またたび荘で迎えた17歳の誕生日に、愛猫が語りかけてくるんですが。
にこはる
第1話 悲運な誕生日の奇跡
今日は9月6日。暦の上では早秋だというのに、カーテンにはジリジリと強い日差しが照りつけていた。
ここ、またたび荘で迎えた17歳の誕生日は最悪な幕開けとなった。
昨日の夜中に発熱、救急外来で受診し、風邪と診断された。朝になっても、まだ頭痛がひどく、熱をおびた体がだるい。やっとの思いで枕元にある体温計に手を伸ばし、体温を測る。
「39.2℃とか、もう終わってるやん私……。誕生日に学校を休まなきゃいけないなんてホント最悪なんだけど」
今日は私、
あ〜
あ〜あ。
私はなんとか力をふりしぼり、朝早くから出勤している母さんに連絡する。心配そうな母さんの声。
「あら。まだ熱高いねえ。母さん仕事休めなくて、ごめんね。無理しないで、ゆっくり休むのよ。それと、薬飲んで少し動けるようになったら、雑炊作ってるから食べなさいね。咲の好きなアイス買って帰るからね」
私と母さんはいわゆる母子家庭。いつも気丈にふるまう母さんに、子供ながらにあまり心配はかけたくないと思っていたが、声をきくと少し心細くなり、甘えたくなってしまう。そんな気持ちを抑え、電話をきった。
ん?そういえば、あの子達なにやってんだろ。ご主人様の一大事だというのに、ニャンとも言わず、姿すらみせない。
そう。うちには2匹の愛猫がいる。5歳になる黒白ハチワレの男の子フランと、2歳になる黒猫のルル。食いしん坊のフランは、私のスマホから朝のアラームがなるなり、どこからともなく現れ、ごはんをおねだりするように、雄たけびをあげるのに。今日は珍しく静かな朝だった。彼なりに気を遣ってくれているのかしら。
私は、まだ食欲もわかないので、水で薬を流しこみ、少し寂しい気持ちになりながらも、再びベットにはいり目を閉じる。
すると、隣の部屋からなにやら声が聞こえる。
「もう。しっかりしてよフラン。ママンの一大事なんだから」
え?声?そんなわけないか。でも、フランって聞こえたような。空耳?ぼーっとする意識をそちらにかたむけ、耳を澄ます。
「しかたないだろぅ。朝はお腹がペコペコでなかなか力がはいらないんだ。ルルは朝から元気だなぁ〜。待ってよぉ」
声の主は、うちの愛猫のようだ。浅い眠りの中で聞こえる2匹の会話はなんとも心地よく、可愛らしいものだった。猫の会話が理解できるなんて、夢のまた夢。猫語翻訳アプリなんてあったらいいのになぁ~。
小さなペットドアをくぐり、私の部屋に入ってきてからも、2匹の会話は続く。私は猫柄のベージュの毛布を深めにかぶり、その様子を薄目でちらりとのぞく。
「母上が留守なんだから、僕たちがママンを守らなければなるまい」
10キロ近い丸々としたフランは、真っ白いお饅頭のような右手で、胸をポンと叩いてみせた。
「とかなんとか言って、フランはママンに早く元気になってもらわないと、カリカリごはん食べれるか心配なんでしょ〜」
太っちょフランに比べると、ルルの体は小さく4キロ程しかない。野良あがりの彼女には、野性味溢れる貫禄を感じることも多かった。漆黒の毛並みに、稀にみる真赤なルビーのような瞳。動きも素早く、頭もキレる。てか、本来の猫とは、こういうものなのかもしれないけど。
本当ならふたりを撫でまわしたいとこだけど、今日の私には、そんな元気振り絞ってもでてこない。でも、ふたりともお腹空いただろうな〜。のんきに夢なんか見てる暇ないか。
あれ?でもおかしい。夢のはずなのに、指の感覚がある。その指で腕をつねると痛みもある。それなのに、2匹の会話がきこえている!ま、まさか!これは神様が、誕生日に高熱だして寝込んでる私のことを不憫に思って、猫の声が聞こえるギフトを与えてくれたんだ!
とんでもないことが起きてることにようやく脳がおいついた私は、毛布を蹴っ飛ばして、勢いよく立ちあがった。
「フラン!ルル!大変なんだってば!私あなたたちの声が聞こえちゃってる!」
私の声と勢いに驚いたのか、2匹はイカ耳状態で警戒態勢のまま、私を見上げている。あれ?なんなのこの温度差。私は、ひとりではしゃいでしまったことが突然恥ずかしくなってしまった。
「驚かせてごめんね。私、ふたりの声が聞こえると思ったら、嬉しすぎて」
カリカリごはんを準備しながら、フランの頭を撫でる。私はこの子達が大好き。少し離れていたルルも、私の腕にすり寄って、高い声でニャーンと甘えてきた。
早速ごはんにかけより、カリカリを頬張るフラン。しっぽはピンと天を指している。
「あ〜うみゃい。これこれ。にぼしと鰹節の風味がたまらん。とまらにゃい」
いつもこんなこと言いながら、ニャゴニャゴごはん食べてたんだぁ〜フラン。思わず私はニヤニヤが止まらない。ルルはごはんを食べているフランと距離をとり、怪訝そうに私を見ている。そして私の隣にスッと座り声をかけてきた。
「ママン。できれば新鮮なお水で顔を洗いたいの。お水をかえてもらえるかしら?」
「うん。わかった!ルルはいつもおててで上手にお水で顔洗ってるもんねー。さすが女の子。すぐに用意するね」
私は満面の笑顔で振り向くとそこには、凍りついたルルがしっぽを丸め身構えていた。そして次の瞬間
「え〜待って!待って!本当なの!本当に私たちの言葉がわかるの?ちょっとぉフラン。ごはんなんか食べてる場合じゃないよ〜」
いつも冷静なルルが、右往左往を繰り返しながら、部屋中を走り回っている。しっぽをフリフリ呑気にごはんを食べていたフランがそれに気づきゆっくりとこっちを振り向き目を丸くしている。
「ルル、落ち着きなよ。そんなわけないじゃないかぁ。偶然だよ偶然。じゃあママン、おかわりも頼める?」
可愛らしいまんまるお目々で私を試すフランに私は告げる。
「フランくん、調子にのらない。ただでさえ、ルルのぶんまでいつも食べようとするんだからー。それにしても、ふたりが私のことママンって呼んでるなんて知らなかったよぉ」
フランの口元からカリカリがひと粒床に落ちる。それが合図だったかのように、2匹は突然私の部屋から凄い勢いで走りさってしまったのだ。
「もぅつまんないのぉ。ふたりとも話ができて嬉しくないのぉ〜。せめてお誕生日おめでとうくらい言ってくれてもいいのにぃ」
ふたりを追いかけて抱きつきたかったけど、まださすがに体がおいつかない。興奮冷めやらぬ思いを抱えたままベッドに戻り、改めて目を閉じる。パフェの甘い誘惑と、彼の面影に未練を残したまま、私はいつの間にか深い深い眠りに落ちていた。
こうして最悪の幕開けと思われた17歳の誕生日は、最高に幸せで奇妙な日々の始まりとなったのである。
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この度は、本作を読んでいただき、本当にありがとうございます。
つたない文章構成ではありますが、楽しみながら書いていけたらと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
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