-03- オッサン、S級冒険者の男から煽られる

「でもさぁ花蓮さん。こいつ明らかに嘘吐いているしさ。どうせ単にトラップにハマって、この階まで落ちてきただけでしょ。花蓮さんだってこのオッサンの言う事信じちゃいないでしょ?」


「それはその……そうですけれど……ただ、この方は混乱しているだけかもしれませんわ。装備を見るに……初心者の方でしょうし」

 

 と、『癒やしの織姫』は俺の全身を一瞥すると、気の毒そうな表情を浮かべる。

 いや……まあ確かに俺の着ている今の服は異世界での初期装備である。

 

 実際には異世界から持ち帰った最高級の装備の数々——アダマンタイトシリーズや黒壇シリーズ、ドラゴンシリーズ一式などなど——を保有しているが、さすがにそれをこのダンジョンで着込むのはなあ……。

 

 それに、アイテムボックスですぐに取り出すこともできるしな……。


「花蓮さん。俺等『ダンジョンの支配者たち』の装備と比較したら、このオッサンが憐れっすよ。なんせ俺等は現在の踏査可能なダンジョン最下層から取れた超レアな素材で作られた装備品一式で固めているんですから。そんじょそこらの冒険者じゃ絶対無理っすよ。俺等みたいな超人気配信者でスポンサーの大企業がいないと。装備品だけで数億はするんだからな!」


『雷鳴の狂戦士』はそう饒舌に語ると、自信たっぷりに自分の装備品を俺に見せびらかすかのように胸を張る。

 

 俺は『雷鳴の狂戦士』が着ている鎧一式を改めて見てしばし言葉を失う。

 というのもその装備の素材は明らかに「ミスリルシリーズ」だからだ。

 

 「ミスリルシリーズ」は確かに異世界でも人気があった。


 この装備品は、魔法耐性がある装備の中で一番入手しやすく、初心者でも頑張れば手に入れられるポジションにある。


 それこそ今俺がいるようなダンジョンでも最下層であれば、少々レアではあるが、その素材となる「ミスリル」を採取することができる。

 

 そういうわけで、確かにミスリルシリーズには俺も最初期には長くお世話になり、愛着もある。

 

 が……そこまで自慢することでは……。

 いや……待てよ。

 

 俺は、ニヤニヤと薄笑いを浮かべている『雷鳴の狂戦士』を見てはたと考える。

 彼は、超人気のダンジョン配信者の「ダンジョンの支配者たち」の一員だ。

 たかがミスリルシリーズをここまで自慢するのはおかしい。

 

 もしや……ミスリルシリーズに偽装した別の最高レア度の素材で作られた装備かもしれない。

 異世界では、対人用に、あえて低素材で出来たように装備を偽装するパーティーもいた。

 

 どんな強者であっても、油断は命取りになる。

 それ故にあえてその油断を引き出すためにそうした偽装をして、自分を弱者に見せる猛者たちもいた。


 そうか……やはり俺はまだまだだな。


 となると……この『雷鳴の狂戦士』が見せている今のような軽薄な態度も全て計算の上か。


 こんな低レベルのダンジョンにも関わらず、そこまで慎重に立ち振る舞っているとは……。


 やはり超人気配信者「ダンジョンの支配者たち」の一員になるだけはある。

 それに比べて俺は、この若者の見た目に騙されて、心の中で侮ってさえいた。


「……申し訳ない。ついつい……」

 

 俺は自分の未熟を恥じて正直に謝った。


「はん! やっぱり嘘ついてやがったか。おいオッサン。俺等はいま忙しいから見逃してやるけど、今度からは気をつけろよ。ダンジョン冒険者は俺等みたいに優しい奴らばっかじゃねえんだからな」


「龍太君……何もそこまで言わなくても……」


「花蓮さんは甘すぎるぜ! こういうダンジョンを舐めている奴にはビシッと言ってやるくらいがちょうどいいんだよ!」

 

 そう言うと『雷鳴の狂戦士』は俺をジロリと睨んで、ぺっと唾を吐いてそのまま奥へと進んでいってしまう。

 

 やはり……あそこまで演技に徹しているからこそ、人気配信者になれるのだろうか。

 とても演技をしているとは思えないほど自然な立ちふるまいだ。

 俺は彼の後ろ姿をそう感心そうに見ていた。


「ちょっと待って。龍太! この人が初心者で、トラップか何かでこんな最下層に一人でいるのだったら、なおさら放っておけないわ。初心者が一人でこんな最奥部から戻るなんて危険すぎるわ」


「はあ? 美月ちゃん。それマジで言っているの? ダンジョン冒険者である限り、初心者だろうと自己責任でしょ。こんなホラ吹きのオッサンなんて放置でいいでしょ」


「冒険者が自己責任なのはその通りだけど、わたしたちは初心者を導く存在でもあるのよ。それに……何よりもわたしは……目の前で困っている人を見捨てるなんてことはしたくないわ」


「はあ……またそれかよ……。こうなると美月ちゃん頑固だからなあ……。めんどくせえな……。花蓮さんからも言ってやってくれよ」


「……わたしも美月の意見には賛同したいのだけれど……でも……今は状況が状況ですわ。ここまで来るのに大分、体力や魔力も使ってしまいましたわ。ここから一階まで戻るとなると、今回の未踏査の階への挑戦は延期になってしまいますわ……」


「そうそう! せっかく未踏査の最下層まで来たのにこんなオッサンのせいで台無しなんて俺は嫌だね。世界初の未踏査の階への挑戦ってことでスポンサーからもたんまり資金が出てるんだし」


「……二人の意見はわかったわ」

「おっ! じゃあさっさと行こうぜ——」


『流麗の剣姫』は、俺の前に立つと自分が背負っている小袋から純白の美しい羽根を取り出す。


「……はい。これを使えば、一階まで戻れるわ。『帰還の羽根』と言って、この羽根を手に持って念じればすぐにダンジョンの入り口まで戻れるマジックアイテムよ」

 

 そう言って、彼女は俺の手のひらにその羽根を乗せる。

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