米国国土安全保障省サイド-01-

 アメリカ、ワシントン州の某政府ビルの一室。

 配信が完全にブラックアウトしてから1時間後……。

 

 重厚なデスク・チェアに座る一人の中年の男。

 彼は一部の乱れもなく黒いスーツをまとい、姿勢正しく椅子に座っている。

 

 彼を見たものはすぐにこの男が元軍人だと気付くだろう。

 彼の鍛え上げた筋骨隆々の肉体は、スーツ姿でもひと目でわかるし、その外見もいかにも無骨な軍人らしい姿をしている。


 190センチ近い背丈に、クルーカットに綺麗に刈り上げられた短髪。

 彼に対峙したものはたいていその外見上からにじみ出る圧力に何かしらの影響をうけ、しばし圧倒される。

 

 もっとも、彼自身は確かに元軍人であるのだが、その性格は非常に温和である。


「ふああ……眠いな……」

 

 そう呑気にあくびをするこの軍人あがりの中年の男。

 彼の名前はロバート・クラーク。

 

 米国の国土安全保障省、特異事象対策局——通称ダンジョン対策局——の局長である。

 

 そんな彼がなぜ早朝の政府ビルに眠そうにしながら詰めているのか……。

 それは深夜の3時に突然かかってきた部下達からの鳴り止まぬ電話で叩き起こされたからである。


「局長!! 大変なことが起きてます!」


「これは我が国も何か手を打たないと大変なことになりますよ!」

 

 ロバートは寝ぼけた頭で聞いていたために、いまいち部下たちからの電話の内容は覚えていない。

 

 しかし何か大変なことが起きていて、その対策のため早朝からミーティングをする必要がある……ということは覚えている。

 

 だから、ロバートはその電話の後、すぐに起きて、身なりを整えて、ハイウェイをぶっ飛ばして、朝6時にオフィスにやってきたのだ。

 

 が……オフィスの扉をあけると、そこには誰もいない……。


「まったく……彼ら彼女たちは優秀なんだが……こういうところがな……若いというか」

 

 ロバートの部下たち……特異事象対策局のメンバーはそのほぼ全員が20代から30代で構成されている。

 

 若いメンバーで構成されているのには当然理由がある。

 

 それは、特異事象対策局がダンジョンを扱う部署だからである。

 

 25年前に極東の島国……日本で初めてその存在が発見されてから、ダンジョンは世界各地に突如として出現した。

 

 アメリカ本土にも日本に出現したのとほぼ同時期に相次いでダンジョンの出現が報告された。


 そして、2001年に起きたアメリカ本土での惨劇——米国同時多発スタンピード事件——。


 事態を重く見たアメリカ政府は、本土の安全保障を担う国土安全保障省(DHS)を設立し、その傘下にダンジョン対策を担う部署を集約させたのであった。


 だがしかし、ダンジョン発見を契機として、それ由来のあまりにも奇想天外、常識外のことが次々と発見される。

 

 スキル(異能)、魔法、モンスター、マジックアイテム……。

 

 これらの事象の対処は、既存の訓練、教育を受けた軍人や官僚たちではあまりにも手に余るものであった。

 

 要は、あまりにも非常識なダンジョン由来の事柄に対しては、頭の硬い大人たちでは対処できなかったのだ。

 

 そうIT関連やインターネットの爆発的な普及をした時に、高齢者たちが対応できなかったのと同じように……。

 

 昨今の若い世代は、ダンジョンネイティブ、あるいはダンジョン世代と言われている。


 物心が付いた時からダンジョンの存在があたり前であった世代だからだ。

 

 そして、それ故か彼らは自分たちより上の世代よりもはるかにダンジョンにまつわる事象に馴染みやすいと言われている。

 

 そうしたこともあり、アメリカ政府は重い腰を上げて、数年前に改革を断行、それ以来特異事象対策局の人員はこれらダンジョン世代の若いメンバーで占められている。

 

 むろん若いだけではなく、彼らはいずれも名門大学、大学院を卒業し、最低でも修士号を持つエリートたちばかりである。

 

 今年で齢50を超す年齢であるロバートはもちろんダンジョンネイティブではない。

 

 それどころかダンジョンの出現から25年を経過しても、未だにロバートはどこかダンジョン関連の話題は非現実的に思えてしまい好きではない。

 

 しかし、そんなロバートだが、ダンジョンネイティブ世代の若者たちを率いて、実質的に米国のダンジョン行政のトップとして日々業務を行っている。

 

 そして、ロバートはこのダンジョンネイティブ世代の優秀な部下たちからの信頼も篤い。

 

 ロバートは徹底して現実的主義者であった。


 あるがままの現実を受け入れ、ただひたすらに国益に資することを実践する……それがロバートの信条であった。


 ようはダンジョンがいかに意味不明で非現実的であろうとも、実際目の前にある以上、それを利用し、米国本土の治安及び安全保障を守ること……それだけが唯一ロバートの行動原理なのだ。


 一見固そうに見えるロバートの信条であったが、柔軟性を求めるダンジョンネイティブの若者たちと奇妙に合致した。


 そういう訳でロバートは自身の思いとは裏腹に何故かダンジョン行政に精通するものとして、評価を高め、結果として長年にわたりダンジョンに関わる羽目になってしまったのだ。


「まったく……ダンジョンと関わってからこんなことばかりだな……」

 

 ロバートは椅子から立ち上がり、窓の外を眺める。

 敷地内の駐車場にようやくぽつりぽつりと車が入ってくる。

 

 その中の見覚えのある一台の車にロバートは目をやる。


 慌てたように乱暴に前から駐車して、運転手も大慌てで車を飛び出してくる。

 

 その人物は深夜に真っ先に電話をしてきたロバートの部下の一人であった。


「ようやくおでましか……」

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