数料も勿論頂きません」
凄い世界だな。男性が相当優遇されている様だ。ここで駄々をこねたらどうなるんだろう?悪い俺が顔をのぞかせたので「たったそれだけなのか?」そう一言、ビッグハムに投げつけた。
するとビッグハムは俺の前で慌てて土下座をし、「好きな
まああまり虐めるのもよくない。ここいらで身を引こう。「分かった。早速ビッグハムの商会に案内をしてくれ」
もうライメイと言う本名も、忘れかかっている。
「ビッグハムなんてそんな誉め言葉」と下を向き照れていた。あべこべだからこの言葉も誉め言葉になる様だ。改めて不思議な世界に来てしまった。
「あ、あ、ありがとうございます。旦那様には何とお礼を述べたらよろしいのか。私は、メルは幸せ者です」
メルは俺に向かって土下座のまま、頭を何度も上下させながら涙を流した。俺の奴隷になる事が幸せなのだろうか?日本の考え方からすると何とも言えない気分になるが、今の境遇よりは幸せにすることはできそうだな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後ビッグハムの奴隷商会で、俺はメルと血の契約を結び、メルは正式に俺の奴隷となった。
奴隷契約の説明を適当に聞きながらメルの外見を見つめていた。風呂などに入れてもらえないのだろう。いや身体を拭くことさえも。肌や髪の毛が薄汚れていて、髪はぱさぱさ。それでも美しい。何度見ても綺麗だな。ただなぁ...。
「ビッグハム。あの首輪は何とかならないのか?」センスのかけらもない真っ黒で幅が10cmほどある、冷たそうな鉄の首輪を見て聞いてみた。
あんな重々しい首輪をしていたら、地球には連れて行けない。地球に戻った瞬間、間違いなく俺は捕まる。両親や妹に迷惑をかける訳にはいかない。
「あることはありますが。首輪にお金をかけるのは、社交場に連れて行く貴族向けの奴隷達です。あまり戦闘用や雑用の奴隷には気にかけたことがありませんでした。すみませんでした。どうぞあちらの棚からお好きな物をお選び下さい」
指定された棚を見みると、様々なお洒落な首輪が飾られていた。それらの価格は銀貨二枚から銀貨五枚で、日本円に換算すると二万円から五万円ほどだった。このぐらいの値段なら、ゴブリンが残した瓶の中にはまだ大量のお金が残っている。それならば...。
「今回は僕が払う。メルに僕からのプレゼントだ。本当は解放してあげたいのだが、無理だからせめてもの気持ちだ。好きな首輪を選んでくれ」
そうメルに伝えると、非常には驚いた表情をして俺の方を見てくる。勿論ビッグハムも驚いている。メルは顔でも拭いて待っている様にと渡したタオルを、大切そうに握りしめている。
「では首輪をすべて見せてくれ」俺は首輪をすべてカウンターに並べさせ、メルを呼び寄せた。
「メル。どうしても首輪をつけないといけないらしい。だから好きな物を選ぶんだ。これは命令だ」
メルはタオルを握りしめたまま、おろおろとしている。「は、はい」と恐る恐るメルは首輪を端から見つめている。メルはその中の一つを食い入る様に見つめた。
伸縮性のある革に、おしゃれな水晶をあしらった首輪だ。社交会用で、首輪というよりもチョーカーにみえる。
これにしよう。
「これを頼む」そう俺がビッグハムに言うとメルが「だ、旦那様!この中では一番高価な物です。この中では一番左の物が気に入りました!」
そのあとメルは「ぐっ」と呻き声をあげたが、必死に平然を装うとした。
「嘘をつくなメル。嘘はダメだよ。僕に嘘をつくと首輪が締まるんだろう?一番右の物が気に入ったんだろう?僕も水晶があしらわれた革の首輪が、一番メルに似合うと思う。だからこれにしよう」
「だ、旦那様。ほ、本当にありがとうございます。こんな素敵な首輪は一生付けられないと思っておりました。本当に不細工で、醜い肢体をしていますが、精一杯お尽くしいたします」
土下座をして泣きながら喜んでいる。でも不思議な感覚だ。どんなにおしゃれでも奴隷の首輪だぞ?まあメルが喜んでくれているし。俺もこちらの世界の感覚に慣れる必要があるかもしれないな。
そう言った後、新しい全身を覆うフードを貰い、メルに着せて商会を出た。
「そ、そのあ、ありがとうございました。ご、ご主人様」
「ご、ご主人様⁉」
メルが言った言葉に驚いて、大きな声を出してしまった。
「ひぃぃ!すみません。すみません」
メルは身をかがめながら殴られると勘違いしたのだろう。身をかがめぶるぶる震えている。
「ごめんねメル。そういう意味でなく、その照れくさいというか。ごめんね。ご主人様なんて言われたことないし。メルに暴力を振るつもりはないよ。だから頼むからそんなに怖がらないで」
「すみません。すみません。ではご主、い、いえ何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
そう俺の目をみつめて言ってきた。すごい真剣な表情だ。
「じゃあ智也で」
「無理です。そんな言葉を発したら、私は一発で首が閉まって死んでしまいます」
「な、ならと、智也さん」
「それも無理です。命の恩人様です。私の命よりも大切なお方に「さん」付けなど、絶対無理です」
すこし怒った様な表情で俺に伝えてきた。そんな表情身も可愛いな。
「この地方では奴隷が、名前に様を付けて呼ぶ文化はありません。周りから白い目で見られてしまいます。私は慣れていますがご主人様を巻き込む訳にはいきません。ですから無難に「ご主人様」が良いと思われますが?」
そうメルが俺に教えてくれた。「わ、わ、分かったけど。向こうの世界、いや僕の故郷に行ったら「智也さん」でお願い。いやこれは命令だ」
メルは渋々了承した。俺は話をはぐらかす様に、「メル、タオルを使って顔を拭いていいんだぞ。顔とか腕とか綺麗にしたいだろう?」
「いえ、こんな柔らかなタオル、貴族様でも使ったことが無いと思います。私には勿体ないです。使えません!」
メルって案外頑固なの?
後、ご主人様、そ、その、は、発言をしてよろしいですか。
メルは俺の顔を見て、怯えながら伝えてきた。えらくビクビクしている。
「私はこの後、どうなるのでしょうか?ゴ、ゴ、ゴブリンに犯されるのでしょうか?」
泣きそうな表情で、必死にメルは訴えてきた。そうだ勢いでメルを買ってしまったけどどうしよう?こっちの世界じゃ、メルの立場は最悪だしな。
腹立つよな。でもお地蔵様が言っていたのが分かった様な気がする。こういうことなんだな。不遇な処遇にあっている者たちを助けるって。
でも「能力100万倍」って何なんだろう?俺の能力や力が、すごく上がっている訳でも無さそうだし?どういうことなんだ?
「メル、大丈夫。そんなことはしないよ。いやさせないから。俺の家に来て少しゆっくりとしな。その後、家事とか炊事とか手伝いをしてくれる?
「え!わ、私がご主人様の身の回りのお世話をするのですか?」
「ごめん。やっぱり嫌だよね」
そうだよな。俺みたいな不細工の
世話なんかしたくないよな。ごめんよメル。
「い、いえ、め、滅相もございません!てっきりゴブリンに犯されるか、オークを倒すための盾にされるか、弓矢が飛んでくる罠の解除をさせられるか。それとも内臓でも売られるかと思っておりましたのて...」
そんなことしないって。全部死んじゃうじゃんか。
「それよりメル。まずお風呂に入って体を綺麗にしようか」
メルに話しかけると、いきなり俺たちの目の前に大きな三人組が、俺とメルを取り囲んだ。
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