新たな戦場へ-05-
場に訪れたしばしの沈黙の後で、麻耶さんがやや憤りを帯びた口調で言う。
「クラーク局長、それはどういう意味でしょうか? 酔っ払って冗談でおっしゃっている訳ではないのでしょうね?」
「ええ、もちろんですとも。それにこれはわたしの個人の意見ではなく、米国政府としての正式な依頼だと思ってもらいたい。既に貴国の関係部署には調整済みです」
「……なぜこの男……いえ二見をわざわざご指名なされるのか、わたしには理解できかねますわ。彼は確かに異能者ですけれど単なる冒険者です」
「彼の一連の行動を見ればその理由は明らかでしょう。異能にも程度がある。彼のソレは明らかに異常だ」
「……なるほど。では二見の力を確かめたいと……そのためにダンジョンを探査させたいという訳ですか」
「いえ……そうではありません。既に彼の力についてはよく理解している。その力の程度については意見が別れているが……異常であることについては我々は一致を見ている。我々が何らの権威も持たない一個人……いえ一冒険者に興味を持っていることが既にその証左でしょう。それにあなた方もそのことは十分にご存知なのでしょう。だからあなたたちのような錚々たる方々が今ここに集まっているはずだ」
クラーク氏はそこまで言うと、麻耶さんたちを見渡して、若干の間をあける。
「ではクラーク局長、あなたは二見の何を確かめたいのですか?」
「それを言葉で……一言で言い表すのは難しいですな。強いていうのなら彼の性格……いや人間性か」
と、クラーク氏は、首を傾げて考えこんだ後で、独り言のようにつぶやき、俺の方をチラリと見る。
「……先程から黙って聞いていれば、いい加減にしてくださいませ。あまりにも敬三様に失礼ですわよ」
と、花蓮さんはそう声を強めて、クラーク氏を睨んでいる。
「花蓮様、よく言ってくださいました。わたしもそろそろ我慢の限界に来ていたのですが……。いくら政府の人間とはいえ、高慢にもほどがあります」
と鈴羽さんも続いて、声を上げる。
その口調は花蓮さんと比して冷静なものであったが、その分鈴羽さんの眼光は花蓮さん以上に鋭いものがあった。
俺もさすがにこの事態を前にして何かを言わねばと口を開きかけたが、麻耶さんから目線で静止され、
「あくまで要望なのでしょう? それなら拒否することも自由ということかしら」
と、麻耶さんはやや挑発的な物言いで話す。
クラーク氏は麻耶さんの質問には答えずに、逆に麻耶さんに
「二条院会長……それにそちらにいらっしゃる間宮三尉、あなたがたは数日前に二見氏を拘束するために部隊まで動かしたはずだ。それなのに今こうして彼と食事をともにしている。実に奇妙な話しではありませんか? この数日に何があったのですかな」
と、顔色ひとつ変えずに問いかける。
「質問に対して質問で返すな……というのは貴国のマナーにはないのかしら? まあいいわ。儀礼はもうやめて要点を話そうということなのでしょうから、ここからはわたしも本音で話させてもらうよ。そもそも二見……氏は我が国の市民なのだし、新たに出現したダンジョンも我が国の領土内にあるのよ。貴国に何かを強制される言われなど一切ないわ。あなたが、圧力をかけた我が国の関係部署とやらも最終的には同じことを言うでしょう」
麻耶さんはクラーク氏に対して、自信満々な様子で言う。
「さすがの余裕ですな、二条院会長。貴国のダンジョン行政を実質上掌握していると言われているだけのことはある」
「……戯言はいいわ。それよりも、あなたは圧力をかけても意味がある人とない人を見極めるべきね」
「しかしながら二条院会長、あなたのような人……権限を持つ者は同時に敵も多い。そして、どこの国でも先程申し上げたとおり組織……ましてや貴国ほどの大国ともなれば様々な思惑を持った人達がいる。決して一枚岩にはなれない。それはダンジョンにまつわる事柄だけでもそうでしょう。だからあなたのような辣腕が要求される」
「まどろっこしい言い方はやめにしたんでしょ。貴国の文化にのっとってはっきりと言ったらどうなの?」
「そうですな。失礼ながら、先日の二条院会長が行った部隊の出動、それにまつわる顛末、あれはいささかやりすぎ……いや失策でしたな。さすがに戦車まで破壊されてしまって、何もなかったことにはできないでしょう」
「……あなたたちが情報を持っている事にわたしが驚くとでも思っているのかしら。そんなのが今さら脅しになるとでも?」
「何か勘違いしていらっしゃるようだ。わたしは既に貴国の関係部署とこの件は調整済みと言ったのです。それなのに、二条院会長、あなたにはこの件はどうやら伝わっていなかったようだ。つまりあなたはこの件からは外されている。あなたが何を言おうともこの件はもう決まっていることなのですよ。……昨日の件は、二条院会長と言えどもいささか火遊びが過ぎたようですな」
今まで冷静だった麻耶さんもその時ばかりは、机をバンと叩いて立ち上がり、クラーク氏をにらみつける。
「ここまで挑発されて、黙っているほどわたしはおとなしい女ではないわよ」
「……元S級冒険者の二条院会長から睨まれるのは確かに怖いが……しかし、そんな安っぽい脅迫をしなければならない時点であなたには選択肢がないということだ」
二人はしばし互いに視線をあわせたまま黙ったままだった。
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