下級怪異無断大量駆除事件

赤魂緋鯉

前編

「調査課の連中全部出払ってんのか……」

「どうも件数が多すぎるらしくてね」


 今回の事件は水卜みうら班だけでなく、狐二宮こにみやの班ほか捜査課は機動隊以外の全員が出動する、という大規模な体勢を敷かなければ間に合わない状態だった。


「ほーん? どれ……。うわ、600近くあんのか」

「まさに猫の手も借りたい、だにゃ」

「……」

「……」

「自分がねこだからだねー」

「説明をするにゃ。ワガハイが滑ったみたいではにゃいか」

「実際滑ってんだよこの毛玉」

「にゃんと!?」

「無駄話はいいから、だいふくは匂いでも探して?」

福丸ふくまるにゃ! あとそれはイヌの仕事にゃ!」

「ごめんなさいね。福丸」

「どっちでも良いだろ。うっせえぞおやき」

「モチ縛りでボケにゃくていいから……」

「しらたまー」

「それは団子にゃ」

「えー?」

「早くしないと受け持ち回りきれないでしょ」


 ゆるい空気感で無駄話する水卜、ユウリ、福丸へ、現場保存用の結界の前に立つ流音るねは、呆れ顔で早く着いて来るように手を振ってそう言う。


「へいへい。現場は逃げねえだろ」

「時間と犯人は逃げるわよ」


 ユウリから白い手袋を受け取って手にはめつつ、水卜は流音に続いて、薄暗く入り組んだ路地の中程に設置された結界の中に入る。


「もち米を使ったものがも――ギニャッ」

「わー」


 それに続いて、ユウリへ餅と団子の違いを説明していた福丸が、結界にぶつかって顔面を強く押しつけるハメになった。


「福丸。そのままじゃ入れないから」

「そうだったにゃ……」


 両前脚で顔を押える半泣きの福丸は、えいっ、と言って身体から煙を出し、腰まである長い髪の毛と、二叉ふたまたの尻尾が黒ブチ模様をした、ネコミミが生えている少女の姿に変化した。

 ちなみに獣体時の際、首に巻いていた布と同じ模様の、白地に茶色の矢絣の着流しという服装になっている。


「ほーん、なったばっかなのに人間体に変化出来んのかお前」

「ふふん。ワガハイはなかなか優秀な様でな」

「まあ、こうなるとほぼ見た目通りな人間ぐらいの力しかないんだけど」

「じゃあ普通だな。ユウリなら人ぐらいワンパンで殴り殺せるぞ」

「わんぱーん」

「んがくく……」


 胸元をポンと触って、誇らしげに胸を張った福丸だったが、実態を聞いた水卜に真顔で指摘されて、腕をゆるゆると突き上げたユウリをバックに眉間にしわを寄せた。


「どうでも良いけどコイツってメスだったんだな」

「そうそう。この子でっかいから私も最初見間違え……じゃなくて捜査して捜査!」

「自分がベラベラ喋ったんじゃねーか」


 実に楽しそうに愛猫自慢しそうになった流音は、途中で気が付いて、やや声を荒げつつ肩にかけたバッグから霊・妖力カウンターを取りだした。


「最初の現場通り、残留している霊力だけ高くて妖力は通常値ね」

「となると退魔師の仕業か。で、痕跡がこの折れた切っ先だけと」


 通信端末に送られて来ていた、鑑識課の計測した数字と報告を再度確認している流音の足元で、1の文字板の横に落ちている、2㎝ほどの刃こぼれが目立つ切っ先を水卜がじっくり観察する。


「どう? 見てなんか分かりそうなことある?」

「霊力をかなり感じるってだけだな。ちょっと気持ち悪くなってくるぐらいは」

「あー、なら私が色々やっとくから、アンタは離れたとこで待っててもいいわよ」

「おう、すまねえな」


 視線を下げて彼女の様子を見た流音は、その顔色が悪くなっていく様子に、離れるように合図しながら心配そうにそう提案し、水卜は小さく頭を下げてそれをのんだ。


「ひなっちだーいじょーぶー?」

「ちょっと離れりゃ問題ねえぐらいだ」

「そーおー?」


 心配そうに眉を下げるユウリに、横抱きに抱き抱えられた水卜はそう言って、余計な霊力を吸い出そうと、頭の方を持つ手からもやを出した彼女を制する。


「ああもう、残留霊力吸われちゃうじゃない。やめて」

「だとよユウリ」

「ほーい。しまいしまいー」


 急速にカウンターの数値が低下した様子を見た流音に、そのもやを指さして手でバツマークを出され、そそくさとユウリはそれをしまって結界の外に出た。


「おヌシの相棒も難儀だにゃあ」

「いろいろ霊的回路とかを改造された後遺症らしいのよ。……詳しい事は言われてないし聞けないけど」

「にゃるほど……」


 言いにくそうに顔をしかめる流音を見て、事情が何かおぞましいものである事を察した福丸は、それ以上は何も言わなかった。


「猫なのに好奇心は抑えが効くのね。――ここの辺り撮って」

「ほいにゃ。――あんな得体の知れない何かに殺されたくないからにゃあ」


 ユウリの中に入れられたときの気味悪さを思い出し、福丸は尻尾を太くして小刻みに身体を震わせた。


陽菜ひなはそんな情も何も無い子じゃないわよ。関心は薄いけど」

「それって、つまり情がにゃいのでは……?」

「分かってないわね。なんのかんの言いつつ私には何かとお節介よ、あの子」

「うーん……。人間ってわかんにゃいにゃあ……」


 ?マークが頭上に浮かんでるような顔で、首をふんにゃりと傾げる福丸に、まあそのうち分かるわよ、と流音は現場を舐めるように観察しつつ、柔らかい表情でそう言った。


「ヘーックショイッ!」

「風邪のヤつー?」

「多分どっかの誰かがうわさ話でもしてんだろ」

「ホへぇー」


 その頃、核透視を私用している水卜と、怪異体になってその手に彼女を乗せているユウリは、水卜に思うところがあり、上空から周辺に居る怪異の数を確認していた。


「おーん。無害レベルの下級怪異すらまるっきりいねえな。大祓おおはらえでもうろちょろはしてんのに」

「へンだネー。そんナにつまミ食いしタのカナー?」

「ここら一帯をいっぺんに食えるのはお前だけだ」

「それモソうダねー。お腹イっぱいにナっちゃうかラ、そんなニは要らナイけど」

「そんな概念あんのかよ」

「気分ノ問題かナー?」

「そうか」


 辺りを見回しても、核を1つも確認できなかった水卜は、目を閉じて息を吐き核透視を解除した。


「となると、どこぞのアホ退魔師が無闇むやみに駆除してんので確定だろうな。まったく、無駄な仕事増やしやがって……」

「眠たイ?」

「おう……。とりあえずパトカー戻っとけ……」

「おいサー。温カいのイるー?」

「頼む……」

「おまかセー」


 長時間かつ広範囲へ力を使った反動で体力が限界になった水卜は、ゴロリと横になってそれだけ言うと、ユウリに出してもらった毛布にくるまって昼寝を始めた。


「どこ行ってたの?」

「ひなっちが見たいっていうから上だよーマナティー」

宇佐美うさみね。もうどこが近いのよそれ。で、どうだって?」

「あのねー」


 ユウリはちょっと抽象的に、水卜が言っていた所感について、丁度パトカーに戻ってきていた流音へ説明する。


「まあ、そうなるわね。……居なさすぎてもダメって分からないのは、どこにでもいるものね」

「寒いから中入れてにゃあ……」

「あっ、ごめんなさいね」


 頭が痛そうにかぶりを振って呆れ顔でそう言いつつ、流音は寒がっている福丸のために車のロックを開け、水卜を乗せるために後部ドアも開けた。


「さむさむ……」


 素早く福丸が助手席に乗り込みドアを閉め、獣体に戻って丸まったところで、


「……」


 竹刀を入れる袋を背負ってフードを被った灰色パーカー姿の青年が、パトカーの止めてある、すれ違いがギリギリできる路地に幹線道路側から入ってきた。


 妙に気配がない青年は水卜たちに視線を一瞬だけ向け、その無愛想な顔のままその場を通過した。

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