5
「私は、友だちがひとりもいないのだ」
私たちの会話は、小夜先輩のそんな一言から始まった。
世界観を保った洋風な医務室。そのベッドの上で、彼女の右足には必要以上に包帯が巻かれている。
まるで本当に怪我をしているかのような沈んだ声で、彼女は語る。
「後輩には厳しくしすぎたせいで、遠い存在だと思われてしまった。サックスの練習やら合奏の動画を見返すのに夢中で、同級生とちょっとしたカフェに寄る時間すら渋ってきた。嬉しかったんだ、橋田が相談してきてくれて。初対面なのにとても親しげで、長年付き添ってきた相棒のようにすら思えた。こうしてみんなとイズニーを回ることが、しばらく私の夢だったんだ」
私がある意味親しげに小夜先輩へ相談できたのは、追い詰められていたからだ。もしかするとそんな自分勝手な考えが、彼女を苦しめてしまっていたのかもしれない。
小夜先輩は続ける。
「まさか、こんな大事になるとは思っていなかったのだ。みんなで一緒に遊べば、恋愛問題なんてすぐに解決するかと……」
「小夜ちゃんは、彼氏さんとかいたことあるの?」
咲先輩は言う。その雰囲気は、こんな状況でも上品で柔らかい。
「小学生の頃に付き合っていると思っていた男子が、実は男の子好きだった。それがトラウマで、以来誰とも交際していない」
そんな咲先輩も、その言葉には苦笑いだった。
小夜先輩はベッドから出て立ち上がり、土下座をする勢いで私たちに頭を下げる。
「本当にすまなかった。私がぜんぶ悪い。みんなには仲直りしてほしい。だから、私はもう消えるよ。私みたいなひどい奴が、友だちを欲しがる権利なんてないから」
そんな悲壮的な雰囲気を醸し出しながら、彼女は医務室の出口へと去っていく。望も咲先輩も、その後ろ姿になにも言わない。
悲しい別れだった。確かに今日の彼女は、はちゃめちゃだったけれど。
アトラクションを回り、食べ歩きをして。ほとんど二人きりでも、楽しいと思ったことは事実。
それが、こんな形で終わってしまうなんて。
「なに、言ってるんですか」
許せなかった。すべては自分に力がなくて、彼女に相談してからこそ始まったことなのに。
いい加減、自分に腹が立つ。
「せんぱいはもう、友だちじゃないですか!!」
私は叫ぶ。小夜先輩は、涙目ながらも振り向いてくれる。
「一緒にアトラクション乗って、食べ歩きして。もはや親友、マブダチ! これだけ喧嘩したんだから、ソウルメイトと言っても過言じゃないです!」
激しく言う。
彼女は両手を震わせながら、少しずつ私たちの方へと戻って来てくれる。
「ほ、本当か? 私が、友だち?」
「ね? そうだよね!?」
私は、望と咲先輩の方に振り返って言う。
望の顔は懐疑的だ。
「い、いや、私はべつに……」
そう否定しかけた彼女に対し、咲先輩はその体に抱き着いた。まるで親友のように頬を擦り合わせながら、小夜先輩の方へピースをする。
「ほら見て。私たちももう、仲直り!」
望は驚き、うざったそうに咲先輩を追っ払おうとする。
「ちょっ……やめてください!」
「おおっ」
それをじゃれ合いと感じ取ったのか、小夜先輩の表情は一気に明るくなった。自身の指で涙を拭き、嬉しそうに言う。
「まさか一日に、三人も友だちができるとは。幸せだ。幸せすぎる」
「っ私はあんたのせいで……!」
耐え切れなくなったのか、望の表情は険しくなる。
私は、言わなければならないと思った。
「望」
その名前を呼び、目を見つめる。正直、今の問題を解決できるほど、私は強くない。
けれど。
「小夜先輩を元気づけたいからじゃないよ。でも、さっき私が言ったことは、ちょっと軽率だったと思う」
望に言う。できる限り本当の思いを、心の奥から引き出せるように。
「私、からっぽでさ、勇気もないし、望の想いに応えられる自信もない。でも、望と付き合ってみたいって思ったのは事実なの。ただ私が馬鹿なせいで、変に日和っちゃって、それで……」
望は、悲しそうな顔をする。
「大和……」
それを見て、私も悲しくなってくる。すべては私が悪い。悲しくなるなんて、図々しいはずなのに。
私と望の間には、重い空気があった。それは長年親友として付き合ってきた仲だからこそわかる、特有の不安感。もしかすると、もう戻れないのではないか。私に勇気がなくて、彼女を傷付けてしまったから。そういったもやもやは胸に宿り、私の言葉を遮っている。
すると、咲先輩は唐突に言った。
「思うにさ。ふたりとも、交際ってものを重く考えすぎだよ」
私と望は、同時に彼女の方を向く。
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