第四章
迫る決断、遮断される結末 その1
『……愛しいマコト、どうか聞いて下さい』
「よくそんな、白々しい台詞を吐けるな。……いや、いい。何をするか、何を信じるか、それは自分で決める。そう、決めたんだ……」
『どうしたというのです。先程までとは、あまりに……』
「言ってもいいが、言ったところで始まらない。どうせ誰もが、本音を隠して話す。その上に嘘を重ねて……」
それは明らかに、やさぐれているかの様な物言いだった。
態度に出したのは賢明な判断と言えないが、誰の言葉も信用しないという表明を、心の底で望んでいたからなのかもしれない。
ケルス姫に対しても、悪意を持って貶めるつもりはないのだろう。
王族としての正義の元、あるいは大義の元に行動している限り、互いの希望が重なったりしない。
だが、それとは別に、魔物を駆逐するという目的は共に出来る、と思っている。
ただその手段について、シュティーナとそれに賛同したと思われるマコトを、受け入れる事が出来ないだけなのだろう。
王族としては、むしろ当然と言える。
「何を言われようと信用できない。良くもあんな偽物を……」
『突然の事に、思わず言葉を呑んでしまいましたが……。あのドーガが偽物? とんでもない。本物で間違いありません。
「親密……、そうかもね。だったとしても、それは昔の話だ。……今はもう居なくなった、マコトの間にあったものだろう」
単に危険から遠ざけたいから、それだけでは彼女の行動を説明できない。
下手に死なせたくない、と思っているのは事実だろう。
だが、それはあくまで不慮の事故めいた死に方をさせたくないだけだ。
危険な魔物、あるいは強大な魔物――魔物の女王が本当にいるとして、それに対抗できるのはマコトしか居ないと思っているから、保護したいだけだろう。
起死回生の手段として、女王の打破は必須だと思っており、それと戦うより前に損なうのを恐れている。
もしかすると、女王までのお膳立てさえ済めば、積極的に戦わせようとするのではないか。
守ると言い、安全と言い、閉じ込めていた場所から開放し、今度は扇動して剣を取らせる。
大事なのはマコトではない。
女王に対抗できるだけの力を持った、便利な駒なのだ。
「とにかく、自分の気持ちに決着が付くまで、誰からの意見も聞いたりしない。いつ考え付くのか、腹が決まるのかも分からないけど、それまで誰の言葉も耳を貸すつもりはないんだ」
『……いえ、そういう訳にはいきません。聞いて貰います』
「ふざけるな、知ったことか……!」
傍若無人な物言いに、マコトも声を荒らげて言い返そうとした。
だが、それより一瞬早く、切迫したケルス姫の声がそれを遮った。
『――いいですか、その場所に魔物が集結しようとしています。女王が我々の意図に、気付き始めているのです。城内に残った命……いえ、より強い魔力を残した相手を、優先して襲うつもりのようですね。そこにいては袋の鼠、遠からず殺されてしまいます……!』
「くそっ……!」
それを聞いてしまえば、流石に耳を貸さないと意地を張り続けるのは無理だった。
マコトも武器を右手に、左手に魔法を装備しながら、床を蹴って部屋を出る。
すると確かに、魔物が数匹、既に姿を見せていた。
まだ数は少ないが、四階フロアは先程まで
ケルス姫が嘘を言って、撹乱しようとしたのではない。
それが今、事実であると確認できた。
『どこから湧いて来たものか、既に四階には少数入りこまれています。そして、数が増えれば三階に流れていくのは確実でしょう。三階には生き残った臣民が隠れている筈ですが……』
「あぁ、最悪だ……ッ! 放っておく訳にもいかないか!」
一度は手助けし、そして助けられた命がそこにいる。
そして彼らを護る役割を果たしていた魔法陣を、解除してしまったのもマコトだった。
四階に繋がる魔法陣の障壁は、こういう場合に役立てるつもりで設置したのかもしれない。
破壊の責任はマコトにある。
だから、魔物から護る責任が、マコトにはあった。
倫理的に照らさせば間違いないのだが、同時に矛盾も感じる。
マコトの決断次第では、守った彼らは爆発に巻き込まれ死んでしまうかもしれない。
守っておいて殺すという、酷い矛盾が生まれてしまうのだ。
だが、その覚悟が微塵もない今、救える命を優先するのは当然だった。
それこそ、マコトからすれば胸の内から湧いて出た想い、というものなのかもしれない。
『放って置く訳にはいかない……、正しくそのとおりです。しかし、魔物の数は不明で、しかも更に増える事が予想されます。そのままでは無謀です』
「だからといって……!」
『あなたには危険を避けて欲しかった。出来るなら、全てが終わるまで安全な場所に留まっていて欲しいと思っていました。ですが……、仕方ありません』
「そうとも、止められようと必ず行く」
『壁を置いても突き進む。……あなたはきっと、そういう性分なのでしょう』
ケルス姫の言葉は、最後には諌めるものから、諦めるものへと変わっていった。
溜め息の音すら聞こえて来て、数秒の沈黙が降りる。
しかし次には、完全に意識を切り替えた声が発せられた。
『――分かりました。あなたには全ての魔法を思い出して貰います。有効な使い方は、実践して覚えて貰うしかないでしょう』
「それはいいけど……、全て?」
『あぁ……一つを除いて、ですね。
剣の振り方を始めとした体捌きなど、確かに身体は記憶していた。
戦闘を一つ経る毎に、染み付いた記憶が表出し、より洗練されていくようですらあった。
だから全ての魔法を思い出した時、本来の戦闘スタイルを取り戻し、より戦果を期待できるのかもしれない。
だが、それでも不安は大きかった。
実感として、マコトに戦闘のプロという認識はない。
魔法技術開発者という部分を聞いても、未だにどの様な発想で魔法を開発していったのか、それにも見当が付いていないのだ。
全くの他人事としか思えないのに、いきなり巧くやれるとは、到底思えなかった。
だが、やると決めたからには、やるしかない。
『では、伝えます。魔物が数を揃える前に、次々潰して行きましょう。まず最低限、防御の魔法……【
「それは前方に出るタイル? それとも全周囲?」
『前方のみです……が、使ってみれば分かるでしょう。まずは、魔物を潰して回る方が先決かと。時間は待ってくれません』
集結されてしまえば、物量で押し潰される。
今は一つ一つ魔法の解説をして貰うより、実践形式で使い方を覚えていく方が大切だ。
マコトは同意するなり走り出し、左手を前方に向けながら叫ぶ。
「【
突き出された掌から、文字通りタイル状のシールドが幾つも出てきて壁となった。
大きさは人の頭より小さい位で、ガラスの様な透明感を持っている。
それらが上下左右に連なって、一つの壁を形成していた。
マコトが声を発した事で、魔物も敵の存在に気付く。
何かを探すように巡らせていた頭を、マコトを見るや否や叫声を上げて飛び掛かってきた。
それは恐竜めいた見た目をしたアルビドで、一度に三体、前方と左右、別方向から襲い掛かってきた。
シールドに勘付いた所為なのか、それとも狩猟本能がそうさせているのだろうか。
これでは盾があっても意味はない。
『シールドが、タイル状である事には理由があります。一つ一つを好きな場所へ動かせるのです。上手くやる必要はありますが、一方向だけの盾ではありません』
この状況で、その情報は福音にも近い朗報だった。
だが、戦闘巧者ならまだしも、突然そんな事を言われても困る。
自動的に動いてくれでもしなければ、三方向からの攻撃に対応できると思えなかった。
――だというのに。
それは正しく自動的、といって良いほど巧みに、そしてスムーズに形を変えて最適な形で盾の形を取る。
単に連なるのではなく、モザイク状に穴を開け、より広い面積で受け止めるようにしていた。
隙間があろうとマコトまでは距離があり、爪や節足を穴から突き刺しても届かない。
そうとなれば、マコトの行動も大胆になれた。
三体を同時に受け止めてしまうと、正面のアルビドにその隙間から剣を突き刺す。
「ぐギャ……ッ!」
悲鳴を上げて身体を仰け反らせたところに、タイルの隙間に手を翳し【
それで身体を焼かれ、消える事のない炎が全身を焼いた。
悲鳴を上げてのたうち回る一体を無視して、次の一体へ取り掛かる。
左右どちらのアルビドも、そのタイルを突破しようと爪を引っ掛け、あるいは噛み付いている。
しかし、それでタイルが壊れたり、タイル同士の結合が拡がったりする気配はない。
最初の一体と同じ様に剣を突き刺し、その眼球を深々と抉ると、やはり同様の魔法で焼いてしまう。
それを見た残った一体は、怯むどころか更に怒りを燃やして、タイルを突破しようとしてくる。
だが、他の二体を処理した事で、タイルの数にも余裕が生まれた。
一つに戻せば、更に堅固なシールドが出来上がり、もはや破壊して突破は不可能だった。
それでも魔物はタイルに食らいつき、あるいは爪を振り下ろす。
だが、シールドは微動だにしないだけでなく、細かな傷すら付かなかった。
アルビドが顔を突き出し、口を開いたタイミングで、口内目掛けて魔法を打ち込む。
「ぐぎ、ギャボボボボ!」
炎を飲み込んで悶絶し、叫び声を上げながら床の上でのたうち暴れた。
もはや絶命も時間の問題で、敢えて近付いてトドメを刺す必要もない。
マコトがシールドを挟んで見守っていると、程なく事切れて、内側から燃やし尽くしてしまった。
「……勝った。この盾、すごいな……」
これまでも勝ってきた相手ではある。
数が増えても、何ともならないとは思っていなかった。
だが、この魔法一つで戦闘の展開が全く変わってしまった。
そして、身体が覚えているというのも間違いなく、意識せずとも自然な魔力捌きでタイルを上手く活用できていた。
これがあるなら、という期待が高まる。
決して楽ではないだろうが、それでも希望は見えてきた。
上手く活用していけば、数が増えても何とかなる。
そして、他にも教えられていない魔法が、まだ多くあるのだ。
それらを組み合わせていけば、魔物が大勢来ようとも、その対処も可能という希望がマコトの中に湧いてきた。
「これから三階に降りる。ケルス姫、今の内にもっと魔法を教えてくれ」
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