わたしのラストレター

石田あやね

letters 01

  元気ですか?



 始まりは決まって、こう書いてくるのが彼の癖。




 僕は相変わらずで、大学の課題やサークルで忙しい毎日です。

 また落ち着いたら手紙を送ります。

 だんだん寒くなってきたから、身体に気を付けて。


 便箋一枚分にも満たない短い文章。

 でも、それには彼らしさが滲み出ていた。

 手紙の相手は、わたしのお兄ちゃん。




  わたしが9歳、兄が13歳の時に両親が事故に遭った。突然両親を失ったわたし達に待ち受けていたのは、またしても辛い別れ。わたしと兄は別々の施設に預けられる事になってしまったのだ。必死に抵抗してはみたものの、大人からすればそれも無意味な足掻きに過ぎない。わたしと兄は何も出来ないまま離ればなれになってしまった。


  いきなり知らない人たちに囲まれ、その中で独りぼっちになってしまったわたしは、ただただ苦しくて悲しかった。なぜ、わたしだけがこんな目に遭うのだろうと泣く毎日。


  そんな日々を過ごしていたわたしに届いた兄からの一通の手紙。



  元気ですか?

  ぼくは元気だよ。だから、なくなよ。



  僅か二行の短い文章。

  それでもわたしは嬉しかった。

  施設に届いた手紙は、それ一通だけだったが、わたしにとって大きな励みになってくれた。


  それから半年も経たない内に、ある夫婦の養子として引き取られることになった。

  これで、兄とは二度と会えないだろうとわたしは覚悟した。


  しかし、暫くしてわたし宛に手紙が届く。

  もちろん、相手は兄しかいない。


  元気ですか?

  僕は元気です。心配しないで。

  また手紙書きます。



  わたしは驚いた。


  どうして兄はわたしの居場所を知ることが出来たのだろう?


  理由はすぐに分かった。

  わたしを引き取った夫婦が事情を知り、兄の施設に問い合わせてくれたようだった。一緒に暮らせない代わりに手紙のやり取りだけでもと、気遣ってくれたのだ。



  それから7年。

  兄との文通は今も続いている。

  しかし、兄とは一度も会っていない。


  兄は18歳になったと同時に施設から出て、日中は働き、夜は大学に通っているようだった。二足の草鞋を履き、大変そうなのは手紙でもなんとなく伝わってくる。だけど、兄が忙しいからとか、住む場所が遠いからというのが会わない理由ではない。兄が住んでいる場所は、ここから電車でなん駅か移動したところにある。決して、会えない距離ではない。


 けれど、お互い会いたいと手紙に書くわけでも、電話や写真を送り合うような行動は起こさなかった。


  それはきっと一度でも会ってしまったら、ほんの一瞬でも声を聞いてしまったら、また一緒に暮らしたいと思ってしまうからだ。わたしを本当の娘のように育ててくれた両親を裏切りたくない。兄もそんなわたしの気持ちを察していたのだろう。


  本当の兄妹だけど、わたし達は再会することを諦めていた。


  だが、寒さ深まる12月。

  兄から届いた手紙にわたしは目を疑った。



  元気ですか?

  急だけど来週の日曜日、会えますか?

  もし嫌じゃなければ、会って話がしたいです。待ってます。



  二枚目の便箋には待ち合わせ場所と時刻が書いてあった。わたしは何度も何度も手紙を見返した。嫌なんて思うはずがない。

  しかも、待ち合わせの日は偶然にも兄の誕生日。一気に気持ちが高ぶっていくのを感じた。


  顔はやっぱり変わっただろうか。身長はどれだけ伸びたんだろう。手紙ではいろんな事が書けたけど、会った時にちゃんと話が出来るだろうかと、様々なことが頭を過っていく。


  わたしは慌てて自室を飛び出した。


「お母さん!」


  勢い良く階段を滑るようにして下りてきたわたしに、母は驚き目を見開く。


「どうしたの? そんなに慌てて……何かあったの?」


「お兄ちゃんが」


  焦ってしまって、なかなか言葉が出てこない。それに、兄に会いに行くというのを伝えるのに躊躇いもあった。


朋美ともみ……」


  母の優しい声で、わたしは我に返る。


「会いに行くのね」


  察したような表情で母は微笑んだ。そこには不安や悲しみの色はない。


「会いに行きなさい。お父さんにはわたしから話しておくから」


「いいの?」


「たったふたりきりの兄妹じゃない。今まで我慢させてごめんね……もっと早く、わたし達から言ってあげるべきだったのに」


  やはり、わたしが離れていくかと不安だったのだ。ずっと子供ができなくて、悩み抜いた末にわたしを養子として迎えた。漸くわたしという娘ができたのに、手放さなくてはいけなくなるかもしれない。それでも母は覚悟し、わたしの背中を押そうとしてくれている。


「どんな選択をしても、朋美はわたし達の掛け替えのない娘よ」


「ありがとう」


  目尻が一気に熱くなる。


「良ければ、お兄さんを家に連れてきてくれる? 家族揃って食事でもしましょう」


「うん!」


  涙ながらにわたしは大きく頷く。

  頭の上に暖かな温もりが伝わってくるのを感じた。繰り返し頭を撫でる母の手に、思わず泣き出してしまう。そんなわたしを見て、母は子供みたいだと可笑しそうに笑った。

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