英雄、目覚める-07-

「あれは……いったい!」


「なんて大きさですの!」


 後ろから二人の声が響く。 


 デスナイトの足元には人が複数倒れている。


 そして、デスナイトの前方100メートル向こうには複数の人々が逃げ惑っている。


 避難したここの職員だろうか。


 部隊が必死に交戦しているが、状況は、劣勢のようだ。


 俺の頭に過去の何度も見た情景が浮かぶ。


 この光景……まるで魔族——敵——に襲われている村のようだ……。


 いや……違う。


 ここは異世界ではないし、ここは戦場でもない。


 本当にそうなのか……同じじゃないか。


 敵がいて、戦闘が行われている。


 守るべき味方がいる。


 ならば……俺がやるべきことは——。


 そして、『彼女』の声が耳に響く。


『よかったじゃない? こいつならあなたの不殺の対象外でしょ。もともと生きていないものね』


 そう……その通りだ。


 確かにデスナイトなら制約の対象外だ。


 ならば……制約も……暗示も不要だ。


 そう……俺の……ようやく英雄の出番だ。




「一般の人が……このままじゃ……」


「陸自の異能部隊が苦戦するほどのモンスターがいるなんて——」


 後ろには女たちの耳触りな声が響く。


 足手まといを守りながら闘うのは面倒以外のなにものでもない。


 たかがデスナイトごときに驚いているこの女たちも、俺の重荷にしかならない。


『フフ……自己暗示も大分解けてきたようね。わかっているんでしょう? あなたはこの世界でも……いえこんなに脆弱な者しかいない世界なら——あなたは前よりももっと英雄になれる……』

 

 そうだ……。


 この世界の者たちは人もモンスターも脆弱な者たちしかいない。

 

 そんなことはとっくにわかっている。

 

 帰還した時に……はじめてダンジョンに行った時に……。

 

 だから、俺は制約を守るために自身に暗示を……精神操作を——。

 

 だが、今の俺には喜ばしいことに制約は不要だ。


 デスナイトは、あいかわらず脆弱な兵士たちと交戦している。


 やはり、所詮はせいぜいC級の汎用品のアンデットか。


 あの程度の兵士などさっさと屠ってしまえばよいのに……。


 チッ……このままじゃ魔法が使えないじゃないか。


 デスナイトに魔法を放ってもいいが、近くで倒れている兵や闘っている兵まで消滅させてしまう。


 まあ……あいつらはそもそも俺に敵対している兵士なのだから、本来別に死んでしまってもいいのだが……。


 だが、面倒なことに俺には制約がある。


 俺自らが手を下す訳にはいかない。


 とはいえ、デスナイトがこの体たらくではな。


 それならば、この女たちに期待したいところだが……。


「……敬三様?」


「ご主人様……どうされたのですか?」

 

 女たちは戸惑いの表情を浮かべている。

 

 やはりこいつらではダメだ。

 

 しかたがない。


 魔法は諦めて、直接攻撃するか。


 まあいい……そもそも俺は魔法が苦手だ。

 

 細かな加減ができないから、いつも楽しむ間もなく屠ってしまう。

 

 俺はアイテムボックスを使用して、適当な武器を取り出そうとする。

 

 だが、アイテムボックスは発動しなかった。

 

 なるほど……小賢しいな。

 

 暗示は完全にとけたと思ったが、まだ無意識レベルではかかっているということか。

 

 が……問題はない。

 

 武装していなくとも、デスナイトごとき素手でも十分だ。


 さて……やるか。


 と、不意に女……花蓮といったか……が、俺の手を取る。


 その手はわずかに震えていた。


「敬三様……どうされたんですの?」

 

 そして、その曇のない眼でじっと俺を心配そうに見つめてくる。

 

 この目は嫌いだ。

 

 俺の脳裏にあの裏切り者の女を思い出させる。


「お前らは黙ってここで大人しくしていろ」

 

 俺はそう言って、女の手を乱暴に離して、デスナイトへと向かう。

 

 俺は自身の拳に力をこめながら、デスナイトに接近する。

 

 近くでは先ほどの部隊の連中が、必死に交戦しているが、ほとんど全滅に近い状況だ。

 

 立っているのはわずかに二人程度か。

 

 それにしても、なんという脆弱な連中だ。

 

 これなら、もう少し待っていればよかったかもしれないな。

 

 と、デスナイトがようやく俺の接近に気づいたのか、俺の方へ向き直る。

 

 が……デスナイトの動きはあまりにも遅い。

 

 既に俺は拳をやつの腹部に叩き込んでいた。

 

 いくらデスナイトとはいえ、俺は素手なんだから、さすがに少しは楽しめると思ったのだが……。

 

 次の瞬間、俺の拳はデスナイトの鎧を貫通していた。

 

 こんなに脆いものなのか。

 

 純粋に強化をした俺の肉体の攻撃力に運動エネルギー——スピード——が上乗せされれば、デスナイトの装甲は打ち破れるとは思っていたが。

 

 それにしても……こんなに簡単とは興ざめもいいところだ。

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