海の色気
みずまち
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夜の海は何故こうも惹かれてしまうのだろうか。
海でお仕事をしていたお父さまによく、夜の海には近付くなと言われていた。
高校へ進学して女子寮へ生きて、親元から自立してから私は初めて親の言いつけを破り夜の海の砂浜へ立った。
「私はね、夕日がとっても魅力的に見える海なんです。まあ、ここで育ったあなたなら分かるでしょうけども。私が生んだサザエや鯛も、いつもとってもおいしそうに食べて下さっていましたよね。ふふ、嬉しいです。ずっとずっとここにいてください。ありがとう」
瀬戸内海という海は結構紳士的に見えて荒っぽい。
こうやって私においしい海鮮物を食べさせてくれたと思えば、渦潮のきつい渦を巻いて漢らしさを見せてくる。
私は勝手に瀬戸内海を彼と呼んでいるが、女性なのかもしれないし、中性なのかもしれない。
時々口にするサザエのしっぽの部分は苦みもってあなたの潮の香りをとてつもなく感じさせる。そう思えば女性なのかしら、と思ってしまう。
でも、でも。
あの夕日を照らす海の美しさを見せられたら母のような、ノスタルジックに浸されるので女性なのかしら、と思いふけってしまう。
嗚呼、嗚呼。
私は生まれた時から、育った今もあなたのとりこなのです、瀬戸内海。
あなたの海で生まれ育った今、自身の骨もあなたの海へ沈み眠りたい。
そう思うのは我が儘でしょうか。
――嗚呼、とうとう親の言いつけを破ってしまった。
いえ、実はこっそり小さな頃にお兄さまと夜の海へ足を進めた事がある。
そろそろと、素足の親指、付け根全体までに触れて来る海の柔らかな波に冷たさを感じ私は過去を思う。
その時は風が強く、普段見る明るく穏やかな波風は見えず、真っ暗闇の中強く私たち人間を拒むような波風の音を立てていた覚えがある。
側にいたお兄さまは恐怖心を感じなかったのか、いつも通りにその暗闇の海へと誘われるように進んで行った。
私は。わたしは、私はどうしても駄目で。夜の暗い海の音に恐怖してそこから一歩も動けなかった。
悔しかった。こんなに私はこの海の事を愛しているのに。
何故この海は男共の身体を受け入れるばかりなのだろうか。
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