私は生贄供物で鬼狐神さまの花嫁のはずですが、優しい彼に大切に甘々溺愛されちゃうなんてきいていません!!

桃もちみいか(天音葵葉)

はじまりはじまりのお話

 世間では激動の時代に移り変わる頃でした。

 海の外の国の物が流通して、外の風の時代の流れが一気にやって来ています。


 ここの国、「火水ひみずの国」は天帝が治めています。

 貧富の差はあれど、才のある現天帝の統治力は強く争乱のない世が続いてはいました。

 

 しかし、きな臭い話が出てきたのです。

 新しい時代の流れは、改革も起こします。

 内乱は天帝が力で次々と抑えてまいりましたが、どうやら火水の国の豊かな資源や美しさを狙って、海の外の国が攻め込んでくるという噂が流れたことがありました。


 特に、一番近い「風の大国」が統一しようと目論見、狙っていると――。

 風の大国は幅広い人種で成り立つ国家です。

 考え方も、技術も、火水の国より遥かにまさっています。


 ただ、火水の国の民には、周辺諸国を長年牽制してきた異能のちからや、人ならざるものがいるとの伝説があり、迂闊に手を出せませんでした。


 火水の国は、自国を守るためにやや閉鎖的で交流を拒む方向ではありましたが、昨今、わずかながら、海の外の物を受け入れ、良いところを取り入れ、相容れようとする考えの者たちも出てきたのです。


 だが「火水の国より圧倒的軍事力を持つ風の大国が戦を仕掛け攻め込んでくるやもしれん」と触れ回る僧侶や旅人の集団が出始めました。


 その噂の火消しを天帝はしたのですが、不穏分子は海の奥底の仄暗さのように、火水の国のどこかに漂っているのです。


 しかし、火水の国の都や都会から遠く離れた場所の村里では、格差や貧困や閉鎖的な空気に、まだまだ世間の波は及んでは来ないのです。


 だから、慣習も風習も、そして信心と土地を治める有力者の力は強く、弱者は弱者、強者は絶対的な権力を持った者として、村里での地位を確立したままでした。

 偏見や噂は時に、人の命すら奪っていきます。



    ♡♡♡



 さて、あらたな物語の幕開けです。


 このお話の主人公の一人は柚結ゆゆといいます。


 柚結ゆゆはお母さんと二人暮らしでした。


 とても貧乏でしたが、小さな茶屋と畑作りでなんとか親子二人で慎ましく優しさにあふれた幸せな生活をしていました。


 ですが……。


 お母さんが長年の苦労がたたって病気で亡くなってしまい、柚結はお母さんの実家に引き取られます。


 そこで柚結は衝撃の事実を知らされました。

 柚結ゆゆのお母さんのお兄さんで、村里の有力者一族の一条家の当主が告げたのです。

 冷淡な当主の残酷な宣言を、柚結はうっすら人ごとのように、気が遠くなりながら聞きました。


「お前は17歳になったら、強い妖怪の長の一人である鬼狐おにぎつね様という土地神様の花嫁になるんだよ」


 妖怪の神の花嫁とは供物のこと。すなわち、柚結は生贄になる運命だったのです。

 この村里では鬼狐神おにぎつねしんは災いや天変地異を起こすと畏れられている。


 ですが、柚結は運命を受け入れます。

 母の実家の柚結への待遇はとても冷遇で、日々労働に明け暮れ、楽しみなどいっさいありません。

 女中の一人として、一条家のお屋敷の用事をこなし、掃除や洗濯に励み料理をこしらえ給仕にと、健気に働きます。


 柚結を身籠ったとき、お母さんはその父親が分からないなどの理由から、実家を追い出されてしまいました。

 村のはずれのはずれ、隣りの村の境の峠のあばら家とわずかなお金だけを持たされて……。


 柚結は知りました。

 親戚が柚結のためを思い引き取ったのではなく、村里の人身御供のために自分が呼び戻されたことを。

 本当は生贄は自分ではない。

 生贄に選ぶ儀式、村の神社の神主が矢を射りその矢が当たった部屋の娘がなる習わしです。

 白羽の矢が刺さったのは、従姉妹の寝所の屋根だったからです。

 つまりは身代わりになるために、柚結は一条家にひととき住むことを許されたのです。



 ある雪の降る寒い日。

 柚結が、体調を壊した女中仲間のお志津しづさんのためにささやかな雑炊や得意の滋養効果のあるよもぎの茶菓子を作ろうと、夜遅くに台所に立ちました。


 そのあくる朝、従姉妹の愛子に珍しい食材と高級な髪留めが無くなったと泥棒扱いをされました。

 髪留めは愛子が意地悪で庭に隠していたのを、柚結の唯一の味方の女中のお志津さんが見つけてくれたのですが。

 明らかになった真犯人は愛子です。失せ物の罪の自作自演でありました。

 しかし、柚結がやったのではない証拠と証言に、愛子と当主は逆ギレし憤慨して誤魔化したのです。


 柚結は約束の17歳になる前に婚礼衣装を着せられ家を追い出されて、縛られた上に一条家の使用人に馬で運ばれ山深くに放り出されてしまいました。


 ゆく宛のない柚結は、猛吹雪のなか、雪山を彷徨います。

 お腹は減り、喉が乾き、寒さに体温が奪われて、息も絶え絶えです。


「もう歩けない……。私、ここで死ぬんだ。……お母さんに会えるなら、死んだほうが幸せかも……ね」


 気づけば柚結は、母とよく訪れていた小さな神社の祠の前で倒れてしまいました。





 ――柚結が目を覚ますと……。

 明るくあったかい部屋に自分が寝かせられ、お日様の匂いがするふかふかなお布団のなかでした。


 そばで柚結と同じぐらいの年の頃だと思える少年が、うつらうつらと壁によりかかり座りながら寝ていました。

 どうやらずっと柚結を看病してくれていたようです。


 この少年は人間ではなく、なんと鬼狐神族の長だったのです。


 少年の名前は陽太。


 陽太は若いながら、鬼と狐の九尾の流れを組む鬼狐神族をまとめています。


 屋敷にはたくさんの親なしの妖怪の子や妖力が弱くて居場所がない妖怪などが一緒に住んでいました。


 それから、陽太には年の近い弟の駿太郎しゅんたろうと幼い双子の姉弟の春乃はるの風葉かぜはとがいます。


 陽太は困っている者を放っておけない、心優しい妖怪鬼狐でした。

 しかも、彼はハッとするほどに、見目麗しい少年です。


 更には活力と力強い生気で満ちていました。

 妖怪の長、陽太はすこぶる健康で元気で、明るい性格なのです。


「あのお姉ちゃまがお兄ちゃまのお嫁さんなの?」

「春乃。……そうみたいなんだ。人間世界からの贈り物として、一方的だけどね。残酷なことさ。だって柚結さんとお兄ちゃんは婚礼もしていないもの。……あのぅ、柚結さんはもうお家に帰れないのですか? 俺は妖怪です。……それでも、柚結さんさえ良ければ一緒にうちに住みませんか? ……えーっと、一応は……表向きは夫婦として」

「……陽太さん」

「そのほうが、なにかと都合が良いと思うんです。周りにあれこれ詮索されて困らないと思うし。あーっ、だけど! 嫌だったら良いんですっ! やっ、やっぱり俺と夫婦ごっこなんてやめましょう」


 陽太さんの慌てふためく姿がかえって微笑ましくて、柚結は心のどこかがホッとさせられました。

 なんだか可愛らしいかただなと……。

 それから柚結は申し訳ないような気にもなります。

 私などがお世話になって良いのでしょうか? と考えます。


「いえっ、あの……陽太さん。ありがとうございます。……不束者ですがここに置いてくださると嬉しいです。私っ、私に家のことでもなんでもなんなりとお申しつけください。やらさせてください。春乃ちゃんや風葉くんの子守も。畑も耕します。……一生懸命にお手伝いします」

「うんっ。ありがとう。あのね、今日から柚結さんはうちの家族ですよ。……大切にします」


 優しい妖怪、鬼狐神族の長の陽太ようたと陽太の兄弟たちとの、優しくて和やかで、時ににぎやかで……心穏やかな楽しい暮らしが始まります。

 ……時々、思いもよらぬ甘い胸キュンが待っているかもしれません。


 これは、一人の居場所のない女の子が大切にされて愛され幸せになる物語。

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