鈴羽サイド-02-
このことがそもそも間違っていたのだ!
わたしがお側にいれば今回のような事態には!
鈴羽は、そう心の中で叫ぶ。
後悔してもどうにもならないことはわかっている。
それでも後悔せずにはいられなかった。
鈴羽はヘリポートにたどり着くと、待機させていた西条家所有のヘリへと急ぎ乗り込む。
パイロットの男も事態の緊迫さは十分承知しているのか、顔が青ざめている。
「急いでください」
鈴羽がそう簡潔に指示すると、男はすぐにヘリを離陸させる。
既に日は落ち始めていて、都内のビル群を夕闇に染めている。
ここからダンジョンがある日本アルプスの山脈地帯までどんなにヘリで急いでも1時間以上はかかる。
その時……花蓮様はもう……。
鈴羽は、今まで想像を避けてきた愛すべき主の最悪の事態を思わず脳裏に想像してしまう。
瞬間、花蓮は頭がグラグラと揺れて、吐き気すら感じてしまった。
と、パイロットが、緊急の通信を受け、
「え!? 花蓮様が!」
と、素っ頓狂な声を上げる。
「ど、どうしたのです! 花蓮様が!」
悪夢が現実になってしまったのか。
鈴羽は、吐き気をこらえながら、身を乗り出して、パイロットに問う。
「いや……それがよくわからないのです。情報が錯綜していて……ただ、配信動画によれば花蓮様は男に助けられたと……」
パイロットは狐につままれた顔をしている。
鈴羽はすぐに花蓮たちの配信動画を見ようと試みる。
だが、サーバーエラーでつながらない。
エラーメッセージを見る限り、あまりにも接続が殺到していて、一時的にサーバーが落ちているようだった。
世界的に人気のあるダンジョン動画専門のプラットフォーム「Dtube」は、米国の巨大テックが運営していて、同時接続数が数百万でも耐えられる仕様になっていると聞く。
同時接続数が一千万を超える事態が長時間起きたというの……。
鈴羽は、その事態に軽い身震いを覚えながらも、ますます花蓮の安否を案じる。
肝心の花蓮に状況について一刻でも早く知りたかったが、動画が見られない以上、今はどうすることもできない。
鈴羽は、サーバーが復旧するまでの間、ネット上を調べるが、検索をかけても真偽不明な情報が飛び交うばかりで、結局のところはわからない。
最終的に、鈴羽が動画を確認できたのは、ヘリがダンジョン近くに着く寸前のことであった。
動画を見た時に、鈴羽が思ったことは何らかの裏があるということだ。
最下層のダンジョンのモンスターを一人で倒す能力を持ち、かつ重体の花蓮を治すことができる能力を持つ者など存在する訳がない。
ある程度の経験を持つ冒険者であればみなそんなことはすぐにわかる。
しかし、動画自体はフェイクではない。
いったい何の意図を持ち、あんな手の込んだトリック動画を……自分のチャンネルのPVを稼ぐため?
いやでもどうやってあの者は最下層まで……いやそもそも花蓮様はご無事なのか……。
鈴羽は自身の脳をフル稼働させて、考えうる限りの可能性を上げていく。
だが……結局のところ出た答えは、「わからない」ということだった。
鈴羽がめまぐるしく思索をしている間についにヘリはダンジョンに到着した。
鈴羽は到着するやいなや一目散に飛び出す。
ヘリポートからダンジョンの中に通じる入り口——通称ゲート——までは徒歩で行かなければならないが、それ相応の距離がある。
そして、ゲート周辺はとある施設の中にある。
ダンジョン内に入るには、国が定めた一定の手続きを受ける必要があり、ゲート周辺には日夜大量にやってくる冒険者を受け入れるための施設が設けられている。
ダンジョンが出現してから25年間の年月が経過し、施設は拡大を続けて、今では一種の空港のような規模にまでになった。
誰が名付けたか、これらの施設は今では「ダンジョン港」と呼ばれており、ダンジョンの数だけ存在している。
日本アルプスダンジョンは最古に出現したダンジョンであり、危険が少ない低層階は一種の観光地のようになっている。
そのため、ダンジョンに入る人間の数も国内最大であり、隣接するダンジョン港も国内最大級の規模にまで成長した。
鈴羽は、ダンジョン港の中の人混みをかき分けながら、ゲートまで急ぐ。
結局のところ、いくら考えてみても答えは出ない。
それならば……自分の目で花蓮の無事を一刻も早く確認しなければならない。
鈴羽は、既に一人でも最下層まで行く覚悟を決めていた。
いくら鈴羽であっても、最下層にたった一人で行くことは自殺行為である。
鈴羽もそれは十分認識しているし、自分の行いに意味がないことも十分承知している。
だが、たとえ非合理的であっても、何もせずただ待っているなど、到底できる訳がない。
花蓮様……待っていてください。
いま参ります。
たとえ途中で力尽きようともわたしは——
鈴羽がそう悲壮な覚悟を決めながら足早にゲートまで向かっていると、不意に人混みが目に入った。
人混みの中心には美しい黒髪の女性がいた。
今時珍しい和服を完璧に着こなしている。
ここがダンジョン港だということを考慮すると和服姿は非常に珍しいし、彼女の容姿があまりに美しく、まるで花蓮のようであったから鈴羽は急ぐ中でも視線が彼女の方へいっていた——
「か、花蓮様!?」
鈴羽は次の瞬間、そう叫んでいた。
その声に花蓮が反応して、こちらに顔を向く。
「あら? 鈴羽? どうしたのですか。なぜここに?」
花蓮の顔を真正面にとらえて、鈴羽の脳内は無数のハテナマークが飛び交い大混乱を期していたが、そんなことはもはやどうでもよかった。
花蓮様が生きている! しかも傷ひとつなく!
鈴羽の体は無意識に駆け出していて、花蓮の体に飛びつき、ギュッと抱きしめる。
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