第39話 班別行動
宿泊学習二日目の朝を迎えた。二日目の一大イベントは、班別でのトレッキングだ。山のあちこちに用意されたスタンプを集めながら、ゴールを目指して歩いていく。
山に登る前から
「俺、こういうの結構燃えるんだよね。スタンプ全部集められるように頑張ろう!」
「全部見つかるとええなぁ。頼りにしとるで、水野くん」
「あっ……そこは俺じゃないんだね……」
雅から戦力外と見なされた千颯は、ガックリ肩を落とした。本当に期待されていないのか、揶揄っているだけなのかはよく分からないが。
「道もそんなに複雑じゃないし、順当に行けば全部集められるはずだよ」
「流石、水野くん! 頼りになるわぁ」
雅は両手を合わせながら、完璧な笑顔を浮かべる。京美人から頼られたら舞い上がってしまいそうだが、綾斗はその手には引っかからない。
というのも、班で集まる前に雅も地図を読み込んでいた。綾斗に頼るまでもなく、道は頭に入っているだろう。
だからこんなのは社交辞令だ。雅の性格をある程度理解しているからこそ、真に受けることはなかった。
(俺じゃなくて、千颯を頼ればいいのに……)
千颯だったら小難しいことは考えずに純粋に喜ぶだろう。「任せとけ!」と自信満々で引き受ける姿が目に浮かんだ。
そんな中、
「皆さんの足手まといにならないように頑張ります」
そういえば羽菜は、あまり運動が得意ではなかった。みんなについて行けるか不安なんだろう。
「大丈夫だよ。タイムを競うようなイベントじゃないんだし、ゆっくり行こう」
綾斗がフォローすると、羽菜は安堵したように柔らかく微笑んだ。
「はい!」
和やかな空気が流れる中、羽菜の背後から
「ねえ、水野くん。羽菜ちゃんに何か言うことがあるんじゃないの?」
にやりと小悪魔のように笑う愛未。その人差し指は、羽菜の髪型を指していた。
今日の羽菜は、アッシュグレーの髪をお団子にまとめている。髪をまとめたスタイルは新鮮だった。いつもは隠れているうなじも晒されていて、直視しがたい。
山歩きの邪魔にならないように結ったのだろうが、正直めちゃくちゃ可愛い。とはいえ、あまり熱を込めて絶賛したら揶揄われそうだから、あくまでいちクラスメイトとして冷静に話題にあげた。
「白鳥さんの髪型、いつもと違うね。どうしたの?」
「これはその……雅ちゃんにセットしてもらって……」
羽菜はサイドの後れ毛に触れながら、恥ずかしそうに視線を泳がせる。綾斗は心の中で「相良さん、グッジョブ」とガッツポーズをしていた。
「変じゃないでしょうか?」
「ううん、可愛いよ」
笑顔でサラッと褒めると、羽菜はほんのり顔を赤らめた。
「綾斗くんにそう言ってもらえると、嬉しいです」
またしても和やかな空気が流れていると、雅が目を細めながらしみじみと呟いた。
「ええなぁ、和むわぁ」
そこで三人から注目されていることに気付く。茶化されないためにも、さっさと別の話題に移った。
「とにかく最初のスタンプを探そう。もう他の班は出発してるよ」
「よっしゃ! 俺たちも行こうぜ!」
綾斗と千颯を先頭に、五人は山道を歩いた。
*・*・*
先を歩く男子チームの後ろでは、女子チームが登っていた。雅は涼し気な表情で軽やかに登っている一方で、羽菜はぜいぜいと息を切らしていた。
「千颯、ペース緩めようか。後ろが離れてきている」
「ん? あー、そうだな」
一度止まって、女子チームが追い付くのを待つ。三人が追い付いたところで、羽菜が申し訳なさそうに頭を下げた。
「はあ、はあ……すいません。お待たせしてしまって……」
「ううん、むしろ早く進んじゃってごめん」
フォローをしたものの、羽菜は依然として申し訳なさそうにしている。そんな中、愛未が何かを思いついたかのように、にやりと笑った。
「千颯くん、私もう駄目~。引っ張って~」
甘えるような口調で近付いたかと思えば、唐突に千颯の手を握る。突然手を握られた千颯は、真っ赤になりながら慌て始めた。
「あ、愛未!?」
動揺している千颯を見て、愛未はにんまり笑う。この顔は、絶対に面白がっている。そんなやりとりを見ていた雅は、冷ややかな笑顔を浮かべた。これは修羅場の始まりか、と息を飲んだものの実際には何も始まらなかった。
「気い付けや~」
いつもよりワントーン低い声でそう忠告すると、二人を追い越してぐんぐんと前に進んでいった。
(あれも許すんだ。心広すぎだろう……)
綾斗は、三人の関係がますます分からなくなった。
三人が先に進んだことで、必然的に綾斗と羽菜が取り残される。
「木崎さん、大胆だね」
「ですね。見習いたいくらいです」
見習いたいという言葉にドキッとする。思わず羽菜の白くて華奢な手に視線を向けた。
(今、手を握ったらどんな反応をされるんだろう?)
普段だったら妄想するだけで実行には移さないが、今日は違った。宿泊学習という状況に浮かれているのかもしれない。昨夜屋上で、特別な人と言われたことも後押しになっていた。
間宮先生からも関係を前進させるには、相手をドキドキさせれば良いと言われた。これは絶好のチャンスなのかもしれない。綾斗は、愛未の口にしていたちょうどいい口実を借りて、手を差し出した。
「引っ張ってあげようか?」
「えっ!?」
羽菜は驚いたように目を丸くする。そんな反応をするには無理もない。普段の自分なら言えないことだから。
しばらくは綾斗を凝視しながら固まっていた。やっぱり迷惑だったかと手を引っ込めかけたところ、不意に柔らかな手に包み込まれた。
「お願い、します……」
羽菜はぺこりと小さくお辞儀した。
本当に手を繋いでもらえるとは思わなかった。心臓が暴れまわって仕方ない。
「うん」
動揺を悟られないように、綾斗は歩き出した。
羽菜の手を引きながら山を登る。こんな現場をクラスメイトに見られたら格好のネタにされるだろう。だけど幸運なことに二人に注目している生徒はいなかった。
無言のまま歩いていると余計に恥ずかしくなる。恥ずかしさを紛らわすように、綾斗は話題を振った。
「昨日は大丈夫だった? 部屋に戻った後、怪しまれなかった?」
「大丈夫です。同じ部屋の子たちも、別の部屋を行き来していたようだったので、怪しまれませんでしたよ」
「そっか、なら良かった」
「そういう綾斗くんは、大丈夫でしたか?」
「先生に用事を頼まれたって話したら、みんな信じてくれたよ」
「それは……凄く説得力のある言い訳ですね」
優等生をやっていると、こういう言い訳ができるから便利だ。普段こき使われている分、利用させてもらうことにした。そんな綾斗のズルイ一面を知って、羽菜はクスクスと笑っていた。
「なんだかこの宿泊学習で、普段は見られない綾斗くんを見られたような気がします」
「それは、いい意味と悪い意味のどっち?」
「どっちもです」
即答されて複雑な気分になる。だけど羽菜の表情を見たら、悲観することではないと思えてきた。
「優等生の綾斗くんも、ちょっと悪い綾斗くんも、私は好きですよ」
触れている手にギュッと力がこもる。好きという言葉が頭の中で何度も反響した。
なんて返事をすればいいのか分からず、咄嗟に話題を逸らしてしまった。
「……急ごうか。千颯たちに置いていかれる」
「はい」
羽菜はとくに気にする素振りもなく、綾斗の後に続いた。
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