185話 VSでっかいドラゴン
「いきなり」探知スキルに出て来た存在。
明らかに強い――ううん。
「……見たこともない強さ……ですね。 多分、あのときのノーネームさんよりも、ずっと……」
【えっ】
【は?】
【そこまで分かるのハルちゃん!?】
「……大きいです。 ノーネームさんでも大きかったのに、あれは……」
ものすごい声を上げながら、ものすごく大きい羽をばっさばっさとしながら……ものすごい風圧を叩きつけてきながら降りてくる存在。
それは、僕が知ってる「ファンタジー」のドラゴン。
生物の頂点。
ラスボス。
最高峰の力。
強敵。
そんな――ノーネームさんよりも、ずっと怖い見た目の存在。
映画で出て来るように、本物の恐怖。
そんな存在が、今。
空高くから――僕の前に、僕を見ながら、僕を見下ろしながら、僕に狙いを定めながら、降りてきていた。
【っていうかあのノーネームちゃんより大きくて強いって一体どんなモンスターだよ!?】
【ノーネームちゃんでさえ、新設のランクで最高ランク……SSモンスター認定とかじゃなかった!?】
【ドラゴン状態のノーネームちゃんな】
【じゃああれはどう表現したら……】
【あの、それより天井……なんかゲームとかでよくある感じの異空間なんですけど……】
【今はハルちゃんのピンチの方が!】
立ち上がることもできない振動――うん、地震なんかじゃない。
音で――威嚇の咆吼だけで、舞い降りてくるだけで。
ダンジョン全体が、震えているんだ。
「GRRRRRRRRR!」
【ひぇぇ】
【音割れしてる】
【あの、咆吼だけで画面がシェイクされてるんですけど】
【ハルちゃんの鼓膜がぁ!】
【俺たちの鼓膜がぁ!】
【ハルちゃんの臨場感を味わおうとヘッドホンで音量全開だった俺の鼓膜が!】
【あ、それはどうでもいい】
【不要な情報なんて書き込むんじゃない】
【お前の情報なんて心底どうでも良い】
【ひでぇ!】
【草】
でっかいドラゴン。
……これまで見て来たような、ダンジョンの中でのドラゴンさんじゃないドラゴン。
その姿はとてつもなく大きくって、鱗ひとつひとつがごつごつしてて、羽と尻尾がものすごく長くって――臭い。
動物園の、臭い。
生物の、臭い。
――やっぱりこのドラゴンさんも……生きてるんだ。
ただのモンスターじゃないんだ。
僕の知ってるダンジョンのモンスターは、そこまで臭くないのに――このバカでかいのからは、動物園を煮詰めた臭いがする。
それも、血の臭いがものすごく――。
【ひぇっ】
【こわいよー】
【これ、ノーネームちゃんのときよりでっかくねぇ!?】
【でかい】
【ハルちゃん、早く逃げて!】
……思えばスライムのときもそうだった。
やけにべとべとしてたし、服に着いちゃったのとか臭くなってるし。
まるで「本物の生命体」みたい。
……そんなこと考えてる場合じゃない、ねっ。
たぁんっ。
【悲報・ハルちゃん、やる気】
【逃げないの!?】
【マジか】
【弱ってて武器もないのに】
【一応、数発ずつの銃があるって言うし……】
こうなってからは、弾の問題で銃を使ってこなかったけども……さすがに普通に使えるか。
そりゃそうだ、狙撃銃より弓矢とかスリングショットの方がずっと疲れるんだから。
……でも。
「GRRRRRRRRR!」
「――っ!」
とっさの判断で盾を滑らせ、両脚と両手に全力の魔力を込めて真横へ飛ぶ。
構えてた銃なんてほっぽり出して。
――ごおっ。
何回か上と下がくるくる回ってから、体がぶつかって止まる。
頭がくらくらするけども、体じゅうに適当に魔力を回して無理やり体を起こして構える。
【すっごく回る】
【ハルちゃんがこんなにアクティブに……!】
【つまり、これだけしないと】
【やばい敵ってわけか……】
【ハルちゃん逃げてー】
「……………………………………」
……さっき僕が居たとこ。
【えっ】
【あんなとこ、通路あった……?】
【いや、違う……今のは】
「あのドラゴンのブレス……たったのひと吹きで、新しい通路ができてる……」
……こんなのは、ノーネームさんのときでもなかった。
いや、違う。
「ダンジョンの壁や通路は、基本的には壊れない」ものなんだ。
それは特殊なエリア……例えば落とし穴の近くとか、魔力が薄くなって脆くなってる壁とかに限定されてるはず。
実際、爆発の罠を連続起動したって、落とし穴の罠の周囲くらいしか削れなかったんだ。
……なのに今ので、発泡スチロールみたいに、壁が。
「……ここで何とかしないと。 通路に駆け込んでもこのブレスでどこまでも追いかけられる……」
ううん。
むしろ、通路に逃げ込んだらあのブレスでこんがり焼かれておしまい。
――ドラゴンさんの真下の、全方向に逃げ回れるこの大部屋の方が安心だなんてね。
【ハルちゃんの話し方が】
【素に戻ってるな】
【普段のハルちゃんはこうなのか】
【ですますじゃないハルちゃんなんて……】
【嫌か?】
【ぞくぞくする】
【ショタっぽくて、これはこれで】
【ショタですって!?】
【草】
【お前ら真面目にやれよ草】
【だって、こうして茶化さないと……】
……たぁんっ、たぁんっ。
【ハルちゃんが走ってる!?】
【めっちゃブレてるけど、多分横に走りながら銃で攻撃してるな】
【そんな……ハルちゃんが走りながら攻撃だなんて……】
【あのノーネームちゃんのときくらいだもんな】
【しかも……】
「……ほとんど効いてない……」
やっぱり普段使いじゃない、威力が低かったり属性的に使いづらいのしか予備で持ってなかったからか、ろくにダメージが通ってない。
「……ううん。 そもそも無いんだ。 コアが」
【え?】
【ハルちゃんだけに見えたはずのコアが】
【レベルダウンしてるからじゃ】
【いや、ハルちゃんが断定してるくらいだぞ】
……こんなの、倒せるはず無いじゃんか。
そうして始めて感じる、お腹の底からの気持ち悪い感覚。
絶望。
恐怖。
それに、近いもの。
「……そっか。 そうだよね。 これが、命のやり取りするんだったら、本当ならある感覚なんだよね」
そうだ。
だって僕の世界に現れたダンジョンじゃ、基本的に大ケガはしないんだし……死亡例だって、今じゃ珍しいくらいなんだ。
……でも。
「GRRRRRR!」
理不尽な力。
上位種。
人間の、本来の立ち位置。
「こういうのを肌で感じると……燃えて、来ますね」
【えぇ……】
【草】
【やだ、ハルちゃん好戦的】
【逆境で燃えるとかウォーモンガーかな?】
【猫から虎に進化したか】
【獅子かもしれないぞ】
【ライオンのメスってね? オスよりずっと強いんだって】
うん。
ようやく――ダンジョン潜り始めて4年近く。
それくらいしてからようやく、僕は――本物の冒険みたいなことを、してるんだ。
◆◆◆
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