379話 片翼の双神
1人、また1人。
空から降ってきたハルとノーネーム――前日からこの日の戦闘の序盤までで「ないない」されてきた人たちにとっては、紛れもなく、直接に命を救ってくれた恩人――恩神。
「死んだと思ったら別の世界に来ちまったが」
「ま、無くなるはずだった命、こっちで使えてるし……いっか」
「よくわからんが、こんな戦いで来たしな」
「こんな綺麗なもの、見れるものね」
「こういうのを生きて見たかったんだよなぁ」
「ここが天国……地獄だとしても良いよね」
「もう成仏しても良いかなぁ」
【まだ早いよ】
【そうだよ、生きてるよ】
【生きてる ちゃんと生きてるよ】
【あの人、昔近所に住んでた……生きてるんだ……】
【良かった……良かった……】
【今、全世界で11年前の名簿掘り起こして調査中だってさ】
【大変だけど、やりがいのある仕事だね】
【ああ……!】
1人、また1人。
必要のなくなった武器を地面へ――音を立てないようそっと下ろし、そのまま座り、うずくまり、あるいは祈り。
「いやー、ないないされて良かったわー」
「まさか本当にハルちゃんたちの助けができるなんてな」
「いえーい、地球のみんな、見てるー?」
【草】
【草】
【軽ぅい!】
【ノリが完全に俺らなんよ】
【ハルちゃんの視聴者だからな……】
【現代っ子は危機感がーって言われそう】
【まぁ良いじゃん、こんなときくらい】
ある者は配信カメラへ笑顔を向け、ある者は「他の世界の配信機材」へ笑顔を向け。
「げ、そっちの世界の配信ドローン、虫の形してんのかよ……きもっ」
「まぁ良いじゃん、ピースピース!」
『――――――』
『♪』
ある者たちは、戦闘で意気投合した異種族同士で喜び合い。
「ハル様……」
「お懐かしゅうございます……」
「かつて我らが世界をお救い頂いたご恩は、これでもまだ……」
【爺さん……】
【じいさんばあさん……】
【かなりの割合で、あの攻防で勲章もらった人たちが……】
老人たちは、その老体が折れるほどに平伏し。
「……ふふ、ふたりとも、すやすや寝てる」
【るるちゃん……】
【るるちゃん……】
【良かったね 良かったね】
【るるちゃんの、慈愛の瞳……】
【この子、こんな穏やかな顔するんだね】
るるは、静かに2人を撫でながらあたたかい気持ちを振りまき。
「……るる……」
「良かったです。 本当に……るるさんが」
えみとちほは――ただ静かに、友人が見せる久方振りの安らかな笑顔で、笑っているはずなのに涙を止められず。
【美しい……】
【えみちゃん、良かったね……】
【るるちゃんが……】
【くしまさぁんが……泣いてる……】
【見ろよ まるで宗教画だぜ】
【安心しろ、いろんな世界の配信カメラがこの光景を伝えてるんだぞ】
【ハルちゃんたちが伝説に】
【るるちゃんも伝説に】
【るるちゃんが……聖母……?】
【魔王との戦いに勝利して力尽きたハルちゃんたちを優しく抱き留めて、そのまま静かに座って2人の頭を撫でてるっていうるるちゃん……この子のこと知らなければ、本当に聖母だって思うよな】
【知ってても聖母だよこんなもん】
【ああ……】
【あれだけ大変な思いさせられたはずのノーネームちゃんのことも、優しくしてるもんなぁ……】
【しっかり抱きしめて撫でてるもんな……】
【不幸体質るるちゃん そのはずだったのにな】
【るるちゃんはママだった……?】
【ハルちゃんのことで闇堕ちしてたけど、あれって愛が深いからだったしな】
【あー】
【鬼子母神属性なるるちゃん……】
【でも……母性ががががががが】
【草】
【あーあ】
【絶壁でも母性はあるんです あるんです(涙】
【草】
【絶壁でも2児に母乳やることもできるんですよ??】
【馬鹿にしたらインターホンを押してやるからな】
【女子の体のことを無神経に口にする代償は重いぞ】
【絶壁派が元気を取り戻している】
【こわいよー】
【草】
【やっぱ台無しにしてきて草】
『――――――~~~~♪♪』
『――――――~~~~♪♪』
「――――――~~~~♪♪」
「――――――~~~~♪♪」
天上で響く鐘の音、それに合わせて始まり広がった歌。
全周に降り注ぐ光、町のはるか外までを取り囲むモンスターたちの墓標。
――そして見渡す限りに歌い、祈り、這いつくばる人々。
その全ての頭の先が向けられている、1人の少女と2人の「女神」。
それは、数分、十数分、それとも数十分。
もはや誰もが動くことを停止し、ただただ浸るしか無い時間が過ぎる。
◇
――――――そして――世界が揺れる。
「……な、何!?」
「地震……あんな戦いがあったし……いえ、でも……」
地響きに続いて始まった地面の揺れに、伏せていた人々が顔を上げ……一気に不安そうな表情になり、町の建物を、はるか先の水平線を――お互いの顔を、眺め合う。
人々の視線が宙を舞う。
その状況で――金と黒の2人は、目を開けて――立ち上がる。
「……ハルちゃん? ノーネームちゃん?」
【!?】
【2人とも、寝てたはずじゃ?】
【なんか目つきが】
「………………………………」
「………………………………」
2人は顔を見合わせ、
「……羽が?」
【ふぁっ!?】
【ハルちゃんの羽が片方】
【ノーネームちゃんの羽に】
【あ、ちゃんと天使の羽から悪魔?の羽になってる】
【かわいい】
【かわいい……けど】
【これって……】
ハルの片方の羽がノーネームへ。
片翼となった2人は、足りない羽の代わりになるようにと、羽のない方の手を繋ぐ。
「……輪っかも」
【!?!?】
【一体何が】
【分からん】
【天使の輪っかが……半分……】
ハルの頭上にあった金の輪は――2人の繋いだ手の真上へ。
さらに、ちょうど半分になるように、片方は黒に染まる。
「……ハルちゃん」
ぎゅっ。
ハルの裾を――「また逃さないように」と、無意識で掴んでいた、るる。
「………………………………」
にこり。
ハルが、優しくほほえむ。
「安心して」。
そう、言うように。
「……うん」
るるが離した裾は、静かに浮かんでいく。
そしてハルとノーネームは――高く。
この世界に召喚された人々の、誰の目にも留まるように――浮かんでいく。
【ハルちゃん……?】
【これ……】
【さっきもハルちゃん、雰囲気おかしかったからなぁ】
【……思い出しちゃったのかなぁ】
【もう、私たちの知ってるハルちゃんは……】
【そんなわけない】
【そうだよな】
【のんだくれのハルちゃんだもん、すぐに戻ってくるよ】
◆◆◆
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