英雄、目覚める-02-
「フフ……顔色が悪くなったわね。どうやらようやく気づいたようね。わたしにはあなたお得意の精神操作魔法はきかないわよ」
麻耶さんはそう言うと、自信満々の笑みを浮かべている。
そうだ……精神操作魔法……。
俺は自分に……。
頭が割れるように痛む。
俺は単なる……冒険者だ。
この世界では……。
制約を守るためにそうでなければならない。
過ちを繰り返さないためにも。
だから、この役割を、茶番を続けなければ……。
と、俺は麻耶さんの豊満な胸元に目が移る。
……これには一応深い理由がある。
俺は麻耶さんのこうした無謀な行動の裏には、何か秘密があるのではと思ったのだ。
そう……例えば、何か特殊なマジックアイテムでも身につけてるのでは……と疑ったのだ。
そして、案の定、麻耶さんはその魅力的でたわわな胸に——。
ではなく、そう胸部にマジックアイテム——ペンダント——を身に着けていた。
だが、それは俺が予想していたものとは違っていた。
確かに麻耶さんが身につけているマジックアイテム——フォートペンダント——は、装着者に加護をもたらす。
しかし、それは装着者の身体ではなく精神を守るものだ。
俺のことを精神操作魔法の使い手だと疑い警戒していた麻耶さん……。
そんな彼女がこうも無防備に何度も俺の目の前に立っていたのは気になってはいたが……。
一応対策を施しているというわけか。
いやだが……それでも疑問は残る。
というのも、結局麻耶さんは物理的な防御という観点からすれば全くの無防備なのだから……。
麻耶さんが単に豪胆……という訳でもないだろう。
ならば大した脅威ではない精神操作魔法の対策にここまで神経質になる理由がわからない。
麻耶さんのやっていることは警戒と無謀が混在している。
まるでチグハグだ。
『チグハグなのはあなたよ。こんなところでノンビリしていたら、あなたの仲間たちはどうなるの——』
「フフ……どうしたのまた随分顔色が悪いわよ。あなたの切り札が通用しないのがそんなにショックだったのかしら? わたしの目の前に現れたあなたのお仲間も同じような顔をしていたわよ」
仲間……。
25年間異世界にいた俺には、この世界に知人と呼ばれる存在はいない。
家族もとうの昔に無くなっている。
異世界でも俺は仲間を何度もなくした。
『そう……だから今度こそ無くす訳にはいかないでしょう。そのためには暗示を解きましょう。力を取り戻しましょう』
と、不意に麻耶さんが立ち上がる。
そして、なぜか両手を肩幅くらいに広げて、
「フフ……二見。なぜわたしがわざわざあなたと二人っきりになったのか教えてあげるわ」
と、ニヤリと微笑む。
ついで、麻耶さんは何かに集中するかのように目をつぶる。
「さあ……刮目しなさい。二見、その顔をさらに青ざめさせてあげるわ!」
数十秒くらい経った後、麻耶さんの両手の間にはバチバチと電気のようなものが発生していた。
これは……サンダーボルト——か。
この程度の魔法でこの女は何を得意げな顔をしているんだ。
「フフ……驚いているようね。そうわたしも異能者なの。そして……この魔法は色々と便利なのよ。特に尋問の時にはね……わたしが何を言いたいかわかるわよね?」
そう言うと女は俺の方にその手を近づける素振りを見せる。
『ねえ……これなら正当防衛じゃないかしら。殺さないまでも、この女をねじ伏せておくくらいなら、制約に反しないでしょう?』
そうだな……その程度ならかまいはしないか。
殺さない程度に痛めつけておくくらいなら——
と、不意に部屋の扉がノックされる。
麻耶さんはサンダーボルトの詠唱を打ち切って、
「入っていいわよ」
と言う。
「会長……少し話が……」
ドアが開き、そこには先ほどの部隊の隊長とおぼしき人物が立っていた。
「間宮三尉? どうしたの?」
麻耶さんは、訝しげな表情を浮かべながら、間宮三尉の元へといく。
「いえ……少し問題が……例の会長が捕らえた女が……」
隊長は、麻耶さんに何やら耳うちしている。
「なんて失態を! 警備は何をしていたの?」
「それが……どうやら内部に手引した者がいるようでして……」
「二見とあの女以外にもネズミがいたということなの……まったく……」
話しぶりがすると、どうやら何らかのトラブルが発生しているようだ。
しかし……この部隊の隊長——間宮氏か——やたら俺を見てくるな……
まあ……先程のような明らかな敵意——殺気——はないからいいが。
「あ、あの……会長。対象……い、いえこの男は大丈夫でしょうか……」
「ええ。今のところ大人しくしているわ。何か懸念でも?」
「い、いえ……も、問題がなければ大丈夫です」
「ところで、三尉。ここはしばらくあなたに任せても大丈夫かしら? わたしは逃げた女の対応にあたるわ」
「わ、わたしが!? こ、この男と二人っきりに!?」
「何か問題がある? 三尉」
「い、いえ……べ、別に問題は……た、ただ——」
「あら? 三尉。制服が先ほどから変わっているわね。着替えたの?」
「は、はい……そ、その……あ、汗で……」
「そう。あなたは……そういうのは気にしないと思っていたけれど——」
「か、会長。そ、そんなことより——」
「ああ……わかっているわ。精神操作魔法の件なら大丈夫よ。これは一つではないから」
と、麻耶さんは俺の方を見て、ニヤリと笑う。
そして、これみよがしに例のマジックアイテムのぺンダントを取り出して、間宮氏に渡す。
わざわざ俺に会話を聞かせている時点で、何かおかしいと思ったが。
あえて余裕があるところを見せて、俺の動揺を誘っているのかもな。
そして、麻耶さんは足早に部屋から出ていってしまう。
俺はそもそも精神操作魔法を自分以外には使っていないのだが……。
自分以外?
俺は何を……。
違う。
今は目の前のことに集中しろ。
そうだ。
間宮氏のことだ。
もしかしたら俺にとってはこの展開はむしろ現状を好転させるものになるかもしれない。
俺は一人部屋に残った間宮氏の様子をうかがう。
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