おっぱいに興奮するなんて、ありえない 1
「お弁当ね、大和のぶんも作ってきたの」
私の昼休みは、誰もが憧れるそんなフレーズで始まった。
高校一年生の五月の教室といえば、もう大抵の生徒それぞれにグループができて、昼食の席も決まってくる頃だ。しかし望は中学のときから変わらず、チャイムが鳴るとすぐ私の席へとやってくる。
今日その手に握られていたランチバッグは二つ。いつも使っている緑のカエル柄の可愛いそれと、明らかに新調したと見える大量のハートが描かれたそれ。
私が男の子なら。こんな美人のお弁当を食べられるなんて、天にも昇る心地なのだろう。
しかしはっきり言って、私は望のお弁当を食べ慣れている。昼休みを常に共に過ごしてきたのだから当然だ。各曜日の献立すら事細かに把握している。今日は水曜日で、野菜を中心とした焼き物が多めの日だ。
彼女はその中からハート型に切り取られた人参を箸でつまみ、手でお椀をして私の口元へと運んでくれる。
「はい、あーん」
一つの机に向かい合って座っている私たちの横で、別の女子グループが耳打ちするようすが、視界の端に映った。確実にできていると思われている。否定も何もできないけれど、いくら付き合っているからといって、このあーんはあまりに早すぎる。
私はその人参から顔を逸らす。恥ずかしさを隠すように。
望はその柔らかい頬を膨らませ、怒ったように言う。
「もう! 一生懸命作ったんだから、食べてよ!」
「いやいや。だって、人前だよ? あんまりべたべたするのはちょっと……」
街中で過度にいちゃついているカップルを見る度、少し嫌な気持ちになる。不幸になれとまでは思わないけれど、その動機って本当の愛じゃなくて歪んだ自己顕示欲だと思う。誰かを好きになったことのない私が言うのも変だけど。
でも、自分がそうはなりたくない。もし恋人ができたなら慎ましくいられる仲でありたいと、漠然と思う。
加えて、望は未だ私の中で親友の枠組みから外れ切れていないわけで。恋人みたいな素振りなんて、恥ずかしいのなんのって。
……いや、むしろ恥ずかしくないのか? 例え友だちでも、女の子同士なら抱き着いたり手を繋いだりってよくある話だし。私はほぼないけど、学校内では光景としてよく見かける。変に意識するからいけないのかな?
彼女を意識してる? 私が?
いやいや、まさかそんな。だって、昨日まで親友だった奴だよ?
言葉一つで見る目が変わるだなんて、そんなこと。
まあ、確かに望は可愛い。でも、それは昔から思っていたこと。
私を見つめる彼女の目は、恍惚としている。
それはまるで、今にでも私にキスをしてきそうな。先ほどあーんを断ったばかりなのに。
「大和は、もう私の彼女なんだよ?」
望は言う。私の手を取り、それをそのまま自身の胸へと押し付けてくる。
ん?
「なっ……!」
思わず、不意打ちを喰らった敵キャラみたいな声が出た。男の人、どう思う? 自分の親友にいきなり手を取られて、股の間にある秘所にむにっと押し付け、なんてされたら。
そりゃあ、困惑する。
全身が緊張して、顔がこわばる。
彼女は、そんな私の動揺をものともしない。
「だから、好きにしたっていいの」
そう言われてもさ。
おっぱいなんて、女の子なら誰でも持っている。
大小の差はあれど、大切な宝物みたいに包まれて、女の子の魂のようにその心臓に上に宿っている。
自分のは、そこまで高貴な物とも思えないけど。
けれど、好きにしろと言われたところで、わざわざ親友のそれに触れなくとも、自分のそれをいくらでも触れる。
振り掛かる視線が途端に痛くなった。クラスの大抵は自分たちの会話に夢中で、他人には目もくれない。しかし、気付いている者もいる。私たちの横にいた女子グル―プは何かぼそぼそと会話しながら密かに去って行った。私たちを見ている者は、今や誰もいなくなる。
「大和?」
彼女は唐突に上目づかいになる。その顔を見ていると、リアリティが湧いてくる。彼女は本当に私のことが好きなのだ。心から胸を揉んでほしいと思い。それを幸せだと思っている。
それに気付くと共に、私の掌の感覚は異様に敏感になった。彼女のワイシャツとの間から、汗が湧き出てくる。いったいどっちの汗なのか。答えは分かり切っているけれど、私は自分に言い訳するしかない。
本当に揉んだら、どうなるのだろう。
そんな疑問が過ってしまっているから。
少し、手に力を入れてみる。中に熱さと柔らかさを感じる。これ、本当に胸か? 自分のを揉んでみたときと印象が違い過ぎる。何ていうか、弾力が違う。柔らかいのに弾力がある。まるで布越しに手の中へと吸い付いてくるみたい。
「……ふへっ」
最低な声が出た。はっと正気に返って、彼女の顔を見る。
絶対に引かれたと思っていたのに。
「んっ……」
目を瞑り、快感に身を委ねるかのような。
望はそんな風に、私の目の前で淡い表情を見せていた。
「……いや、エロ同人かて!」
思わず立ち上がる。教室の外へと去る私を、彼女は名残惜しそうに見つめてくる。
「ちょっとー、どこ行くのよー」
「購買でパン買ってくる!」
そうして半ば無理矢理、彼女の下から離れて行く。私の右手には、汗とあの感触が未だ残っている。
決して興奮したわけではない。だって、私は女だし。
女だというのに。
どうして私の体は、ぼんやりと火照っているのだろう。
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