新ダンジョン探索-12-
その顔は冗談を言っている感じではなく、真剣そのものであった。
再び全員の視線が俺の方に向き、同時にみなが俺に何らかの発言を求めている……そんな空気を俺は全身でひしひしと感じていた。
25年間異世界にいたとはいえ、俺も日本人だから、それなりに空気は読める男だ。
先の美月さんの話しではないが、ここは一つ年上の人間……中里曹長を除けばおそらくみな俺より年下だ……として、男らしい発言をして、彼らの不安を払拭させる必要があるのかもしれない。
そうすれば彼らの俺に対する信頼も上向くだろう。
俺は咳払いをして、
「みな安心してください。綾音さん……いえ間宮三尉は自分が守ります」
と、可能な限り、堂々とそう宣言した。
が……みな一瞬、顔が固まり、フリーズする。
最初にフリーズが解けたのは綾音さんで、
「な……な、何を言っているんだ! お前は! わたしはお前に守ってもらわなくても自分の身は自分で守れる!」
と、顔を真っ赤にして怒っている。
「プッ………ウハハ!! こいつはいい! まさか隊長のことを守るなんて言う男が現れるなんてな!」
中里曹長は、笑いをこらえきれないといった様子で大笑いをしている。
他の隊員たちも中里曹長につられる形で、その顔をほころばせている。
もっとも、彼らは中里曹長ほどにはあからさまには笑ってはいない。
どうやら俺の発言はことさらに彼らの琴線と綾音さんの地雷にふれてしまったらしい。
「……お前ら……いい度胸をしているな。わたしが戻ってきた後の訓練を楽しみにしていろよ」
綾音さんはそう部下たちをにらみつけると、声を凄ませる。
とはいえ、綾音さんはその言葉ほどには怒ってはいないように思えた。
むしろ今の綾音さんはどこか楽しげにすら見えた。
とても、自分の部下の兵たちにメンツを潰されて怒っている士官には見えない。
まるで仲の良い家族が冗談を言い合っているように俺には思えた。
彼らと綾音さんの関係はただの士官と兵たちという関係ではなくもっと深いものがあるのかもしれない。
何度も死線を超えた兵たちはその絆が家族以上に強まることがある。
もしかしたら……綾音さんや彼らもそうした修羅場をくぐり抜けているのかもしれない。
異世界での記憶が不意に俺の脳裏に蘇る。
そこには、かつての仲間たちの顔があった。
俺は、どこか懐かしさと……そして少しばかりの羨ましさの感情を抱いて、彼らを見る。
戦場には良い思い出はほとんどないが、仲間たちの絆はわずかに残るほのかに優しい記憶である。
いずれにせよ俺の発言は、予想とは違う形ではあったが、とりあえず俺への印象を変えることはできたようだ。
綾音さんも言うほどには怒ってはないようだし、結果オーライか……。
実際、彼らが俺を見る目はだいぶ穏やかになったように思えた。
「ハハハ、二見さん。あんたが何者かは知らんが、どういう男かはなんとなくわかったよ。みなもそうだろう?」
中里曹長はそう言って、他の隊員たちを見る。
隊員たちは、「まあ……」と小さな声をもらしている。
彼らは完全に俺のことを信用したという訳ではもちろんないのだろうが、少なくともその表情には先ほどのような恐怖の色はなかった。
「な、中里曹長! もう二見……氏との話しは十分だろう。準備にかかれ! 時間がそんなにあるわけでもないのだ!」
「は! 了解いたしました! みなも聞いたろ! さっさと準備をしろ!」
中里曹長の号令で、隊員たちは一斉にキビキビと動き出し、ものの数分もしないうちに隊員たちはみな準備のためにその場から雲散霧消した。
綾音さんは、
「ふう……まったくあいつらは……」
とため息をついた後で俺の方を見て、
「二見、我々はこれからヘリで下総まで飛ぶ。そこからは輸送機に乗り換えて、根室基地までひとっ飛びだ。お前のような男に……どのような準備が必要かはわたしは知らんが、今のうちにやれることはやっておけ」
と、そう言うと踵を返して、その場を後にする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます