美月サイド-03-
男はモンスターに向かって走り——
「え……」
美月はまたしても言葉を失った。
男が視界から消えたと思ったら、一瞬で巨大なモンスターの肩に移動していたのだ。
「ここなら……急所じゃないよな」
男はまるで魚を捌くかのような口調でそう言う。
自身がモンスターの巨体の上にいることを認識していないかのように、相も変わらぬ呑気な顔を浮かべている。
次の瞬間、信じられないことが起きた。
巨大なモンスターが悲鳴のような雄叫びを上げたかと思うと、ズドンという地響きがあたりに木霊する。
美月が呆然とモンスターを見ると、その肩から先はなく、地面に落ちていた。
「まあ……こんなもんだろう。トロールならこれくらいの傷でも回復できるだろうし」
男はいつの間にか地面に下りていて、巨大なモンスターを見上げながらそんなことを言っている。
一体何が……起きたというの!?
美月は眼の前の出来事を理解することができなかった。
いまさっき確かに男がしたことを見たのにもかからず……。
この初心者の男があの巨大なモンスターの肩を木刀であっさりと切り落とした……。
自分のこの目で見たにもかかわらず、美月はそれをにわかには信じることができなかった。
だが、眼前のモンスターの様子を見れば、どちらが勝者でどちらが敗者なのかは誰の目にも明らかだ。
あの美月たちを散々苦しめた巨大なモンスター——最下層の未知のモンスター——がまるで、怯えた子どものように震えている。
そのモンスターの顔にしたって先程までの無機質な表情から打って変わって、まるで泣き出しそうな顔をしている。
このモンスターに感情というものがあったのかと、美月は妙なところで驚いてしまっているくらいだ。
「お前にも言い分はあるだろうと思うが、もう人は襲うなよ」
男は、イタズラをした子どもを諭すかのようにモンスターに言う。
モンスターはえらい勢いでウンウンと頷いている……ように見える。
「よし……じゃあ……もう行っていいぞ」
男がそう言うと、モンスターは安堵の表情を浮かべて、ドスドスと音を立てて、一目散にダンジョンの奥へと逃げていく。
美月はその様子を唖然としながらただ見ていることしかできなかった。
やがてモンスターが完全に美月の視界から消えると、彼女はようやく我に返り、男の元へと駆け出す。
「い……いったい……何を……いや……そもそもどうやって……」
美月は男に聞きたいことが沢山あったが、実際に声に出てきたのはうわ言のような言葉だけであった。
男はそんな美月を見て、何を思ったのかはわからないが、
「誰にだって……君のような腕の立つ人間にだって、どうしようもなく調子が悪い時はあるさ」
と、慰めの声をかけられる。
「え……い、いや……どうも」
そのよくわからない言葉に美月はただ戸惑っていると、不意に後ろから苦しげな人の声が聞こえる。
美月が声のする方へ顔を向けると、そこには花蓮がいた。
わずかだが、花蓮が苦しそうに身体を動かしているのが目に入った。
「花蓮さん!」
美月は弾けるように飛び出す。
未だに身体を動かすだけで、全身に鋭い痛みが走ったが、かまわずに全速力で花蓮の元へと急ぐ。
生きていた! 花蓮さん!
美月は心の中に明るい希望が宿るのをはっきりと感じていた。
だが、花蓮の元へと着いた時、美月のそうした希望はすぐに砕けてしまった。
「み、美月……無事だった……のね……」
花蓮は焦点の合わない虚ろな目で美月を見ている。
先程まではモンスターが目の前にいて、いつ命を失うかといった極限な状態であったから、美月は花蓮の状態を遠目にしか把握していなかった。
だが、いまこうして倒れている花蓮を目のあたりにした時、美月は言葉を失ってしまう。
そんな……これじゃあ——
花蓮の状態はあまりにもひどかった。
足は不自然な角度に曲がっており、明らかに骨折しているのがわかる。
遠目ではわからなかったが、露出した肌のあちこちに深い裂傷があり、そこから大量の血が出たのか、ドス黒く衣装を染めている。
花蓮の美しい顔はずっと青白いままで、呼吸をすることすら困難なのか、苦しげに喘いでいる。
重症……いや重体……このままじゃあ……
美月の脳裏には最悪の事態が頭に浮かんだ。
「フフ………そんなに……わたしの状態は酷いのかしら……」
花蓮の声は弱々しかったが、それでも精一杯の微笑みを美月に向ける。
こんな状態にもかかわらず、美月を心配させないように振る舞う花蓮の気遣いがたまらなく辛かった。
「そ……そんなこと……ありません! 大丈夫です。花蓮さん! すぐに救助が来ますから」
美月はそれが嘘だとわかっていたが、それでも力強く言う。
最下層まで救援が来るまでには多大な時間がかかる。
それにたとえ救助が来たとしても、今の花蓮のような状態を治療することはできない。
回復魔法は発見されているが、その効果は限定されている。
高度な異能——スキル——を持つ使い手にしても、体力を回復させるか、せいぜい軽症を治す程度のものしかない。
それは最高峰のヒーラーである花蓮自身当然よくわかっているはずである。
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