第7話 北ベルジア海海戦

西暦2026(令和8)年/大暦2026年2月21日 ベルジア王国北部沖合


 現地にて北ベルジア海と呼称されている海域に、13隻の巨艦が浮かぶ。アンドレイ・近藤中将率いる防衛軍海軍第1艦隊は、7日前にポルト・ワイトを発ったローディア帝国艦隊を待ち受けていた。


 第二次世界大戦後に、スターリンのごり押しで建造されたスターリングラード級重巡洋艦にして、供与後は海軍の貴重な対地火力支援役として重宝された戦艦「いわみ」を旗艦に、改グズネツォフ級重航空巡洋艦として国内建造された空母「そうや」を、2隻の巡洋艦と8隻の駆逐艦が囲む。その後方には補給艦「とわだ」の姿もあり、万全の態勢で出迎えようとしている事が伺えた。


「提督、「そうや」より通信です。〈ソコル・グラザ〉2番機が敵艦隊を捕捉。方位3-5-8より、10ノットで東進中との事です。数は途中で増援と合流したためか、400隻以上にまで膨れ上がっているそうです」


 「いわみ」の戦闘指揮所CICに乗組員が報告し、近藤はニヤリと笑む。


「フム…「そうや」に通信。直ちに艦載機を上空に展開させ、上空で待機させよ。先んじて攻撃を仕掛けてもよいが、恐怖というものは常識の範囲内で目に見える距離で起きるからこそより効果を増すものだ。敵が航空戦力を上げてきたのを確認した後、一気に殲滅して制空権を掌握する」


 命令に応じ、「そうや」の甲板上が慌ただしくなる。旧ソ連のアドミラル・グズネツォフ級重航空巡洋艦の改良型である「そうや」は、発艦方式に原型のスキージャンプではなく、西側と同様の蒸気カタパルト方式を採用している。そしてこの艦には、スホイSu-33〈フランカーD〉艦上戦闘機のライセンス生産機であるVa-15〈モーリェ・アリョール〉が24機搭載されている。艦首に2基、左舷のアングルドデッキ上に1基装備した蒸気カタパルトを用いて30秒間隔で発艦していき、10分程度で24機全てが空に上がる。


 そして2隻の巡洋艦からは、警告を発するべく計4機のVa-18〈ズィモロドク〉対潜哨戒ヘリコプターが飛び立つ。カモフKa-28〈ヘリックス〉のライセンス生産機である本機は、カモフ社製ヘリコプターのトレードマークである二重反転式メインローターにより、小柄ながら高い飛行性能を有する。特に日本での新規製造型であるJM3型は、国産のセンサーやコンピュータ等で構成されたアビオニクスを持ち、西側の対潜哨戒ヘリコプターに比肩する能力を持っていた。


 そして4機は、対海賊警戒任務用の装備である大型スピーカーをスタブウィングに取りつけ、西の空へ飛んでいった。


・・・


「素晴らしい光景だ。まさに最強と呼ぶに相応しい」


 艦隊旗艦を担う戦列艦「バルサー」の船楼上にて、サラク提督はそう呟く。今彼が率いるローディア帝国海軍北洋艦隊は、ベルジア王国の港町サルバを占領し、制海権を掌握する事を目的に進んでいる。その陣容は戦列艦50隻、飛竜母艦10隻、フリゲート艦190隻、揚陸艦200隻の450隻。揚陸艦には2万の陸軍将兵が乗艦しており、港町一つを落とすのに十分すぎると言えた。これならイスディア大陸の列強国にも勝てるだろう。


「それにしても、陸軍の者どもは情けない事ですな。飛竜騎士団の手を借りずに意気揚々とアシガバードへ攻め込んだと思えば、2万もの損害を出して後退するなど…」


「そう『陸』の者どもを虐めてやるな。油断というものは常に生まれるもの。まして我ら海軍は、時にはこの海そのものが敵となりうる事があるのだ。常在戦場の覚悟で進めば、必勝は得られよう」


「そう、ですな…」


 と船楼上で艦長とやり取りを行っていたその時、東の空からパタパタという奇妙な音とともに、奇怪な形状をした飛行物体が複数現れる。そしてそれらから、帝国の公用語が飛び出してきた。


『こちらは日本国海軍である。此度はベルジア国王バース7世の要請を受け、集団的自衛権に基づいて支援を行っている。貴殿らの船はベルジア王国の領海を侵犯している!直ちに現海域より立ち退きなさい!繰り返す、貴殿らの船はベルジア王国の領海を侵犯している、直ちに立ち退きなさい!』


 突如現れた鉄の甲虫から聞こえる、ニホンという国の軍隊を名乗る集団による大音量の警告に帝国の兵士は動揺を露わにする。旗艦で「バルサー」の甲板に立つ兵士達も例外ではなく、巨大な羽虫が発する羽音が彼らの腹の底に響き、それが益々彼らの不安を煽っていた。


「なんだ、あれは?」


「竜でもないぞ!まさか敵の新兵器か…!?」


 兵士達は未知の飛行物体を指差しながら、口々に不安を口にする。だが、サラク提督は、警告に聞く耳を持たなかった。


「…本国からの打信やロイテルのラジオ放送で聞いてはいたが、随分と我らを無礼なめてきておる。領海を侵犯しているから帰れ、だと?これから我が国の領土となる野蛮人の地なのに生意気であるな」


 彼は吐き捨てるようにそう言うと、動揺している兵士達に向かって叫び、彼らを鼓舞する。


「皆の者よ、恐れるな!所詮極東の新興国の力などたかが知れている。いずれこの『東方世界』の覇者となるローディア帝国が、この大東洋で負けることなどありはしないのだ!」


「おおっ…!!」


 指揮官から与えられた鼓舞に、兵士達は動揺を断ち切るように呼応する。サラク提督率いる北洋艦隊は、飛行物体の警告に耳を貸すこと無く、ベルジアへ足を進めていた。相手はこれ以上の警告は無駄だと判断し、東の方角へと飛び去って行った。


 そしてその数十分後、サラクを含めた旗艦「バルサー」の兵士達は、水平線の向こうに敵の姿を捉えた。


「な…何だあれは!?」


 兵士たちの間に再び動揺が走る。まだ自分たちからは15キロメートルは離れているであろう水平線の上に、距離感を見誤る程の『巨大な灰色の艦』が、実に12隻も鎮座していたのだ。敵の姿を目の当たりにしたサラクは、魔法通信機を通じて、各艦に指示を出した。


「竜母全艦に告ぐ、直ちに飛竜騎を発艦させよ!狼狽えるな、ただの見かけ倒しだ。まずはあの目立つ灰色の艦に炎を浴びせてやれ!また各艦は風力全開!速力を上げよ!」


 指揮官の命令を受けて、飛竜母艦の甲板上に12騎程度のワイバーンが現れる。そして10隻の飛竜母艦より矢継ぎ早に発艦していき、計120騎が上空に展開した。このワイバーンは時速350キロメートルの速度を誇り、火炎弾攻撃も原種のワイバーンより強化されている。現在本国では、生殖機能を維持したまま能力を向上させた改良種と、それらを配合させて生み出した新たなワイバーンの開発・配備が進められているという。


 さらに各艦に乗船している魔術師達が、マストの前で呪文を唱えながら自らの魔力をマストに内蔵している魔法具へ流して風へ変換し、それを軍艦の帆に向けて飛ばしている。魔法によって生み出された風の力を得た帆走軍艦の群れは、15ノットを超える速度でベルジアへと近づく。


 一方でその上空。120騎ものワイバーンを率いる竜騎兵カロスを先頭に、各騎は編隊を組み、攻撃体勢をとりながら向かって接近する。そしてある程度の距離まで近づいたところで、彼らは初めて敵艦の規格外な大きさに気付いた。


「…俺の目がおかしくなったのでは無いよな?何という大きさだ!」


 海に浮かぶ要塞とでも評すべきその姿を見て、カロスは堪らず言葉を漏らす。その時、前方の空から目にも留まらぬ速さで、『槍の様な飛行物体』の群れが接近していることに気付いた。


 『槍』の群れは、攻撃態勢を整えつつあった竜騎隊の1騎1騎に余すことなく激突した。それらは猛烈な爆発音と閃光を放ったかと思うと、直撃した者は残らず相棒もろとも肉片と化して海へバラバラと落ちていったのである。


「な、なんだ、今のは…!?」


 カロスは目を疑った。他の騎も動揺し、空中で立ち往生している。だが、彼らが狼狽している内に、謎の『槍』の群れが再び現れ、それらは第2波攻撃として彼らに襲いかかった。


 再び爆音と共に、20騎を超えるワイバーンが無数の肉片となって海に落ちていく。仲間達が恐怖に染まる中、カロスは『槍』と同様にとてつもない速さで近づいてくる物体に気づく。


「あれは竜騎か?いや…違う!」


 未知の飛行物体が自分達を遙かに超える速度で接近する。それらはある程度こちらまで近づくと隊を成して急上昇し、その後も編隊が乱れることなく一列になって飛竜騎部隊に向かって急降下する。カロスはその曲芸ともいえる飛行に呆然としながら見入っていた。


「嗚呼…何と!あの高速でこのような飛行が可能なのか…!」


 カロスが驚くその合間にも、未知の飛行物体は火を吹きながら飛ぶ白い『槍』を放つ。仲間の飛竜騎を撃墜したものの正体であろうそれらは、恐ろしい程の高速でこちらへ飛んでくる。


「か、回避…!」


 カロスの命令を受け、各騎はとっさに四方八方に散る様に逃げようとする。が、『槍』の群れは各個が各竜騎に向けて方向転換し、これらを追尾する。


「ば、莫迦な!」


 信じがたい光景に、カロスは叫ぶ。その直後、彼は爆音とともに海に消えた。指揮官が戦死した後も攻撃は続く。8発全ての空対空ミサイルを使い果たした〈アリョール〉は30ミリ機関砲によって平均2騎を撃墜し、1騎残らず叩き落としていく。こうして120騎の飛竜騎は、空対空ミサイルと機関砲により撃墜され、呆気なく全滅した。


・・・


 近藤以下、旗艦「いわみ」の艦隊司令部に身を置いていた幹部達は、〈モーリェ・アリョール〉の戦闘狩りをCICから眺めていた。実質的な戦闘時間は10分程だったが、敵は全て空から消えた様に見える。


「「みかさ」より報告、レーダーより敵機の反応消失」


「〈ソコル・グラザ〉より通信、敵機全機の殲滅を確認。「そうや」航空隊、帰投します」


 各方面から届けられた報告から、制空権を無事確保したことを確認した近藤は、次の攻撃に向けて動き始める。


「次の敵は戦列艦だな。200年前の軍隊を相手にする様なものだが…敵の数は?」


「各艦の対水上レーダーによる観測では、400隻程が確認されています。全て撃沈しますか?」


「いや…前列のみを叩き、戦意をへし折る。全艦、前進。艦砲の必中距離に入り次第攻撃開始せよ」


「了解しました!」


 「いわみ」艦長のマカロフ大佐は、敬礼を以て指揮官の命令を受け取った。その命令はすぐに全艦へと通達され、各艦は敵艦隊に向かって進み出した。


『各艦、標的の振り分けが完了しました。敵艦隊との距離、凡そ1万3千』


 敵との距離を詰める間、各艦で標的が重なって無駄弾を出さない様に、艦砲を持つ1隻の艦が狙うべき標的が、データリンクによって的確に振り分けられる。CICの指揮官たる船務長から、艦内通信を介して報告を受けた近藤は、少し考える素振りを見せると各艦に向けて命令を発した。


「距離1万に入り次第、砲撃開始。我が海軍の火力を見せつけよ」


 それが合図だった。射撃指揮装置FCSによって管制されている各艦の艦砲が動き出す。それらは寸分の狂い無く最初の目標となる敵艦に弾道を定め、そして一斉に砲弾を発射した。


・・・


 瞬く間に海の藻屑と消えた飛竜騎の無残な姿を目の当たりにした各艦の兵士達は、まるで死んだ魚の様な、茫然とした表情を浮かべていた。


「…俺達は夢でも見ているのか…?」


 一人の兵士が声を絞り出す様に呟く。彼らが知っているベルジア王国軍は、貧弱な海上戦力しか持たない亜人の劣等国であり、航空戦においても、魔法で強化を施した飛竜騎で容易く勝てると踏んでいたのだ。


 ところがどうだろうか、敵が繰り出して来た『空飛ぶ剣』の群れは、帝国軍が誇る竜騎隊を一方的に蹂躙し、殲滅したのである。サラク提督を含め、帝国軍の将兵達は、目の前で繰り広げられた一方的な惨殺を、現実として受け止められないでいたのだ。


 とその時、目前に横一列に並ぶ様に展開する巨艦が瞬く。その数秒後、前方を進んでいた複数の軍艦が、突如として巨大な火柱を上げながらほぼ同時に轟沈した。


「なっ…!」


 軍艦の轟沈に遅れて、敵艦の砲撃音が彼らの耳元に届いた。眼前で繰り広げられた想像を絶する光景に、提督は声が出なくなる。呆気にとられている艦隊司令部に、兵士の一人が被害状況を伝える。


「ほ、報告します!前方の艦10隻以上が、ほぼ同時に撃沈されました!」


 部下の言葉に、サラクは思わず自分の耳を疑った。


「な…どういうことだ!」


「は…あの巨大艦より砲撃を受けたものと思われます!」


 部下が報告を上げるその間にも、敵艦の砲撃音は絶え間なく続いており、音の数だけ此方の軍艦が水しぶきを上げながら轟沈されていく。そして400隻以上あった筈の艦は、気付けば半分近くまでその数を減らしていた。


「ええい、何をしている…!こちらからも早く砲撃せんか!」


「む、無理です、とても届きません!奴ら、完全に我々の砲の射程外から攻撃しています!しかも驚くべき正確さです!」


「くそ…!一体どうなっているんだ!?」


 11隻の巨大艦による容赦無き正確無比な連続射撃に遭い、味方が次々と一方的にに沈められていく。兵士達はパニックを起こし、艦隊は瞬く間に統率が取れなくなっていた。それは指揮官も同様であった。


 そしてついに、サラクにも死神の鎌が届く瞬間が訪れた。「いわみ」の61口径30.5センチ三連装砲より放たれた砲弾は、瞬時に全長70メートル程度の戦列艦を木端微塵に砕く。それを合図に後続の船団は反転を開始し、崩れる様に逃げ始めた。


「敵艦隊、撤退を開始しました」


「ふむ…呆気ないものだ。さて、海難救助を始めるとしよう。我ら海軍軍人は常に紳士的に振舞わなければならんからな」


 近藤はそう指示を出しながら、CICを後にしていった。


 後に『北ベルジア海海戦』と呼ばれる戦いにて、日本海軍第1艦隊は200隻以上のローディア艦を撃沈し、完勝を収める。そして洋上に漂流していた敵兵全員の救助を終えたその1週間後、ローディア北部の港町に対する散発的な空襲に従事するのである。

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