第28話 休日のお誘い

 帰宅してからも、理科準備室での出来事が頭から離れなかった。あんなシチュエーションに遭遇したのだから無理もない。綾斗はベッドに倒れ込みながら溜息をついた。


 羽菜が無防備なのは最初からだけど、ここ最近は拍車がかかっているような気がする。心を許してもらった証拠なのだろうけど、異性として見られていないせいだとも考えられる。友達という枷は、いつまで経っても外れそうにない。


 スマホに手を伸ばし、意味もなく羽菜とのメッセージのやりとりを見返す。羽菜からのメッセージは、堅苦しい文面ばかりだ。らしいといえばらしいけど、どうにも味気ない。


 もっと気軽にやりとりができる間柄だったら良かった。「いま何してる?」とか「宿題やった?」とか、どうでもいいメッセージを送り合える関係になりたかった。


 LIENを遡ると、二人でお台場に行った時のやりとりが出てきた。一ヶ月ちょっと前の出来事だけど、なんだかずっと遠い過去に思えてくる。


 重い気持ちのままベッドに倒れこんでいると、不意に新着メッセージが届く。スマホの画面を確認すると、送り主はなんと羽菜だった。


 綾斗はベッドから起き上がり、送られてきた文面を見る。その瞬間、沈んでいた心が一気に掬い上げられた。


【こんばんは。先ほど言いそびれてしまったのですが、今週の日曜日は空いていますか? みやびちゃんから一緒にお買い物に行こうと誘われたのですが、綾斗くんもご一緒にいかがです?】


 まさかの休日のお誘いメールだった。願ってもないお誘いだ。すぐさまOKと言いたいところだが、雅と一緒というのが少し引っかかる。承諾する前に、一応確認を取ってみることにした。


【俺が行ったら邪魔にならないかな?】


 雅の名前が出てきたのは、先日のやりとりが影響しているのだろう。雅は羽菜と友達になると言ってくれた。その第一段階として、羽菜を買い物に誘ったのだろう。


 二人が友好関係を深める場面に、自分が加わってもいいものかと悩む。邪魔になる可能性も考えたが、羽菜からはすぐに返事が来た。


【お邪魔なんてとんでもない。雅ちゃんも、ぜひ水野くんも一緒に、と言っていたので】


 その言葉で、雅の意図が薄っすら伝わってきた。恐らく雅は、はじめから綾斗も誘うこと前提で羽菜に声をかけたのだろう。


 羽菜からしても、まだそこまで親しくないクラスメイトと二人きりで出掛けるというのは身構えてしまう。ある程度親しい綾斗を誘って、三人で出掛けた方が気楽だ。雅はそこまで見越していたに違いない。


【そういうことなら、俺も一緒に行くよ】


 断る理由がなくなったところで、誘いに乗る。すると羽菜からはすぐに返事が来た。


【では、詳細はまたご連絡します】


 相変わらず堅苦しい文面が返ってきて苦笑いする。らしいといえばらしいけど、ちょっと寂しい。溜息をついてスマホを手放そうとした時、ぽんっと通知が来た。


 画面を開くと、綾斗は目を疑った。届いたのは、可愛らしいひよこのスタンプだった。


 羽をパタパタと広げたひよこが、嬉しそうにはしゃいでいる。ひよこの周りには手書きフォントで『わーい、わーい』という文字が舞っていた。


 そのスタンプを見た瞬間、綾斗はベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めた。


「可愛すぎるでしょ……」


 顔が熱くなるのを感じながら、悶えていた。


*・*・*


 翌朝。授業が始まる前に、雅にお礼を伝えた。


「相良さん、ありがとう」


 たったそれだけだったけど、雅には伝わった。


「日曜日のこと聞いたん?」

「うん。一緒にどうかって誘われた」

「そんで?」

「ぜひ、ご一緒させてもらうよ」


 綾斗の言葉を行くと、雅はきゅっと頬を上げながら嬉しそうに笑った。


「ほんなら良かった」


 その反応を見て、綾斗が同行することも端から計算していたことを確信した。それから雅は、後ろの席をチラッと見ながら尋ねる。


「男子一人で気まずいようやったら、千颯ちはやくんも誘う?」


 綾斗もつられて千颯に視線を送る。窓際の後ろの席に座っている千颯は、木崎きさきあいみ未と楽しそうに談笑していた。愛未が笑いながら千颯の肩に手を置くと、あからさまに照れながら視線を泳がせた。


 彼女の前であれは……と心配していたものの、雅はまるで気にしていない。いつも通り、ニコニコ笑いながら千颯たちを眺めていた。やっぱり合法ハーレムなのか?


「千颯くんなら、誘えば来てくれると思うけど?」


 綾斗は考える。千颯は雅の彼氏だし、ノリのいい奴だから、誘えば来てくれるだろう。ダブルデートのような展開も容易に想像がつく。


 綾斗としても、男子がもう一人いた方が気が楽だ。だけど綾斗は、あえて首を横に振った。


「千颯は大丈夫」


 清々しい笑顔で答える。その反応を見て、雅は吹き出すように笑った。


「ほんなら、三人で行こっか」

「うん」


 結局、日曜日は羽菜・雅・綾斗の三人で行くことになった。


 綾斗だって千颯が嫌いなわけではない。むしろ裏表がなくて、取っつきやすい奴だと思っている。だけど、千颯を誘うことには若干の躊躇いがあった。


 もう一度後ろに視線を送ると、千颯が隣の席に座る羽菜に声をかけているのを目撃する。読書中だった羽菜は、千颯と一言、二言交わすと、再び本に視線を戻した。そんな些細なやりとりを見ただけでも、心の中がざわついた。


 本人はあまり自覚がないのかもしれないが、千颯は案外モテる。理由はよく分からないけど。


 だからこそ羽菜と千颯をあまり近付けたくなかった。千颯のちょっとした言動で、羽菜の心が揺れ動いてしまったら大変だから。


 ちっぽけな独占欲に支配されていることに気付き、情けなくなる。やっぱり自分は、菩薩のような広い心は持ち合わせていないようだ。

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