154話 僕がバレる、ちょっとだけ前 その1

僕が幼女になってから大体1年。


気が付けばあっという間だった気がする。

人って慣れれば、大抵のことは平気になるんだね。


「……ねむい……」


体力が少ないってことは、寝る時間も長い。

つまり今の僕は眠いんだ。


この体にも慣れたけども朝だけはなぁ……かと言って「眠気が取れるまで寝てみよう」って試したら丸1日寝たことあったし。


「んしょ……」


……8時。


会社行ってたときなら遅刻だね。


でも大丈夫、今は無職の幼女だから。

無職って言うか個人事業でほぼ毎日働いてるけども、悲しいことに世間様と親の価値観だと「会社で働いてないイコールで無職のニート」なんだ。


就職がめんどくさかった学生時代になんとなく聞いてみたことあったけど、けちょんけちょんだったっけ。


僕としては「今どき」って感覚だけども、まだ上の世代じゃあね。


まー、さすがに今なら配信者って存在くらいは知ってるだろうけども、「じゃあ僕がそれになって食べて行くってのは?」って言ったら多分大変なことになる。


ま、世代の違いだからしょうがないよね。


ほんと、これが有名な配信者とかになってるなら話は違うんだろうけどさ……まー、無理だよねぇ。


だって僕は男だし、別に声が良いわけでもトークが上手いわけでもないし、それに。


「……僕、幼女になってたんだった……」


つまりは女の子。


しかも顔出しすれば……多分、どんなパフォーマンスだろうと顔と身長だけで人が群がってくるのは確実な、ね……。


「……………………………………」


「かわいいかわいい」ってちやほやされる生活。


どんだけへたっぴでも「それがかわいい」んだもんね……今の僕がそうなってるけども。


……そう思うとなんだかむず痒い。


男のときには想像もできなかった感覚。


「う、うん……生活費に困るようになったら顔出ししよ……」


そこまでは何とかがんばるって方向で。


母さんたちとかお巡りさんとかに「男だったけど幼女になりました」ってすっごくめんどくさい説明するよりかは、まだ何も分からない幼女のフリしてる方が良いもん。


さーて、じゃあごはん食べたら潜りに行こーっと。


今日は……そうだなぁ。





【待機】


【楽】





……そろそろモンスターも増えただろうし、あのダンジョンにしよっと。


数は少なくても、深い階層だとそれなりのドロップするんだよね。


――そうして僕は、「あの日」に向かうダンジョンのことを「なんとなく」で決めた。


さーて、今日もダンジョンダンジョンっと。


別にこんな毎日じゃなくてもお金は問題なくなってきたんだけどね。

すっかり慣れて前のペースになって来たから。


でも、何しろヒマだし、誰とも話さない生活になったからなぁ。

ヒマすぎてもそれはそれで読書の手も鈍るし。


じゃあ、荷物荷物。


万が一のときのための装備もきちんと、ね。





かちゃりとドアの鍵を回して、朝の匂いを嗅ぎながらたんたんたんっと階段を降りる。


『――報告です。 カメラにハルちゃんが』

『9時20分……定刻ですね。 本当に真面目と言いますか、一筋と言いますか……』


『あ、ハルちゃんのアパートの大家とようやく話がつきました。 ダミー会社の独身者の社員寮として正式に借り上げる契約から、買い取りに』


『ありがとうございます。 すでにほとんどの住人には穏便に立ち退いてもらっていましたが、これで少し懸念材料が減ります。 ハルちゃんを見かける人間は確実に少なくなったでしょう』


小さい体に大きなリュック……でも、はた目には「特段目につくこともない学生が歩いてる」程度の認識。


あー、始業の時間のための電車を意識しないで良い生活ってさいこー。


こんな生活がずっと続けばいいねぇ。

たったの1ヶ月だけども、もう会社員戻れない気がしてきた。


「はっはっはっはっ」


朝のバスの中はぎゅうぎゅう詰めだから、軽く魔力でブーストを掛けつつ、てってってっと小走りで一路ダンジョン方面へ。


感覚的に軽ーいジョギングになる程度のテンポでのんびりと、普段からの僕に足りてない運動を取り入れる感じ。


『しかし、その……私のように索敵スキルに自信がある者でも、こうして監視カメラ越し、かつ索敵スキル全開で少しだけ認識できるレベルの彼女……失礼、「彼」と扱うと』


『ああ、あなたたちは構いませんよ。 ……ええ、確かにハルちゃんの隠蔽スキルは、恐らく国内でも5本の指でしょう』


『しかし、いくら使おうとも違和感は残ります。 そのときすぐでなくとも、時間が経つに連れて。 ですからいずれ、アパートの住人に露見する可能性がありました』


『ですから一括での借り上げ……ですが、ハルちゃんを書類上の社員として大家に納得させたのですね』


『宅配業者も、この地域は全員、手の者に。 これで「彼」が通常にない行動をする場合以外では、一般人に気づかれることは限りなくゼロに近づくはずです』


『ご苦労様です』


『いえ、普段の調査任務よりも気が楽ですから』

『そうですよ、外国関係のあれこれに神経を尖らせるよりも、「彼」の秘匿に全力を尽くす方がずっと……なにより目の保養になりますからね』


『分かります』

『もうあの子の父親みたいな気分ですよ、すっかり』


「ふぅ」


魔力使って走って10分。


今日適当に決めたダンジョンの入り口はすでにシャッターの開いたお店が並んでいる。


……まぁそんなに人気じゃないから歩いてる人は少ないけどね。


でも朝活ってことで会社に行く前に1階層とか2階層までとか、そういうのもあるらしく、居ないわけじゃない。


『おや、あなたたちもハルちゃんに目覚めましたか?』


『そりゃあなるでしょう……ひたすら上司に魅力を説かれ、1ヶ月も行動監視して保護する意識なんですから』


『……しかし、ひとつだけよろしいでしょうか』

『おや、何か問題でも?』


『……その……私たちのコードネームが「ハルちゃん護り隊」というのは少し……』


『良いではありませんか。 仮に漏れても、何のことかはさっぱりですよ? ある意味完全な暗号です』


『いえ……別に良いですけど……』


『そんなことより、私たちはそろそろ実況に向かいます。 身辺警護、頼みましたよ』


『はいはい。 どうせ双眼鏡の距離にならないと気づかれるので、こうして監視カメラを遠隔で見るしかありませんから』


「……………………………………」


振り向いた先には……僕を見ているはずもない、ただの監視カメラ。


町の中に無数にある、ただの機械。


……やっぱ視線感じる気がするけど……あれかな。


索敵スキルが高すぎると、監視カメラとかの何でもないのでも反応しちゃうのかな。


町中じゃ、もうちょっと落としとこ。

肌がぴりぴりするからなんかやだし。


――そうして僕は、普段通りにダンジョンへ向かった。


朝早く……って言っても会社よりは遅く。


そして10時きっかりに配信と攻略を開始するっていう、この体になる前からの日常に近いものへ。



◆◆◆



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