予期せぬ訪問者(2)

 私がリジラの街で暮らし始めてから、街への魔物の侵入は激減していた。

 私自身が発動している敵避けスキルはそこまで広範囲じゃない。だからあくまで推測ではあるけれど、うちで販売している聖水入りのポーションを持ち歩く人間が増えたせいだと考えている。

 ロシェスにあげた私作のポーションがチートアイテムになっていたのだ。有り得ない話ではないと思う。

 そんな平和な日々が続いていたリジラの街に昨夕、魔物に襲われた商人が逃げ込んできた。彼は血塗れで息も絶え絶えだった。

 商人を見つけた見回りの兵士も、本人でさえも最早助からないと思っていただろう。しかし、ロシェスと顔馴染みだった兵士は新発売の景気付けにと、新作ポーションの一つである中級HPポーションをいち早く購入していた。そしてそれを商人に使ったところ、完全復活とまでは行かなくとも一命を取り留めたというわけだ。


「商人を見つけたのは人気の無い郊外で、兵士以外目撃者もいなかったという話なのに。昨日の夕方に起きたはずの事件が今朝には街中に知られているって、広まるのが早すぎない?」

「やり手で有名な商人だったようですから、彼の手腕と知名度の相乗効果でしょうね。助かった商人に兵士は使ったポーションと同品をその場で請求したことで、図らずも店の宣伝になったようです」


 ロシェスが私の隣まで来て、並んで作業台の前に立つ。会話しながらも手際よくポーションを調合する彼の手元には、一寸の狂いもない。


「そんな裏話が。まあ、回収の見込みがある相手なら請求するかもね。赤の他人に使うには踏み切るのが難しい値段だし。私物だから職場に経費として計上するわけにもいかなかっただろうし」

「朝一番に中級と上級を三つずつ買っていった男がいたので、多分、噂の商人はその人です」

「それは……商業ギルドがざわついた光景が目に浮かぶわ」


 ロシェスにそう返しながら、私は彼から受け取った在庫表に目を落とした。

 冷やかしが大半とはいえ増客には変わりない。初級が出た数も急増しているから、しばらくは多めに用意しておくべきか。


「初級をもう十本作ってもらえる?」

「わかりました」


 追加分の空瓶を作業台に並べ、私は初級用の聖水を作り始めた。その横でロシェスが、先程まで私が前準備していた分を続けて調合して行く。

 先に作業を終えた私が店内の商品を補充し、窓の戸締まりと清掃を終えて戻ってきたところで、ロシェスも丁度最後の一本を作り終えたようだった。

 二人で明日商業ギルドに委託する中級と上級を種類別にコンテナに仕舞い、今日の作業は終了。翌朝にギルドの方から集荷が来るので、裏口の近くに置いておく。高額商品は持ち歩くのも怖いからね……護衛が付いているギルドの馬車も手配してもらいました。

 ロシェスに夕食を作ってもらっている間に、私の方は器材の手入れをする。


「綺麗な使い方……汚れとして付着する材料まで無駄にしないとか、本当に天才すぎる」


 ロシェスと出会えたことはとてつもない幸運だった。つくづくそう思う。彼でなければ、私の隠れ蓑計画はきっとそう遠くないうちに破綻していた。

 そう、ロシェスと恋人になったことでこれまでを振り返っていた私は、初心を思い出してしまったのだ。


『聖女の能力を隠そうとしたところで、何かしら事件が起こってそこで良心のしやくに苦しんで能力を使ってしまい結局バレる』


 そしてまさに昨日、それっぽい事件が起こったわけで。危機一髪! 危なかった。中級HPポーションの販売がもう数日遅れていたら、テンプレ展開に突入してしまうところだった……。

 それを回避できたのは、ひとえに天才ロシェスの協力があってこそ。商人が体験した奇跡の生還は、疑われることなくロシェス個人の功績として認識されました! よし!

 これでいきなり重傷患者と鉢合わせても慌てることはない。


「このまま本当にアロンゾ皇国をやり過ごせるかも」


 湧き上がった期待に思わず呟く。

 だからそうして皇国の存在を思い出してしまったことがフラグだったのだと、このときの私は思いもしなかった。

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