13 なんか、先生ぽい


 私はタイミングを見計らってリビングに降りて行った。

リビングでは琥珀ねぇが一人でコーヒーを飲んでいる。


 琥珀ねぇは魔法に関する事件を解決する魔法警察官だから、毎朝向かうのは魔法警察庁。

姉妹の中で通う場所が一番近いからいつも最後に家を出るんだよね。


「琥珀ねぇ」


 廊下の角からリビングに顔だけ覗かせると、琥珀ねぇはコーヒーカップを置いて振り返った。


「あれ、みかげまだ出てなかったのか? 瑠璃ねぇはさっき行ったぞ」

「へ、へー? それはちょっと置いといてさ、琥珀ねぇにお願いがあるんだけど」


 と言って私はリビングに姿を出す。

琥珀ねぇは私が水球をステッキに浮かせているのにとても驚いたようで、大きく目を見開いた。


「どうしたんだそれ!? すっごいじゃん!」

「えへへ。それでさ、ラディアント学園までど送ってもらえないかな?」

「それは良いけど……そのままでか?」

「うん」

「部屋着だけど」

「うん」

「……」


 琥珀ねぇは数秒私を見てから、すぐに棚からバイクの鍵を取り出した。

どうやら考えるのが面倒になったようだ。


「よーし、じゃあ行くぞ」


 琥珀ねぇが家の駐輪場で私にヘルメットを被せてくれる。

その後ポケットからステッキと磁石を取り出して、私に向かってくるくるっと円を描いた。


 赤茶っぽい光がやってきたと思ったとたん、私は何かの力に引っ張られるようにして後ろ向きでバイクに座らされる。


 琥珀ねぇはそれを確認してからバイクにまたがった。

手が塞がった状態でバイクに乗るのは危ないから、くっつきの魔法を使ったんだ。


 エンジン音がして景色が動き始める。

背中合わせにくっついていると琥珀ねぇの体温を感じてなんだか心地が良かった。


「みかげ」


 道を走りながら琥珀ねぇが私に話しかける。


「瑠璃ねぇとなんかあったのか?」

「えっ、な、なんで?」

「目的地は一緒だし、瑠璃ねぇと行けばいいじゃん?」


 琥珀ねぇ、するどい。

だって放っといてなんて言ったのに、力が必要になったら頼るなんて虫が良すぎるし……。


 どう謝ったらいいか分からない私は、ずっと瑠璃ねぇのことを避けてしまっていた。


「あ、あのさ。瑠璃ねぇ私のことなんか言ってた?」

「なんかって?」

「もう嫌いとか」

「言うはずないじゃん」


 琥珀ねぇはケラケラ笑う。


「何があったか分かんないけど、どんな状況でも瑠璃ねぇはいつもみかげの味方でいるよ。もちろんあたしも」


 それは、言葉にされなくてもいつも感じていたこと。


 でも私は瑠璃ねぇとザマス先生が言い争った時、瑠璃ねぇの味方をしなかったって今気づいた。

前にどんな瑠璃ねぇでも好きって言ったくせに。

自信がなくて疑っちゃったんだ。


 少し胸をチクっとさせながら、パーカーのポケットに入れていた木の葉を手に取って水球に風の魔法を使う。


 強い力に煽られて、水球はプリンをお皿に出した時みたいに揺らめいた。


 危ない、今少し失敗しそうだったかも。

きっと心が乱れているからだ。


「うう、うううーー!! このままじゃダメだぁぁ!!」

「うわ、何だよ急に」

「私、もっとがんばるーー!!」

「おー? がんばれーー!」

「私ならできるーー!」

「そうだぞーー!」


 私、瑠璃ねぇがくれたチャンスを無駄にしたくない。


 琥珀ねぇと叫びあっていたら、あっという間に学園に着いていた。

琥珀ねぇは目立つし、私は背中合わせで部屋着だしで街ゆく人に見られまくっている。


 やっぱりこの格好は少し……いや、けっこう恥ずかしいけど仕方がない!


「これ、カバンな。服と荷物を入れておいたから」


 琥珀ねぇは私の肩に赤いボディーバッグの紐を通して胸の前でパチンととめてくれた。


「ありがとう、行ってきまーす!」


 振り返らずに走り出す。

学園内はちらほらと他の特別入学候補生が登校しているところで、みんな私を見てギョッとしている。


 恥ずかしくて私は猛ダッシュでシトアの部屋に向かった。

ダークブラウンの扉は閉まっている。


 シトアはもう来てるかな?


「おーい、シトアー!」

「だから先生をつけろって」


 扉が開いて、黒いトレーナーを着たシトアが出てきた。

シトアはまず私が部屋着でいる事に驚いて、その後ステッキに浮かせている水球を見つけてもっと驚く。


「へぇ、やるじゃん」


 と感心したように、シトアは水球をまじまじと覗き込んだ。


「だいぶデカイな。それなのによく安定してる」

「ほ、ほんと!? やったー褒められた!?」


 万歳ができない私は拳を突き上げた。


「つーかその服……いつから魔法使ってんだ?」

「昨日の夜から。手が塞がってて着替えられないの!」

「体力すごいな。普通そんなに長時間維持してたらぶっ倒れるぞ」

「そうなの? あ、でも私体育は得意でいつも一位だよ」

「へー」


 シトアのそのリアクションを最後に沈黙が流れる。

コケコーッとどこかでニワトリが鳴いた。

それからまたしばらく間があった後。


「で?」


 とシトアが私に聞いた。


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